小島正憲の凝視中国

雑誌特集寸評 : VOICE12月号 「2010年の中国経済」  


雑誌特集寸評 : VOICE12月号 「2010年の中国経済」  
03.DEC.09
VOICE12月号に、「2010年の中国経済」という特集が組まれた。今回はその寸評を試みる。

1.「2010年の中国経済は明るい」 : 当号の結論。

 当号には下記の7本の論文が掲載されている。
 その内容について論評する前に、それぞれの筆者の主張を
 ○(明)
 ×(暗)
 △(グレー)
 で大きく分類してみた。

 2010年の中国経済は「暗」と見ているのは上野氏のみで、門倉・胡・財部の3氏は「明」と書いており、白川・柯・宮崎の3氏は「明るいが影がある」と評している。つまり結論は3勝1敗3引き分けで、「2010年の中国経済は明るい」となっている。

 昨年まで流行った「中国崩壊論」は、現実の中国経済の圧倒的な成長の前に少数派に転落した模様である。

 ただしすべての論文に共通して次の諸点が欠落している。

 @中国経済の危機が中国首脳の五輪対策に端を発していることを見抜けていない
 A今後の中国政府の中国経済浮揚への幾多の新手法について論じていない
 B昇竜の勢いの中国を取り巻く各国あるいは外資の、中国政府への提言および牽制策の必要性について論じていない。

・ × 「”サイボーグ経済”崩壊の始まり」 上野泰成 (みずほ証券チーフマーケットエコノミスト)

・ ○ 「上海万博が呼ぶ10%成長」  門倉貴史 (BRICs経済研究所代表)

・ ○ 「内需拡大・成功への確信」   胡鞍鋼 (清華大学教授) ・ 橋爪大三郎 (東京工業大学教授)

・ ○ 「成都イトーヨーカドーの快進撃」  財部誠一 (経済ジャーナリスト)

・ △ 「投機マネーはインドへ」       白川浩道 (クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト)

・ △ 「中国企業が失速する日」       柯隆    (富士通総研経済研究所主席研究員)

・ △ 「日本円を蹴散らす人民元」     宮崎正弘 (評論家)


2.各論への寸評。


@ × 「”サイボーグ経済”崩壊の始まり」 上野泰成 (みずほ証券チーフマーケットエコノミスト)


 上野氏は、「中国経済はさまざまな点において、いびつである。中国経済の先行を筆者が楽観できない最大の理由は、そこにある」と書き、「一人っ子政策による高齢化社会の早期到来と社会保障制度の未整備が重なって、中国人の間では貯蓄率が高止まりしやすいので、個人消費が経済成長のメーンエンジンになってこないという大きな弱点がある。さらに沿海部の高成長地域に立地している外資系企業は、頼みの米国経済が構造不況に陥っているため、見通しは明るくなりにくい」と、中国経済の今後を常識的に分析している。

 その上で上野氏は、中国の4兆元の財政出動の財源に言及し、資金調達の困難性や赤字財政への転落の危険性を指摘し、「財政による人為的な経済成長かさ上げの余力は、中国でも意外に残されてはいないのではないか」と論じている。

 しかし私は中国政府には、持続的な経済成長を可能にする経済政策の「隠し玉」がまだまだ残されていると考えている。

 日本的な感覚で考えれば「余力はない」という結論になるが、ケ小平譲りの「特区」を使った試行錯誤の結果の驚くべき策や、中国首脳の独断による政策変更の柔軟性と即効性、華人・華僑を含めた資本の抱き込みなど、「余力はかなりある」と、私は見る。

 上野氏は、「“サイボーグ”のごとき中国経済はまた、経済統計の正確性に疑念が付きまとうという、顕著な特徴を有している。だから現地発の実情報道をこまめにチェックする必要があるといえよう」と書き、「統計局のデータについてもこのところ、失業率の低さや平均賃金の上昇幅の大きさが現実離れしているとの批判が高まっている」として、「経済の本当の姿かたちがわかりにくいようだと、マクロ経済政策を中国当局が適切に運営していくのは、困難な作業にならざるをえないだろう」とこの項を結んでいる。

 たしかに中国政府発表の統計数値は信用できない。しかし日本を含む資本主義各国でも、為政者側の統計が正しく民情を反映しているとは限らない。体制維持のために捏造されている可能性も否定できない。

 だからといって私は中国政府を擁護するわけではない。中国では現場における独自の取材を続け、肌で民情を把握し、その上で「現地発の実情報道をこまめにチェックする必要がある」と考える。

 自分の生の体験による判断基準を持たないと、いかに多くの断片的な実情報道をチェックしても、実態を把握することはできない。

 たとえば私は実体験から判断して、すでに5年前から「中国は人手不足である」と主張し続けているが、やっと最近、中国実情報道の各所に、人手不足の実態を訴える記事が現れるようになった。

 それなのに、上野氏はいまだに「失業率の低さ」云々という見当違いの論評を書いている。これでは「現地発の実情報道をこまめにチェック」してみても、それは徒労に終わる。

 上野氏はチベットサやウルムチで起きた暴動について言及し、「中国という国のカントリーリスクは、民族問題にも存在している」と書いている。

 この点でも上野氏は真の実情報道に迫ることなく、きわめて常識的な結論に行き着いている。上野氏には、チベットやウルムチ暴動だけでなく、これまで私が暴動情報検証で発信し続けてきたものを一読してもらいたいと思う。

 私の現地調査を踏まえた上での実情報道は、グーグルなど検索しても簡単に入手できるので、「こまめにチェックしていれば目に触れている」はずだと思う。そうすればこんな淡白な現実離れした論評には終わらなかっただろう。


A ○ 「上海万博が呼ぶ10%成長」    門倉貴史 (BRICs経済研究所代表)


 門倉氏は文中で中国経済が金融危機に際して、「なぜダメージが軽微だったか」と問いを発し、国内で金融危機システム不安が広がらなかったこと、世界不況に陥る以前から、中国の経済成長パターンに変化が生じていたこと、この2点を上げている。

  このことに私は異論がないが、この2点のさらなる主因が中国首脳の「五輪(オリンピック)政策」の失敗にあることから論じなければ、事態を正しく把握することにはならないことを指摘しておく。

 次に門倉氏は、「土地が国家所有であるメリット」として、「この中国特有の制度は、景気対策として政府が公共投資を実行する際、用地取得を迅速に行えるという大きなメリットをもたらす」と書いている。このように中国の土地制度に着目して景気刺激策に言及することは、他者にはあまり見られない視点であり、この点については私も同感である。

 上記の上野氏は「不動産価格の下落を背景に土地使用権の譲渡益が低迷しているため、地方政府の資金に余裕がない」と見ているが、最近の地方都市周辺でのマンション建設用の土地入札状況からは、じわじわと地価が上昇していることがわかる。したがって地方政府もまだ「打ち出の小槌」を持っていると私は考えている。

 いまさら言うまでもないが、中国の土地の売買というのは、年数制限のある土地使用権の売買である。

 工業用地では50年が標準的であり、仮に改革解放直後に土地を購入していたとしたら、すでに30年以上を経過しており、残すところわずかになっている。ここで地方政府は企業の不安感に乗じて土地使用権の延長をささやく。もちろん高額である。ここにもまだ大きな金脈が眠っている。

 門倉氏は、「なぜ中国の個人消費が堅調に推移しているのだろうか」と問いを発しその答えとして、沿岸の大都市部を中心に、購買力のある富裕層・ニューリッチ層が台頭したということと、政府の政策サポートの効果によって長い間低迷していた農村部の消費が伸びてきたということの、2点を上げている。

 私はニューリッチ層の消費意欲が旺盛なことは言うまでもないが、農村でも「家電下郷」、「汽車下郷」などの政策が大きな威力を発揮して、需要を喚起し、中国経済の更なる発展に寄与すると考えている。

 これらの政策の実効性に疑問を持つ中国ウォッチャーも多いが、これらの政策が農民の間に中国経済が力強く発展しているという幻想を植え付け、中国人民が再びチャイニーズドリームを夢想して走り始めているのである。

 この虚像の幾分かがやがて実像へ転化して行き、同時に虚像がさらに膨らみバブル化して行く。

 現在中国経済はその入り口に立っていると考えるべきではないか。

 今まで農村から沿岸部に出て行っていた農民工の多くは、地方の主要都市が活性化してきたために、そこでその足を止めてしまっているので、現在、沿岸部は厳しい人手不足になっている。ひところの日本のJターン現象と同じような事態が進行している。それと同時に賃金なども上昇傾向にある。労働契約法や最低賃金制などで、その部分に政府が強制的に介入しなくても、人手不足状況を作れば自動的にこの問題は解決されるのである。そして賃金の上昇は個人消費の拡大に結びついていく。

 門倉氏もウルムチで起きた暴動を取り上げ、「今回の騒乱が起こった根本的な背景には、民族間での所得格差が拡大しているということがある」と常識的に論じ、「高成長の成果によって、“底上げ”を行い、格差の是正を図っていかなければならない」と書いている。

 私はこの見解に反対ではないが、民族問題を含む暴動を根絶するには、経済面だけではなく、中国政府と中国人民の思想面でのかなりの成長が必要であると考える。

 門倉氏は「今回の世界不況の悪夢から世界経済が抜け出すベストシナリオは、米国の消費が落ち込んでいる期間に中国の内需拡大が世界経済を下支え、その後は米国経済の復活によって世界経済の回復がより確かになる」と予測。


B ○ 「内需拡大・成功への確信」    胡鞍鋼 (清華大学教授) ・ 橋爪大三郎 (東京工業大学教授)


 胡氏は文章の最後で、「国際金融危機の衝撃によって、世界経済も貿易も萎縮していますが、中国はうまくこの危機に対応し、“中国新政”を打ち出しました。そして1年かそこらの時間で、各方面の自信を取り戻させ、経済成長の落ち込みをうまく食い止め、すでに回復の軌道に乗せて、世界でも真っ先に景気回復を果たしました。“中国新政”は世界最大規模の投資の新政であり、世界最大規模の雇用創出の新政であり、世界最大の内需の市場の出現なのです」と書いている。

 胡氏は中国政府の経済ブレーンという立場上、文中では上記のような公式見解しか語っていない。ここで胡氏が経済ブレーンとしての秘策を語ってくれていれば、この文章はかなりおもしろいものとなっていたであろう。残念である。

 もし胡氏が秘策を持っていないのであれば、彼が中国政府の経済ブレーンであるだけに、今後の中国経済の成長にはあまり期待できない。


C ○ 「成都イトーヨーカドーの快進撃」  財部誠一 (経済ジャーナリスト)


 財部氏は、「改革開放から30年、その間、日本ではおびただしい中国崩壊論が横行した」と書き、「崩壊したのは中国経済ではなく、中国崩壊論だったというのが現状だ。なぜ、かくも中国経済に対する日本の現状認識は大きく間違いつづけるのだろうか」と語っている。そして「中国市場なしにもはや成長戦略を描けぬ時代だというのに、日本にいると等身大の中国がまるでわからない。中国は魅力あふれる市場だがリスクも満載だ。中国進出企業は星の数ほどあるけれど、本当に“収益”を上げ続けている企業は多くない。何が成否を分けるのか。チャイナリスクを超克した少数のに日本企業を通じて考えてみたい」と続け、その代表例として「成都イトーヨーカドー」と「香港ファンケル」の2社を取り上げている。

 財部氏について、私の頭の中には、サンデープロジェクトで鋭いレポートやコメントを発している論客としての印象が強く残っている。私は今回の論文にも、あざやかな切り口を期待して読み進んだ。だが若干期待外れに終わった。

 今回の論文では、「成都イトーヨーカドー」の成功物語が大半を占めている。たしかに「成都イトーヨーカドー」は日本企業の中の成功例ではある。しかし世界的に見てみれば、中国市場ではカルフールに圧倒的に負けている。詳しくは私のレポート「カルフールとイトーヨーカドー」(05.AUG.09)読んでいただきたい。

 さらに「イトーヨーカドー」といえば、日本ではスーパーの勝ち残り企業の代表であり、その企業が中国に進出したのだから成功して当然とも言える。おそらくヨーカドー本社からの資金援助があっただろうし、すくなくともその金看板を利用することはできたはずである。

 したがって財部氏には、金もなく看板もなく人脈もなく、まさに裸一貫で自腹を切って中国に単身で進出し大成功した企業を取材して欲しかった。そのような企業は意外に多い。そのような中小零細企業が意気揚々として大活躍している姿を描けば、日本に残留している中小零細企業家への大きな刺激となると思うからである。

 なお財部氏は「ファンケル」という香港で大成功した企業も取り上げているが、大陸中国市場で成功するかどうかは未知数である。この企業の今後の展開をこそ、追い続けてもらいたい。

 文章の最後で財部氏は、「かつてわれわれ日本人が歩んできた戦後の歴史を振り返ってほしい。日本の高度成長時代も問題山積みだったではないか。水俣病あり、ヒ素ミルク事件あり、光化学スモッグあり、そして安保闘争で社会は騒乱した。中国もまた途上国から先進国へと向かうプロセスにある。問題があることが問題だというなら、中国市場など行かなければよい。リスクも消えるが、チャンスも消える」と主張している。私もまったく同感である。


D△ 「投機マネーはインドへ」       白川浩道 (クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト)


 白川氏は論文の冒頭で、「“もはや中国なくして世界経済は回らない”。リーマンショック後、そういわれるほど中国経済の存在感が大きくなっていることは、誰の目にも明らかだろう」と切り出し、その中国経済の急減速の可能性は30%であると予測している。その上で、「中国経済が落ち込んだとき、いま中国に向かっている世界の投機マネーはどこに向かうのか」と問いを発し、「もともとインドやベトナムは経常収支が赤字傾向にあり、海外からの資金流入を必要としている。その意味でも、これらの国にお金が向かう可能性は高い」と述べている。

 最後に、「アジアとの地理的な近さというメリットを生かし、アメリカやヨーロッパを重要視しつつも少しずつ比重を落としながら、現地企業の買収をも含め、アジア進出を進めていく。これが中国経済の減速リスクも見据えたうえで日本企業が選択すべき新しい道といえるのではないか」と結んでいる。

 この白川氏の見解に一般論として異論はないが、大企業ならともかくとして、中小企業には縁のない話である。


E △ 「中国企業が失速する日」       柯隆    (富士通総研経済研究所主席研究員)


 この論文での柯隆氏の結論は、「2012年に金融危機に対応する景気対策と上海万博関連の公共投資が一巡し、そこで新たなリーディング産業が立ち上がらなければ、中国経済は一時的に調整局面に入り、景気減速が予想される」、「中国にとって“2012年危機”を回避するために、繰り返しとなるが、国有企業の完全民営化と国際競争力のある民営企業の育成を急がねばならない」というものである。

 柯隆氏は「2012年危機説」を唱えているが、裏を返せば2010年と11年の中国経済は順調に推移するという予測になる。

 私も2012年あたりでいったん景気が減速してくると思っているし、中国政府もそのことは計算の上だと思う。しかも中国首脳は日本や米国のバブル経済崩壊過程をつぶさに研究し、それを最低限の被害で乗り越える方策を手中にしていると考えている。

 柯隆氏の国有企業弊害論はよくわかるが、中国経済を底辺から支えているのは、無数の中小零細企業である。

 これらの中小零細企業の活力を削がないようにすることが、もっとも大事なことであると考える。また外資の動きも決定的に重要である。


F △ 「日本円を蹴散らす人民元」     宮崎正弘 (評論家)


 宮崎氏は、「世界のマスコミは中国経済の飛躍ばかりを報道し、世界経済の不況脱出は中国が牽引すると持ち上げ、表現の自由の要求も人権批判もしなくなった」と嘆じ、「こうした外交変化を見て取ったワシントンは中国の格付けを次々と引き上げ、“戦略的パートナー”→“ステークホルダー”→“G2”である。経済大国の仲間入りをしてやや傲慢になった中国は、日本を相手にしていない余裕さえほの見える」と書いている。

 つまり宮崎氏も2010年の中国経済がただちに崩壊するとは予測していない。

 さらに宮崎氏は、「中国経済は輸出激減が死活的、景気回復はカンフル注射の連続で麻痺状態。インフラ未整備と地域対立。汚職と腐敗がやまず権力闘争は激化しており、消費は落ち込み、銀行貸し出しは異様に膨張し、銀行システムの機能不全、証券取引に難あり。やがて矛盾が大爆発するであろう」と書いている。

 これらの指摘は一般論としてすべて正しい。

 しかしながら中国政府首脳は、日欧米などの先進各国とは同じ道を歩まないだろう。だから中国経済は、先進各国の一般常識をはるかに超えた展開を見せていくと思う。また多くの過ちを繰り返してきた私たちは、中国経済をそのように誘導しなければならないのではないだろうか。