中国人は、なぜ「徳山ダム」を買わないのか
中国人は、なぜ「徳山ダム」を買わないのか |
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24.AUG.11 |
1.なぜ私は「徳山ダム」に注目したのか? チャイナ・ウォッチャーの宮崎正弘氏は最新刊、「中国が日本人の財産を奪いつくす!」(徳間書店:7/31発行)の第1章の中で、「和歌山、三重、岐阜の森林資源と水源地買収の実態」という“見出し”を付けた文章を書いている。私はこの“見出し”を見て驚いた。なぜなら私の自宅は岐阜であり、妻の実家は三重であるが、中国人が私たちの周辺の森林資源や水源地を買い漁っているという話は聞いたことがなかったからである。そこで私は宮崎氏のその文章をくまなく読み、具体的な地名を探してみた。その地に行き、聞き込みをすればその物件が実際に誰に買われたかがわかるし、その目的も判明すると思ったからである。しかし宮崎氏は、文章の中で、一切、具体的な地名を書いていなかった。私はがっかりした。現在、私は中国での活動をしばらく中断させなければならない身となっているので、せめて日本で、目的を持って動き回りたかったからである。 しかし、ふと私は、岐阜には東海地方の水瓶として有名で、かつ日本一の貯水量を誇る「徳山ダム」があり、これが有効活用されておらず、いつもなにかと物議を醸していることを思い出した。そして、もし私が中国人で、本当に水が欲しいのならば、この「徳山ダム」付近の山林を買うのがもっとも理にかなった行動ではないだろうかと思った。さらに「徳山ダム」を中国人が買っていないということを立証すれば、宮崎氏の「中国が日本人の財産を奪いつくす!」や、有本香氏の「中国の“日本買取”計画」などという馬鹿げた主張を覆すことができると考えた。そこで私は、一昨日、自家用車を運転し、往復5時間をかけて「徳山ダム」まで聞き込み調査に行ってきた。以下はその調査報告である。 水資源機構:徳山ダム管理事務所HPから 2.「徳山ダム」の沿革 「徳山ダム」は数奇な運命を辿ったダムである。このダムはまず、戦後早々、建設省により多目的ダムとして、主に洪水調節を目的として計画された。次に経済成長にともなう深刻な電力不足を反映し、電力会社の発電用ダムとしての計画が加味された。さらに高度経済成長期に入り、中京工業地帯が水不足に陥っていたため、貯水ダムとしての機能を期待されることになった。最終的に事業は水資源公団に移管され、水資源開発促進法に基づく多目的ダムとして、2000年より本体工事に着工、2008年10月に完成した。1957年に事業が計画されてから完成まで、51年というきわめて長期のダム建設事業であり、水瓶用として計画されてからでも約40年間を要した。ダムの形式はロックフィルダムで、堤高は161メートル(ロックフィルダムとしては日本で2番目の高さ)、貯水量は6億6千立方メートル(日本一:浜名湖の2倍)、総工費3500億円(日本一)。 徳山ダム管理所にあるパンフレットには、この「徳山ダム」の目的を下記ように書いている。
@洪水調節 : ダム地点の計画高水流量1,920立方メートル/秒の全量の洪水調節を行い、横山ダムと会わせてダム下流域の洪水被害の軽減を図ります。 A流水の正常な機能の維持 : 河川の流量が不足しているときにダムから貯留水を補給することによって、沿川の灌漑用水が安定して取水できるようにするとともに、河川環境の維持・保全を図ります。 B新規利水 : 貯留水を利用して新たに、岐阜県、愛知県および名古屋市の水道用水として最大4.5立方メートル/秒、岐阜県および名古屋市の工業用水として最大2.1立方メートル/秒を取水できるようにします。 C発電 : 徳山ダム直下流の徳山発電所において、15万3千kWの発電(2014年運転開始予定)を行います。 3.「徳山ダム」の現状 現在、「徳山ダム」は洪水調節や流水機能維持の目的は果たしているようだが、利水については水あまりの現状も反映し、2009年に就任した河村たかし名古屋市長が導水路事業の負担金の凍結を決定し波紋を広げている。もし導水路が中止になれば「徳山ダム」は無用の長物になると心配されている。発電についても当初は40万kWの揚水発電が考えられていたが、不況の影響で電力需要の伸び悩みが予想され、15万kWに縮小された。 「徳山ダム」まで岐阜市からは、車で2時間ほどの距離であるが、かなり山奥であり、トンネルも多く、道も曲がりくねっており、そこは人家もない人里離れた場所である。もちろん観光地ではなく、有名な温泉があるわけでもない。近くには商店などがまったくないため、もしそこに居住したとしても、買い物などは街まで車で1時間ほど下らなければならない。バスはあっても1時間に1本程度という有様である。また冬季には1〜2メートルほどの雪が積もり、交通は遮断されてしまうという。ここは住宅地としては、居住・別荘用ともに不適な場所であり、中国人が投機用に買っても絶対に売り抜けない場所である。したがって中国人がこの辺りを買うとしたら、「徳山ダム」の水目当ての山林しか考えられない。 そこで私は地元の村民に、「この辺りの山林を中国人が買いに来ているという話を聞いたことがありますか」とストレートに聞いてみた。すると彼らは、「北海道の土地や山林などが中国人に買われているという話は知っている。しかしこの辺りではそんな話は聞いたことがない。それでも、もし中国人が買いに来たら、どうするかについては議論になっている。県庁の方でも対策を考えており、この辺りは村の共有林が多いので、それを県が買い上げ、公有林化する方向である。また子供たちには、植林活動などを通じてふるさとの山林を愛することを教えている」という答えが返ってきた。徳山ダムの管理に従事している人や、下流で砂利採集業を営んでいる人などからも事情を聞いてみたが、同様の答えだった。 徳山ダム周辺の山林公有地化については、徳山ダム管理所のパンフレットにも下記のように書いてある。
・徳山ダムの上流域約254平方キロメートルの山林は良好な自然環境が形成されています。この自然環境を保護するために民有林約180平方キロメートルについて「ダム周辺の山林保全措置に対する費用負担制度」を適用し、山林の公有地化事業を岐阜県、揖斐川町が主体となって進めています。公有地化事業により、徳山ダム上流域における水源地の良好な自然環境が保全、創出され、また、新たな交流拠点としての活用が期待されています。 また徳山ダム管理所内の展示室には、植林活動のパネルが掛けられており、写真とともに下記のように書いてある。 ・《コア山を会場として「実のなる木を植えよう大作戦」が開始されました!》
平成13年度より野生動物の餌を増やすため、また、工事跡地の森林の復元のため、皆さんの協力を得て貯水池周辺に実のなる木を植えています。平成22年10月、北和中学校生徒および久瀬小学校、北方小学校児童100名の方々が自ら育てた実のなる木の苗木の植樹の体験をされました。また平成22年11月3日には、一般公募によって集まった約80名の方々とともに実のなる木約400本の植樹に汗を流しました。 このように徳山ダム周辺は、村民たちや県、市町村自治体の手でしっかりと守られており、中国人に買い占められているとは考えにくい。つまり宮崎氏や有本氏は「中国人が日本の山林や水源地を買い漁っている」と力説しているが、貯水量日本一の「徳山ダム」周辺の山林は中国人に買い占められておらず、そのことは宮崎氏や有本氏の推論が杞憂に過ぎないことを証明している。 4.「徳山ダム」が再浮上する可能性あり 私はこの数奇な運命を辿っている「徳山ダム」には、最後のどんでん返しがあるのではないかと考えている。なぜなら昨今、今世紀は水不足の時代とさかんに言われるようになってきたからである。まさに水瓶としての徳山ダムの本領を発揮するときが到来したのである。しかも米国では最近、エネルギー開発には大量の水が必要であるという論調が見られるようになってきている。それを下記に紹介しておく。 米国での新たな論調 エネルギー開発の問題は水不足
再生可能エネルギーの開発やシェールガスの採集には大量の水が必要だが、将来水不足でプロジェクトを遂行することができなくなるのではないかという懸念が出てきた。太陽熱で発電するには大量の水が要る。水圧破砕技術を用いてシェールガスを採集するには大量の水が要る。アメリカのシンクタンク、新米国研究機構の調べによると水力発電は、1MWhの電力量を発電するのに4500ガロンの水を必要とするという。地熱発電は1MWh当たり1400ガロンの水が要る。原子力発電プラントも大量の水を使う。太陽熱発電は原子力発電プラントで使う水の5倍の水を使う。テキサス州では水圧破砕技術を使って石油生産を増やそうと目論んでいたが、水不足に悩むテキサス州は水を使って石油を採掘してはならないと決めた。ペンシルバニア州は化学物質を使って天然ガスを採掘しているため、水が汚染されるという水質の問題を抱えている。テキサス州では水がなくなるという水量の問題を抱えている。南テキサス州のイーグルフォードでシェールガス田を開発するには、1300万ガロンの水が要ると言われている。 まず脱原発のうねりの中で、「徳山ダム」の水力発電余力が活用されるにちがいない。また新エネルギーの開発に必要な水資源として大活躍するにちがいない。 |
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