小島正憲の凝視中国

ウルムチ・カシュガル・KKH〜ウルムチ暴動の中間結論〜


ウルムチ・カシュガル・KKH 〜ウルムチ暴動の中間結論〜 
01.OCT.09
 今回のウルムチ暴動の本質を正しくつかむためには、どうしても「南疆地域のカシュガル(喀什)市近辺から沿岸部諸都市に農民工が、強制的に送り出されている」という情報の真否を確認することが必要であった。

 しかしながらその情報を検証することは、南疆地域に強いコネがないかぎり不可能であったので、ひとまず断念せざるを得なかった。

 そのようなときに、京都大学経済学部の大西広教授がカシュガルで情報の検証を行い、次いでパキスタンと中国の国境貿易を調査されると聞いたので、ぜひにと頼み込んで同行させていただいた。

 その結果、私は9/21から1週間、大西教授の後ろにくっついて、ウルムチからカシュガルへ空路で飛び調査を済ませ、さらに陸路でタシュクルガンを経てパキスタン領内に入り、カラコルムハイウェイ(KKH)をイスラマバードまで、山の向こうにあるというタリバンの根拠地を横目で見ながら、ひたすら走ることになった。

 ちなみにKKHは、中国のカシュガルからパキスタンのハヴェリアンまでで、全長は1400kmである。

 大西教授は、私がKKHの道中で惰眠をむさぼっている間に、ウルムチ暴動の追加情報の文章をまとめ上げられた。その迅速かつ的確な大西教授の小論文を、教授の了解を得て各位に送信させていただく。

 それで今回、私の拙論は省略させていただくことにした。それでも蛇足となることを承知の上で、あえて次の諸点で私なりの追加情報と中間結論をお届けする。



1.ウルムチ暴動 追加情報    


@注射針テロへの抗議行動のその後。


 今回のウルムチ行きについては、「なぜわざわざ危険な地域に行くのか」と真顔で私を止める知人が多かった。私はそれを今回の注射針テロについて、多くの人が衝撃的に受け止めているということの証明だと思った。

 9/21時点では、ウルムチ市内はすでに平静さを取り戻しており、雑踏の中で袖触れ合うウィグル人を警戒しなければならないような状況ではなかった。

 ただし大西教授の報告にもあるように、注射針テロを行ったのはウィグル族だけでなく、便乗して漢族も行ったようである。

 事態は混沌としているようであり、武装警察による市内の警戒は、7月末の時点より厳しいと感じた。


Aラビアビルの取り壊しの現況。


 8/22、中国当局は、市内繁華街のウィグル族居住地域にあるラビア・カーディル氏所有ビルの強制取り壊しを決定した。

 このビル内と周辺で約2000人のウィグル人が商売活動に従事しており、地元ウィグル人の商業活動の中心になっていた。

   

   ラビアビル 7月時点      ラビアビル 9月20日

 9/20現在ではビル内の業者は全部退去させられ、ビル周辺には工事用の青い壁が張り巡らされていた。ただし取り壊しはまだ開始されていなかった。


B客什市疏附県の農民工は自願で出稼ぎ。


 大西教授の報告にあるように、カシュガル市周辺の農民からの聞き取り調査の結果、彼らは自ら希望して出稼ぎに出ていることが判明した。絶対に政府や共産党の強制ではない。

 一昔前の革命用語を使うならば、それは自願である。

 今回のウルムチ暴動は、カシュガル(客什)市疏附県から、広東省韶関市の旭日玩具工場に出稼ぎに行ったウィグル族農民工が漢族従業員とのトラブルを起こし、2名が殺害されたことに端を発した。

 私はこの旭日玩具工場事件について、民族紛争として捉えるよりも、中国にありがちなごくありふれた工場内の喧嘩騒動と捉えるべきだと主張した。

 ところがマスコミや中国ウォチャーたちは、ことさらにおおげさな民族紛争として取り扱うために、ウィグル族出稼ぎ農民工たちが、客什市疏附県の政府から強制的に派遣されていると報じた。

 なかには若いウィグル族女性が出稼ぎ先の会社で、夜の接待要員にさせられているという記事さえもあった。

 マスコミは政府がウィグル族農民に出稼ぎを強制する理由は、ウィグル族を漢族に同化させるためであり、沿岸部の企業と結託して人手不足を解消するためだと主張していた。

 今回、私たちは客什市疏附県の一般的な農家に入って、ウィグル人通訳を通して、農民の口から直接、出稼ぎの実態について聞いた。

 その結果は、すべての若者が自らの意志=自願で出稼ぎに行っているということであった。

 さらに客什市近辺の県長からも、ウィグル族の出稼ぎについて情報を聞いた。その県長は漢族でもウィグル族でもなく他の少数民族であったが、県政府で農民に出稼ぎを強制するということなどあり得ないと即座に否定した。

 なお客什市の街中の商店やレストランの店頭には、軒並み、求人広告が貼ってあった。その広告には、維漢不限とか民族不限と書いてあり、月給2000元(沿岸部諸都市並み)と明記してあるものすらあった。

 これを見れば客什市でもかなりの人手不足であり、ウィグル族が就職先に困るような状況ではないことが一目瞭然である。

 このように地元でも人手不足の状況下で、客什市疏附県の政府がウィグル族の若者を、強制的に沿岸部諸都市に送り出すなどということは絶対にできないことは明らかである。

 マスコミの民族同化や企業との結託による出稼ぎ強制説は、これで完全に否定されたわけである。


Cパキスタン側からのテロリストの進入はほぼ不可能。



 地図上ではアフガニスタンと中国はわずかに国境を接しているが、そこには高い山があり、地元のタジク族の話でもタリバンなどの進入は不可能ということだった。もちろん双方の国に出入国を扱う場所はない。

 この方面でアフガニスタンから中国への出入国はパキスタン経由でしかできない。

 中国からパキスタンへ出入国するには、タシュクルガンにある管理事務所と税関を通らなければならない。

 そこから200kmほど離れたホンスラブ峠に中国とパキスタンの実際の国境がある。

   

       中国国境の門              山の向こうはアフガニスタン

 海抜4693mのホンスラブ峠までの中国側には、高原を立派な高速道路が通っており、高山病に強い人ならば快適なドライブが楽しめる。しかしいったんパキスタン側に足を踏み入れると、急坂でカラコルムハイウェイ(KKH)とは名ばかりの凸凹道となる。

 KKHは故周恩来首相の提起により、中国の人民解放軍が約10年間の歳月をかけて1978年に完成したものである。

 それが30年を経て再び、中国政府の手により58億元をかけて全面的な修理拡幅工事が行われている。
 2年後に完成予定。現在、KKHは全線で工事が同時進行中。いたる所で漢族が道路工事に従事していた。

 KKHは古代のシルクロード沿いに作られており、そこかしこで歴史的な遺跡に出会うことができる。

 唐僧玄奘三蔵もこの道を通ってインドに行ったという(中央アジア経由説もある)。

 磨崖佛や岩絵を見ることができる。またこのKKHはカラコルム山脈、ヒンズークシ山脈、ヒマラヤ山脈などの間を縫って走っているので、7〜8000m級の山々の雄姿を堪能できる。

   

    山腹をシルクロードが走る             カラポシ山

 ことにカラポシ山の麓では、氷河を手に取るように見ることができる。なかでも桃源郷として名高いフンザは、たしかに落ち着いた雰囲気の村であり、日本人をはじめとして外国人が長期滞在できるようなホテルも数件ある。

 しかしながら昨今のアフガニスタン紛争の影響で、観光客が激減しており、その日のホテルの宿泊客は私たちだけであった。

 たしかにその地はアフガニスタンとは近くなので、タリバ ンがその村に越境してきているのではないかと思い、その影響を聞いてみると、その可能性はゼロであるという答えが返ってきた。

 理由は、フンザがイスラム教イスマリア派で固まっており、タリバンが紛れ込む余地はまったくないということであった。つまりKKH経由でテロリストたちが中国に侵入することは、ほぼ不可能ということがわかった。

 KKHでは山羊や牛の道路上での事故死が多いという。なぜなら至るところに大麻が自生しており、それを食べた山羊などが道路上で勝手に寝てしまうからだそうである。

 運転手が「これが大麻草だ」と教えてくれたので、車窓から注意深く道路際を見ていくと、そこには延々と大麻が生えていた。

   

    自生している大麻        大麻(固形物)

 しばらく走ってから休憩をすることになった時、地元の農民がビニール袋からこげ茶色の固形物を取り出し、「これが大麻だ」と言い現物を見せてくれた。私はこれが「酒井法子が吸っていた大麻か」と目を見張った。

 そんなKKHであるから、中国側ではテロリストと同様に、麻薬の取締りもきわめて厳しい。

 帰路、私たちはイスラマバードからウルムチへ空路で帰ったが、ウルムチ空港の荷物取り扱い場所では、大型のシェパード犬が乗客のトランクを必死にかぎまわっていた。係官も荷物を1個ごとにぼんぼんと叩いて、シェパードにかがせていた。私はいろいろな空港で、麻薬犬の荷物検査を見てきたがこのように荒っぽく同時に徹底した光景は始めて見た。

 KKHは現在、ホンスラブ峠からターコットまでが中国側で修理拡幅工事中、ターコットからハヴェリアンまでがパキスタン政府の修理拡幅工事中である。

 

        ターコット橋

 なおKKHは首都イスラマバードのちょっと手前で終わっており、首都までは一般道を走らねばならない。


2.ウルムチ暴動の中間結論。


 今回のウルムチ暴動は、中国が民主化され高度に発達した資本主義国に成長していく過程での、否定的局面として捉えるべきである。

 現在の中国の歴史的到達点は、30年前の韓国(光州事件)、20年前の米国(ロス暴動)などと同等と考えるべきなのではないか。

 これが私の中間結論である。

 もちろん私は、中国政府の暴力での鎮圧を肯定するわけではない。また一部のウィグル族の破壊略奪暴行を許すわけでもない。これらの事態を深く憂慮し、双方の暴力の応酬を1日でも早くやめさせたいと痛切に願うものである。

 そのために中国政府がいかにすべきか。ウィグル族がどのように対応すべきか。この点については8/18付けの小論文で詳述したので繰り返さないが、暴力の応酬からはなにも生まれないことだけは確かである。漢族もウィグル族も、冷静に事態に対処し、人間としてもっと成長し、ともに相手を敬うような時点まで成長しなければ事態は解決しないと考える。


 ※私は8/18付けの小論文で、「ウィグル族が真に民族独立を願うのならば、非暴力無抵抗主義で戦うべきである」と書いたが、この「非暴力無抵抗主義」という文言は適切ではないので、ひとまず「非暴力不服従主義」と訂正する。ただしこの表現も闘争方針としてはまだ不明確なので、今後、再訂正することもありうるので、容赦していただきたい。


 私は7/13に、その時点で知り得た事実を基にして仮説を立て、緊急短信として各位に届けた。その後の調査で、私のその仮説がほぼ正しかったことが検証できた。

 現在までのウルムチ暴動は、3段階に分けられる。

 まず第1は広東省韶関市の旭日玩具工場での喧嘩騒動、第2はウルムチ市内での暴動とその反動、第3は注射針テロと漢族の抗議行動である。

 それらはほぼ結論が出て沈静化したが、今後、第4の事態が発生する可能性も否定できない。

 したがって今回は第3段階までを総括し、中間結論とする。


@広東省韶関市の旭日玩具工場で起きた喧嘩騒動。


 ・6/25、広東省韶関市の旭日玩具工場で、漢族従業員とウィグル族従業員の喧嘩騒動が起き、ウィグル族に
  2名の死亡者が出た。

 ・これはことさらに民族間の騒動として捉えるべきではなく、中国の工場によくある集団での喧嘩騒動の一例として
  捉えるべきである。たまたま民族問題が絡んだだけである。中国では、集団で喧嘩することがよくあり、それが
  殺人までに至ることも珍しくはない。まだ中国人の意識がそのような時点であると捉えるべきである。

 ・この事件で、マスコミや中国ウォチャ―の中には、新疆ウィグル自治区客什市疏附県からウィグル族が政府の
  手によって、強制的に派遣されていると主張しているものもいるが、これはデマである。

 ・旭日玩具工場では、ただちにウィグル族と漢族の就業場所を離し、余計な摩擦が生じないように工夫した。
  さらに民族が融和しやすいような環境を整えるように配慮しており、喧嘩騒動はひとまず鎮静化した。


Aウルムチ市における暴動とその反動。


 ・7/05、ウルムチ市において、広東省韶関市の旭日玩具工場で起きた喧嘩騒動に抗議するウィグル族のデモ
  が発生。インターネットや携帯電話で連絡しあい集まったウィグル族学生を中心にデモが開始。ここにウィグル
  族の過激派や不平不満分子、不逞の輩なども紛れ込んでおり、警察と対峙している中でそれらが激高し暴徒
  化。漢族や回族の商店を焼き討ち破壊、殺人行為に及ぶ。デモ隊の中に、当局側からの意識的挑発分子が潜
  入していたという説もあるが、それを否定する材料はない。しかしながら、ウィグル族のデモ隊が市内の数箇所
  で同時多発的に、破壊、殺人行為に及んだことは事実である。

 ・中国当局はただちに武装警察を投入して、武力でそれを鎮圧した。ここで多くのウィグル族が殺され、逮捕され
  た。いまだにこの時の死亡者数や逮捕者数は不明である。また武装警察が銃を水平撃ちにし大量虐殺をしたと
  いう報道もあるが、鎮圧の過程ではそれもあり得ることであり、それを否定する材料はない。

 ・ウィグル族のデモ隊の暴徒化が先か、武装警察の発砲が先かは、明確にはわからない。しかしウィグル族が武
  装警察に一方的に撃ち殺されたわけではなく、暴徒化し漢族や回族の商店を焼き討ちし、自動車を大量に破壊
  し、危害を加え、殺人にまで及んだことは事実である。ただし、昨年のラサにおけるチベット族の暴動と比較する
  と、銀行や商店などからの略奪行為は、はるかに少ない。

 ・7/07、漢族のウィグル族への報復活動が発生。漢族商店主らに雇用された漢族の不逞の輩であったという説
  もあるが、これを否定する材料はない。

 ・中国当局は、この暴動がラビア・カーディル氏の率いる「世界ウィグル会議」の扇動によるものであると主張して
  いる。

  しかしながらその根拠は薄弱であり、今回の暴動が計画的に行われたとは考え難い。

 ※私は7/13付けの緊急短信で、6/28にウルムチ市で学生の抗議行動が起きたと報じたが、これは情報源
  が確認できなかったので撤回する。

 ※8/18付けの暴動情報検証で、ウィグル族は回族を最初の標的にしたと書いたが、その情報はその後、誤報
  ではないかという指摘があったので、この情報の発信者に再確認したころ、回答が不明確であったので、この情
  報はひとまず取り消す。ただし歴史的経過の中で、同じイスラム教徒でありながら、回族とウィグル族がウルム
  チ市で仲が悪いことは事実である。


B注射針テロ事件と漢族による政府への治安強化要請抗議。


 ・8月、ウルムチ市内で、ウィグル族が漢族に、無差別に注射針を突き刺す事件が多数発生。従来からウィグル
  族にはエイズ患者が多いという噂があったので、ウィグル族エイズ患者による注射針テロという噂が広まり、漢
  族がパニックに陥った。この注射針テロの実行者には、漢族も含まれているという説もあるが、それを否定する
  材料はない。

 ・9/04、漢族住民ら数万人が治安維持を求めて、政府に抗議デモを行う。

 ・その後、当局の取り締り強化により、この事件は沈静化。

                                                                                                                                                                                                               

新疆自治区再訪で得た民族問題についての追加情報
-政府とウイグル会議の双方に対する問題提起として-
                                         京都大学大学院教授 大西 広
 今回の暴動を受けて八月にもウルムチを訪問したが、注射針事件もあって追加情報を求めてこの九月にも今年2回目の新疆ウイグル自治区の訪問をした。

 ウルムチでは新疆大学と新疆財経大学で講演をする前後に色々な話を聞き、カシュガルではウルムチ事件の発端となった広東省韶関市旭日玩具への労務輸出の送り出し県でその実態を調べた。

 そのどちらもが非常に重要な意味を持っているので、ここで報告しておきたい。


ウイグル族の不満が収まらない新疆自治区の今


 そのまず第一は「注射針事件」であるが、日本でも報道されているように数名=六名が犯人として逮捕されたが、実はその中に漢族が含まれていないことにウイグル族の不満が高まっている。

 というのは、被害者にはウイグル族もおり、漢族にも犯人のいることははっきりしているからである。

 たとえば、新疆大学で私が講演をした経済管理学院のウイグル族教員の奥さんもその被害者のひとりで、走り去った犯人が捕えられなかったものの、ビデオ写真には残っているという。

 事件の頻発は止まっているというが、今後も漢族犯が捕えられずに終わるようなことがあると、ウイグル族の不満はかなり奥深いものとなろう。

 しかし、この「不満が奥深くなる」ということ以上に問題であるように思われることは、この不満が漢族社会や自治区幹部に伝わっていないように見えることである。

 世間には大きな誤解があるが、私が現地で行なったような講演で中国政府や共産党の政策批判をすることは普通のことで何の問題もないが、「民族」に関わることは一切言及できないような状況になっている。ので、このことから想像されるように、ウイグル族、漢族の双方の内部で日々議論されている意見や不満は一切相手側に伝わっていない。

 これは自治区幹部に対してもそうである。そして、そのために自治区政府はウイグル族の不満に適切な対応ができていないように見えるのである。

 今回の注射針事件の犯人逮捕の問題に限らず、実はウルムチ市の漢族地域で開催されている「7・5事件収束図片展」(八月訪問時に参観)でも「7・5事件」は厳しく糾弾されても「7・7事件」には一切言及されていなかった。

 これは公平に見て偏ったキャンペーンと言わざるをえない。

 また、こうした政府の傾向を助長している原因としての警察警備の偏りにも注意を喚起したい。

 なぜなら、ウイグル族地域では武装警察の高密度の配備によってとてもデモなどができない状況となっているのに(再訪した九月末には八月より明らかに密な警備がなされていた)、漢族たちは9月に「注射針取締り要求デモ」を挙行できている。

 これに見られるような非対称な「警備」は単に一方の不満を高めるだけではなく、政府の判断を誤らせる。このことに強く警告を発しておきたい。


ウイグル会議情報の問題点


 しかし、今回の訪問で改めて思ったことは、ウイグル会議情報のいい加減さである。

 特に、ウルムチ事件の発端となった広東省韶関市旭日玩具への労務輸出の送り出し県=疏附県でその実態を実際に聞くと、ウイグル会議が「強制的に広東省に出さされている」という事実はまったくなく、皆が競って出稼ぎを希望している、ということが分かった。

 私が訪問したその県のある方(ウイグル族)は、事件後にその工場から帰ってきた労働者も、もう一度行きたいと言っていたということである。

 広東省のこの工場に行けば年間で1万元の仕送りができる。これはこの地で農業を行なうより圧倒的に高い所得であるから、ということである。

 確かに、こうした計画的な(自治体が計画した)労務輸出には当初には強制があったということである。そして、その政府方針に従わない農民への土地の取り上げなどもあったという。

 が、それは本当に言われた賃金をもらえるのか不安に感じていた最初の年だけのことであり、「高賃金」が実際に払われた後は人々がその出稼ぎに殺到しているということである。

 この情報を確認するために、もうひとつの状況証拠を示したい。

 というのは、確かに「漢族でもウイグル族でもOK」との条件で一日70元(年間2万元!)で雇ってもらえるような仕事も市内には数多く存在し(店々の店頭にそうした募集の貼紙があった)、「広東省になぞ行く必要はない」との意見も現地にあったからである。

 が、こうした店員に農民がいきなりつくことはできない。たとえば、「店員」である限り、下手な漢語能力ではだめで、さらに身なりも整っていなければならない。

 カシュガル市内には公設の「労働市場」もあって、仕事を求める男性労働者たちも数多く見かけたが、彼らに「店員」をすることは不可能である。

 農民がそのままの姿で「賃金」を受け取れるようになるためには、こうした集団的計画的な「労務輸出」は適切な方法であるとやはり私には思われるのである。


「カシュガルの旧市街を政府が破壊」??


 また、ウイグル会議が「カシュガルの旧市街を政府が破壊」「これは強制的な同化政策」とのキャンペーンを張っていることにも疑問を感じる。

 これは、8月12日付けの「朝日新聞」が報道したものであるが、現地で実際に聞くと観光地として親しまれているカシュガル旧市街地は「破壊」されるのではなく、車の入れないところに車が入れるようにし、合わせて住宅の修理を公費で行なうため、ここでも住民は競って資金を得ようとしているということであった。

 我々も多くの住民から意見を聞いたわけではないが、「朝日新聞」が「ウイグル族住民は『ウイグル族文化の破壊だ』と反発している」と一方的に報道できるような状況でないことは確かである。

 こうして「朝日新聞」のみならず、ウイグル会議の姿勢には私は大きな疑問を感じている。

 というのは、彼ら自身が「7・5」に関して世界に公開した写真やビデオの嘘(別の事件の写真やビデオをウルムチ事件のものだと偽って公開したこと)についての納得のいく説明がされないままに宣伝が継続されているからである。

 彼らが言うには、これは「嘘」ではなく、単なるミスであったというが、最初にそれらの写真・ビデオを持ってきた者は誰かまで特定した公開がなされなければ、ウイグル会議自体が意図的に別の写真・ビデオを使ったものと考えざるを得ない。

 彼らの情報をそのまま流すマスコミの問題と合わせ、特に疑問を呈しておきたい。


カシュガル地区企業家の民族構成


 しかし、ともかく、こうして政府やウイグル会議に問題があるとしても、その解決で民族問題が消えるわけではなく、ウイグル族が漢族に負けない経済的な実力を持たなければならない。

 これは私のかねてからの主張であり、その点では、ウルムチでの暴動を起こした(広東省韶関の乱闘の一翼をなした)南新疆地区での企業家の成長問題がひとつの焦点となる。

 私の研究室は新疆自治区の全製造業企業の総経理のリストを持っており、その総経理の名前からカシュガル地区の製造業企業の半数以上が少数民族によるものであることが分かっている。が、人口の圧倒的部分がウイグル族のこの町で「半数」でしかないという到達点の問題点がある。

 実際、我々をカシュガルでもてなしてくれた現地ウイグル族企業家にはある種の頼もしさを感じたが、その部下の民族構成を聞いて少しがっかりしたということもあった。

 というのは、彼はある運送会社が経営する自動車教習所の所長として20人の部下を持ち、その中で会計と出納を担当する3人の女性漢族が我々の歓迎宴会に来てくれたのは良かったが、残り17人のウイグル族従業員は末端の「ワーカー」=教習員だという。

 会計や出納といった部門は「管理部門」として高級職員として扱われ、教習員はそれより下の仕事に携わるものとされているから、民族間のレベル格差は明確である。

 この彼が所長として部下に漢族を持っていること自体には頼もしさを感じたものの、とはいえこの会社(全従業員は100人)の総経理はやはり漢族である。

 ここから人口の20%しか占めない漢族の職業と80%を占めるウイグル族の職業の間の格差をやはり感じてしまう。


対パキスタン貿易で活躍できない現実


 しかし、「カシュガル」と聞くと中国が最近一層関係を密にしているパキスタンとの国境貿易があり、それにどれほどウイグル族が関与できているかにも関心がある。

 そして、今回はカシュガルから一日をかけて国境の町タシュクルガン・タジク族自治県に行き、さらに国境を超えてイスラマバードまでの長い道のりを地べたで移動した。

 が、この「調査」で最も残念であったのは、国境の町タシュクルガンからパキスタン側の最初の町までのガイドとして雇ったウイグル族ガイドが中国側税関係員によって出国を拒否され、彼なしに国境越えをせねばならなくなったことである。

 この中国側税関と本当の国境とは約百キロも離れているが、代わりに二人の漢族兵がこの区間に我々のチャーターした車に乗り込み、お菓子を食べ居眠りをし、かつイヤホンから音を漏らしながら音楽を聴き・・と大変態度の悪いものであった。

 彼らが乗るために我々のガイドの出国を拒否したのではないだろうが、それでも運転手によると「イスラム教徒であるから出国を許可されなかった」というような状況ではウイグル族が対パキスタン貿易で活躍できるすべもない。

 私は数年前に新疆ウイグル自治区とカザフスタンとの国境を越え、そこで活躍する「担ぎ屋」の殆どすべてがウイグル族であることを知っている。ので、今回の相手がアフガニスタンに通じるパキスタンであり、実際にアフガンまで入国した「テロリスト」がいるということを考慮しても、西安外国語学院を卒業し、日本人ガイドとしてちゃんとした日本側旅行社を通じて雇われている彼、また四枚もの許可証を集めてここにまで来た彼を外国人客=我々の意向も無視して拒否をするようなこの地の統制に納得することはできない。

 彼はこの六月には同じルートを日本人観光客を連れて通過しているから、今回はウルムチ暴動の余波のひとつであることは確かであるが、それでも思うことは末端の行政機構にありがちな「事なかれ主義」の問題である。

 よくよく判断のできる上級幹部がここにいればまず通過を許可したであろう今回のケースでも、末端は「出国拒否をせずに後で問題が起きれば首が飛ぶ」「拒否をしておけば問題が起きない」との判断で動いている。

 ついでに言うと、この広い税関内で40分の待ち時間に彼と一緒に周りをぶらぶらとしていると「ここから先はウイグル族は入れない」とあるエリアでは職員が言ってくる。

 漢族はよくてもウイグル族には駄目というのはどういうことか。これらは行政の末端が勝手にしたことで中央幹部の指示ではない。が、少数民族にはこれらの諸措置が中国政府=中国共産党の対応として現れていることを中央幹部は深刻に受け止める必要があろう。

 中央幹部はウイグル族企業家・幹部の育成という根本的な課題をちゃんと重視して様々な政策を駆使しているが、それらを阻害する様々な対応が末端の行政機構でこうして繰り返されている。

 実は、国境の外側=パキスタン領内では中国政府の援助(58億元!)による「カラコルム・ハイウエイ」の拡幅工事が大量の中国人によってなされていたが、そこにもウイグル族らしき労働者はひとりもいなかった。

 イスラマバード空港で会った数名の工事関係者にもやはりウイグル族はいなかった。

 この問題も含め、実際上の仕事の機会に差別があることが危惧される。