小島正憲の凝視中国

上海汽車と双龍自動車(歴史的転換点に立つ中・韓)


上海汽車と双龍自動車(歴史的転換点に立つ中・韓) 
15.OCT.09
 中国の上海汽車工業(集団)総公司が韓国の双龍自動車有限会社から撤退した。
 この事件は中韓両国にとって歴史的な意味を持つ。

 今回は読者各位に早くこの歴史的事件に着目していただきたいと考え、自動車関連産業については門外漢である私の不出来な文章を、あえてお届けする。ご容赦をいただきたい。

 なおこの文章は京都大学経済学部の塩地洋教授の韓国自動車業界調査に便乗取材(韓国自動車関連学者、自動車工業協会幹部、民主労総元幹部、日系部品供給会社幹部など)させていただき、私の独断でまとめあげたものであり、責任は全て私に帰するものである。


 中国の上海汽車は2004年10月、韓国の双龍自動車の株式48.9%を約5億ドルで取得した(後に51.33%を保有)。その後4年間は黒字基調が続いたが、08年9月の金融危機に遭遇し、09年1月深刻な資金難に陥り、ソウル中央地裁に法廷管理を申請した。

 この時点で上海汽車は双龍自動車の経営権を放棄した。
 その後、法廷管理人(会社側)により2600人余りの人員削減を含む再建案が出されたが、それに労組が猛烈に反発し、京畿道平沢の本社工場に労組員約500人が籠城。警察当局は工場内に部隊を突入させるなど、労組員との間に衝突を繰り返し、双方で20人以上の負傷者が出た。

               
             双龍自動車の本社:京畿道平沢            双龍自動車:本社正門前で

 8/06、労使交渉が妥結。会社側は再生計画案をソウル中央地裁に提出。その中で上海汽車の持分について、減資を実施すると表明。現在、再生計画案が裁判所で審議中。


1.上海汽車の撤退に関する中国側の見解


@この事件について中国のマスコミは、「上海汽車、双龍自動車に完敗。中国汽車業界の海外買収第1案件は5億ドルの損」と大きく報道した。

 そして完敗の理由として、世界金融危機下であり不可抗力であったとしながらも、上海汽車側の買収時期の選択、人材不足、危機処理能力欠如が大きかったとし、その上で韓国人との文化摩擦が最大の壁であったと下記のように述べている。

 「上海汽車側から送り込まれた中国人経営陣の前に、韓国人労組が大きく立ちはだかり、結局、賃金や福利厚生面での交渉に明け暮れ、経営どころではなかったし、双龍自動車内に生産活動に従事しない労組幹部が100名以上在籍し、彼らがそれぞれ会社所有の専用車を乗り回していたり、会社の経営方針の決定に彼ら労組幹部の許可が必要であるなど、経営は困難を極めた。
 それでも上海汽車側は労組幹部を何回も上海に招待したりして融和をはかったが、結果として協調することができなかった。また、韓国特有の賄賂の習慣にもなじめず、中国と比べて経済犯罪に関する罰が軽いため会社内の不正の横行を糺すことができなかった。
 上海汽車には国際経営経験の豊かな人材がいなかったことにも大きな反省材料がある。今回の完敗は不可抗力としての面もあるが、それでも上海汽車側は今後の世界展開のためによい経験をした。また現在、多くの中国企業の海外進出を、“走出去”政策として積極的に推進している中国政府にとっても大きな教訓であった」


A中国は膨大な貿易黒字を背景に、世界一の外貨準備高を持つようになり、企業の海外進出が人民元高の回避のためにも不可欠となってきた。
 なお、中国社会科学院の康栄平氏は、中国企業の海外進出の理由として、

 a 自然資源の確保
 b 情報と技術の獲得
 c 市場の獲得
 d 金融資源の獲得
 e グローバル競争の圧力、f輸出急成長の戦略的代替
 g 膨大な外貨準備の合理的使途

 を挙げている。

 いずれにしても中国は、海外からの投資を引き続き呼び込まなければならないという開発途上国としての政策と、企業の海外進出を積極的に遂行していかなければならないという先進国としての政策を同時進行させねばならず、極めて難しい課題に直面しているといえよう。

 最近、中国は日本でも、蘇寧電気がラオックスを買収するなど積極的な活動を始めているが、他国と比べると大型買収案件は少ない。

 しかし上述の康栄平氏によれば、中国企業も数年来の海外進出失敗例を教訓として、ニッチ市場を狙う戦略に切り替えているという。


2.双龍自動車側と韓国政府の見解


@韓国側(今回取材した人たちの共通意見)は、上海汽車の買収策が、最初から技術を盗むことが目的であったと下記のように主張している。

「上海汽車は買収契約の際に、新規車種の開発に3兆ウォン(約2700億円)を追加投入することを明言したが、結局行わなかった。それを行っていれば、金融危機は乗り切れたはずである。
 しかし上海汽車は、オンラインで双龍自動車の多くの情報を盗み出し、トラック2台分の技術を運び出し、さらにそれらを解読し伝授する韓国人技術者数十人を上海に連れ出し、双龍自動車のSUV車など数車種分の技術情報を完全に持ち去った。それらの技術を金額に換算すると、初期投資分(5億ドル)の3倍を超えるだろう。上海汽車はこれだけで大儲けをしたのである。
しかし韓国人自身の側にも、格下の中国人に買収されるという心理的な抵抗感があり、最初から上海汽車が技術の盗用を目的としていると決めてかかってしまい、協調姿勢を捨ててしまったことに反省材料がある。GMが大宇を買収したときのような感情で上海汽車を受け入れるべきではなかったのか」

A最近、韓国科学技術の多くが中国に漏洩する事件が増加しており、韓国政府は国家予算を投じて開発した技術が漏洩することに、極めて神経質になっている。

 2008年7月、韓国検察は双龍自動車が中国企業にハイブリッドカーの設計技術を渡したとして、同社本部および総合技術研究所の関連資料を取り押さえた。

 12月、現代自動車の変速器技術を中国に漏らしたとして、同社職員2名を起訴した。

 造船業界はさらに深刻で、韓国検察は、超大型原油輸送船などの構造図を中国企業へ渡そうとした韓国造船企業の前技術グループ長を起訴、三星重工から原油ボーリングの核心技術を持ち出そうとした中国船舶検査員を拘束、その他、現代や三星の中国人社員が重量大型コンテナ船や液化汽船の設計図を持ち出した事件も起きている。


3.中国政府と上海汽車の反省点


@もし上海汽車側が主張しているように、この失敗が韓国労組の過激な行動にあるとするならば、中国政府はそれを反面教師とするべきである。

 なぜなら中国はまだ当分の間、外資の受け入れが必要な国であるから、工会(労組)や労働者が過激化しないように適度に調節しなければならない。一方的に労働契約法を労働者側有利な方向に押し進めるならば、やがては韓国のように労働組合が過激化し、収拾がつかないようになり、外資が逃げ出してしまうだろう。穏健な労使協調路線が取れるように、政府が工会や労働者を誘導しなければならない。

A今回の上海汽車の韓国撤退は、立場を変えれば、韓国企業の中国からの夜逃げと同様である。

 中国政府は夜逃げする韓国企業を無責任だとして強く批判をしているが、上海汽車も双龍自動車の従業員や多くの下請け企業、さらにその家族(総計19万名に及ぶという)を置き去りにしたわけで、それはいわば同罪である。 したがって中国政府は、上海汽車のこの撤退方法が国際法上適法であったとしても、道義的にはそれを認めるべきではないし、他企業にこのような撤退を真似させるべきではない。

Bことに韓国側が主張しているように、上海汽車の買収が最初から技術の盗用だけが目的だったとするならば、それは褒められたものではない。今後も、このような買収劇を繰り返すならば、上海汽車のみならず、中国全体の企業が国際社会から孤立してしまうにちがいない。

 現在、中国政府は、国策として中国企業の海外進出を積極的に押し進めている。したがってこの上海汽車の失敗例から多くの教訓を学び、海外進出全企業を適切に指導すべきである。

 9/11、上海汽車はGMのインド工場を買収交渉中であると発表した。インドも韓国と同様に、労働組合運動の過激な国であり、加えてインド人もプライドが高いので文化摩擦がおきやすい国であるから、慎重な経営姿勢がのぞまれる。

 10/09、四川騰中重工機械が、GMの「ハマー」を買収すると発表した。とうとう中国が米本国の大手メーカーの資産とその販売網などを買収するわけである。

 ここにも大きな文化摩擦が待っていると考えられるので、優秀な人材を大量に登用するなど適切な経営戦術を取り、上海汽車の轍を踏まないようにしなければならない。

Cまた当然のことながら、上海汽車の工会(労組)や労働者は、韓国の労働者を踏み台にして、利益をむさぼってきたわけであり、上海汽車経営陣が韓国撤退を決定する前に、同じ労働者として援助の手を差し向ける必要があったのではないか。

 また今後、上海汽車が本当の意味で海外進出し生産拠点を移動することになれば、上海工場は空洞化するわけで、それに諸手を挙げて賛成していてはならない。

 海外進出とは、本来、技術が流入してくるという側面が主要なのではなく、先進国同様に本国の労働者のリストラという運命に至るのが本筋だからである。

 まだ数年前まで技術を盗用しなければならなかった中国が、同時進行で海外に生産拠点を求めていくという動きとなり、そのスピードがあまりにも激しいので、工会も対応が難しいだろうが、労働者を守る立場を堅持するのならば、企業の海外進出にブレーキをかけなければならないし、進出先の国の労働者と連帯して行動を起こさなければならないはずである。


4.韓国政府と双龍自動車の反省点


@上海汽車に双龍自動車が買収されるという事態に遭遇して、双龍自動車の労働者だけでなく、韓国人総体が格下の中国企業に買収されるということに心理的抵抗感があったという。

 今や中国は世界第2の経済大国にのし上がろうとしている。したがって今後、中国企業が他国の企業を買収することは日常茶飯事になる。また韓国政府も積極的に外資を導入して、経済の活性化をはからなければ、国際競争から落伍する。

 技術を盗まれることをこわがっていたら、この競争には勝てない。積極的に外資を受け入れ、それを自家薬籠中のものにすればよいのである。韓国政府を含め双龍自動車の韓国人経営者や労働者にはこの度量と努力が欠けていたのではないか。

 双龍自動車の労働者は、今までの韓国人経営者ではなくて、中国人経営者のもとで働くことになったわけであるから、今までの労使慣行を見直すべきだった。

 もしこれからも過激な労働運動を続けるならば、この会社には永遠に外資の救世主は現れないだろう。

A今回、上海汽車の撤退と労組の不法占拠が終結後、9/08、双龍自動車労組の総会が開かれ、民主労総からの脱退が可決された。つまりそれまでの過激派路線が否定されたわけである。

 最近の情報では、生産が再開された現場では労働者が嬉々として労働に励み、会社再建に向けて努力しており、スト以前と比べ生産性が大幅に向上してきたと伝えられている。

 なお、現代自動車の労組委員長選挙でも中道実利路線の候補が、15年ぶりに過激派候補を抑えて当選した。

 これらの傾向は、韓国労働運動に歴史的転換点が訪れたことを証明している。
 反面、民主労総には官公庁系3労組が新規に加盟を決定し、その実力を保持しているという見方もある。 

C1990年に韓国の10数名の女子労働者が、韓国からの日本企業の撤退に抗議して、その企業の日本の本社前(四国)で座り込みデモを決行したことがあった。その先例にならえば、双龍自動車の過激派労働組合の闘士たちは、工場の煙突に上って抗議するというような馬鹿げた行動ではなくて、中国本土の上海の上海汽車の本社前で座り込むべきではなかったのか。そして上海汽車の労働者はそれを全面的に支援すべきではなかったのか。

 企業はグローバル化し、世界を股にかけて活動している。このような時期には、労働組合もインターナショナルな活動をしなければならないのではないか。労働組合が外資にいかに対応するか、またその外資の本国の労働者といかに連帯するか、これが今後の世界の労働組合運動の大きな課題となるだろう。

D米国の新車市場で、韓国勢の販売シェアが急速に拡大しているという。長引く不況で消費者の低価格志向が定着し、ウォン安の恩恵を受けた韓国小型車が価格面で優位に立っているからである。

 この状況を活かせば、双龍自動車の復活再生も不可能ではないと思われる。

 上海汽車の撤退は時期尚早であったかもしれない。