エスカレーターと高速鉄道
エスカレーターと高速鉄道 |
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01.AUG.11 |
1.エスカレーター事故 7/05午前、北京市の地下鉄4号線の「動物園駅」で、上りのエスカレーターが突然逆走した。乗っていた人たちが次々に倒れ、13歳の少年が下敷きになり死亡、30人が負傷した。エスカレーターは米国のオーチス社製であり、6/22に定期点検を済ませたばかりであった。北京市当局は、オーチス社製のエスカレーターを全て停止させ、調査チームによる徹底した調査を行うと発表した。 7/06、上海の地下鉄運営会社は、300余りの駅に設置されている1800台以上のエスカレーターについて、逆走防止装置が正常に作動するかどうかを緊急点検すると発表。上海の地下鉄駅には、1865台のエスカレーターが設置されており、採用メーカーはオーチス、ティッセンクルップ、上海三菱、シンドラーなど、いずれも海外勢の技術を導入。 7/08午前、上海の地下鉄運営会社は、北京で逆走事故を起こしたオーチス社製のエスカレーター22基を、使用停止にした。中国当局が同社製品は設計に欠陥があると判断し、全国に使用停止を指示したことによる。 その後、上海では、エスカレーターの点検に約1週間を要したが、現在ではすべてのエスカレーターが点検を完了し稼働をしている。なお地下鉄1号線の上海南駅のオーチス社製のエスカレーター脇には、上記のような「このエスカレーターは点検を終了しました。ひとまず使用OKです。安全に注意して利用してください」との看板が出され、同時に利用客にそれを知らせる放送が流されている。 7/09、深セン市地鉄集団は、同市の地下鉄駅に設置された米国オーチス社製のエスカレーター340基の運転停止を発表。北京市の事故を受けて、全基の検査を実施、安全を確認してから運転再開の予定。深セン市の地下鉄では、昨年12/14に同じような事故が発生し、25人が負傷していた。このときのエスカレーターも米国のオーチス社製。現在、深セン地鉄集団がオーチス社に賠償を求めているが、未解決。 7/10夜、深セン市の地下鉄4号線の「清湖駅」で、上りエスカレーターが突然逆走する事故が発生、2人が怪我をした。エスカレーターは仏国のCNIM製であった。一部の報道では負傷者は4人。深セン地鉄集団は逆走を否定している。 7/18付けの中国紙・国際金融報によれば、上海市の浦東新区のビジネス・商業地区のデパートや地下鉄駅など、公共の場所に設置されているエレベーター・エスカレーター計1000基を対象に、定期点検の有無を調査したところ、約150基がコスト削減のため点検を怠っていた。なお、現在、中国国内に設置されているエレベーター・エスカレーターは約163万基で、毎年2割前後の勢いで増設されているという。 2.高速鉄道事故との差異 中国自慢の高速鉄道が、7/23夜、浙江省温州市付近で追突・脱線事故を起こし、多くの死傷者を出した。ところが現場検証など事故の調査をないがしろにしたまま、1日半後の7/25午前、運行を再開した。上記のように北京で事故を起こしたオーチス社製のエスカレーターについては、全中国に停止命令が出され、約1週間かけて緊急点検がなされ、安全確認終了後に運転が再開された。このように、高速鉄道とエスカレーターの事故の事後処理には大きな差異がある。なぜこのような差異が生じているのだろうか。 私は今回故障したエスカレーターが外国製であり、しかも米国製であったことが大きな要因であると考える。高速鉄道の事故前、鉄道省は「この高速鉄道は中国の自主開発のものである」と胸を張っていた。事故後、追突・脱線の原因が、その自慢の自主開発の信号系統のシステムトラブルなどにあったことが判明した。結果としてこの事故は、中国鉄道省の自主開発技術が幼稚なことを白日のもとにさらけだしたのであるが、鉄道省はそれを認めたがらず、7/24深夜の記者会見でも、王勇平報道官は「中国の技術は先進的であり、なお自信を持っている」と強気の姿勢を崩さなかった。それを証明するためにも、早期の運行再開が必要であったと考えられる。かたやエスカレーターは、そのほとんどが外国製かもしくは外国の技術を導入したものであり、ことに今回北京で事故を起こしたエスカレーターは、米国製であった。したがって当局は面子や責任にこだわる必要がなく、ただちに全国に停止命令を出し、緊急点検をさせたと考えられる。 今回の高速鉄道事故に際しては、ネット上でのつぶやきや告発がきわめて多く、それが中国政府を窮地に陥れたといわれている。多くの識者がこのネット上での民衆の動向を、「民主化への大きなうねり」であると評価している。しかし私はエスカレーターと高速鉄道の事後処理の差異を考えていて、「もし今回の信号システムが日本製であったら、ネット上で反日の嵐が吹き荒れたであろう」ということに考えが及び、背筋が寒くなった。今回、事故の原因とされる信号システムなどが「中国の自慢の自主開発製品」であり、日本製でなかったことは、不幸中の幸いであったと、私は考える。おそらく日本製であったならば、日本の当該会社は全責任を取らされ、天文学的な賠償を請求されたであろう。 日産自動車は7/26、北京で中国事業の中期計画を発表し、5年間で総額約6000億円の投資で、年間生産台数を200万台にする目標を掲げた。そしてカルロス・ゴーン社長は、「いま、生産能力を高めなければ日産は中国でマイナーなプレーヤーで終わってしまう」と語った。私は今回のエスカレーターと高速鉄道の事後処理の差異から考えて、日本企業の中国市場進出については、事故発生後のリスクを最大限に見積もっておかなければならないと思う。ことに自動車のように人命にかかわる事業で、中国で想定外の事故が起きた場合、反日意識が大きくからんでくるので、その衝撃と賠償額は米国でのトヨタの比ではないと考える。中国に進出している企業は、そのリスクに耐えるだけの備えをしておくべきであるし、そのことを想定した場合、進出を回避した方が長期的には得策かもしれない。それはちょうど、原発が事故を想定すれば決して安価ではないのと同様である。 私は、今後の中国にとってのもっとも大きな問題の一つは、労働者の質の低下であると考えている。その結果、日本の進出企業の品質管理が各工場の現場で徹底できなくなり、欠陥商品が市場に出回る可能性がきわめて大きくなり、数年後、中国市場で、日本企業が立ち往生する可能性がある。 3.これからの問題点 @中国の建築物や設備の安全総点検は不可能。 このところ中国では、マンションが半壊、橋が崩落、道路が崩壊するなどの重大事故が相次いでいる。最新の建築や設備でも同様の事故が起きている。これは経済の急成長にともない、耐久性や安全基準もあいまいなまま、建築物が野放図に次々と作られた結果である。また手抜き工事などもかなりの範囲に渡っており、しかもメンテナンス意識が希薄なことが、事故の拡大に拍車を掛けてしまっている。目下の中国では、高層ビルやマンションに目を見張りその経済発展に驚くよりも、足下の安全と頭上からの落下物、側壁などの崩落などに、細心の注意を払わなければならない始末である。中国全土の建築物や設備は、天文学的数字を超越しており、その安全総点検はいまや不可能に近い。またもし、それが可能であったとしても、その費用は捻出不可能である。 A安全基準の徹底は可能か。 中国当局も手をこまねいているわけではなく、安全基準の法制化を急ぎ、それを徹底させようと努力している。しかし拝金主義一色に染まってしまった中国で、あえて利益を犠牲にしてまで、その規制を守ろうとする中国企業は少ないであろう。 Bメンテナンス意識の確立は可能か。 わが社が日本で操業していたころ、工場内に小さなリフトを設置した。ところが設置会社との間で、保守契約を結ばなければならず、毎月1回の定期点検を受け、保守会社を通じて労働基準監督署に報告書を提出しなければならなかった。そのリフトは荷物専用で人が乗る物ではなく、安全面からの定期点検など不要だと思っていたし、その費用も結構高かった。さらにメンテナンスに来る保守会社の技術者たちも、ワイヤーロープにオイルを塗るぐらいで、さしたることもしていなかったので、私はできることなら保守契約を解除したいと思ったものだった。 中国ではメンテナンスに金を支払うという商習慣が確立していない。ことに外部の会社との保守契約などは、よほどの特殊な設備でない限り、結ばない。通常、メンテナンスは社内の保全部門で担当することになる。ところがその社内の保全工の意識に問題があるのである。私は、中国の私のすべての工場で、日本式の保全工を育てることに全力を尽くしてきた。しかしそのすべてで失敗した。日本の工場では保全工に、「工場内の設備がいつも順調に稼働するように、事前に整備しておくこと」を、その職務とさせていた。しかし中国の工場では、どれだけ教育しても、保全工から「設備が壊れてから、それを修理する」のが自分の仕事であるという考えを払拭することができなかった。したがって、すべては故障してから、つまり事故が起きてからの対応となるのである。 C中国における労働者の質の低下について。 中国の労働者が勤勉であるという話は、過去のものとなった。中国では2003年から人手不足に陥っており、労働力の需給バランスの結果、当然のことながら売り手市場となっていた。そこへ2007年末、胡錦濤政権が労働契約法を改正し、労働者の権利意識を高揚させ、ストライキやサボタージュを黙認することになった。その結果、中国に労働者天国が誕生することになった。さらに現代中国の若者たちは、一人っ子世代であり、工場で汗を流して技術を習得しようとするような殊勝な考えはまったく持ってない。とにかく彼らは楽をして金を儲けたい一心である。工場内で、品質水準の維持管理のために、少しでも厳しく労務管理を行うと、彼らはすぐにやめ次の職場に移ってしまう。かつての日本の工場のように、改善運動やQCサークルなどの活動は、まったくやる気がない。そのような雰囲気の中で、工場の品質管理を徹底していくことは至難の業である。もともと中国の工場での品質管理の維持については、罰金方式を取り入れていた企業が多い。これが功を奏して、中国製品の品質はメキメキと向上した。しかしながら現在ではこの方法は、労働契約法違反でもあるし、通用しない。したがって現在、工場内では、オシャカを作っても効果的に罰する手段がないため、品質の低下に歯止めをかけることができず、苦労している。したたかな労働者を前にして、報奨金などのアメだけでは、品質の維持が難しい。 底辺の労働者の質が低下するということは、当然、高速鉄道の運転手やエスカレーターなどのメンテナンスを行う技術者の水準も低下するということである。 Cネットの威力について。 ジャスミン革命以後、中国でもネット上でのつぶやきや告発が相次いでおり、これが中国政府を窮地に追い込んでいる事態などを見て、ネットを民主化への道程として高く評価する人たちがいる。私もこれに異論があるわけではない。しかし中国のネット世論は付和雷同型であり、一転して反日となることがあるし、衆愚の盲動の原因になる可能性も大きい。集団ヒステリー症状が起きた場合、中国ではバーチャル空間での人民裁判の再現にもなりかねない。ネットの匿名性やつぶやきなどの短文・短絡思考は、その傾向を瞬時に大拡張してしまう。民主主義の欠点を補い、民衆のネットという武器の有効活用に役立つ新しい思想の台頭を切に願うのみである。 |
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