小島正憲の凝視中国

黒竜江省鶴崗市二態 


黒竜江省鶴崗市二態 
02.JUL.10
 昨年11月、黒竜江省鶴岡市で大規模な炭鉱爆発事故が起きた。
 そのとき私は、ただちにその現場に駆けつけたかったが、中央政府が直轄で事故処理にあたっているということで、それは諦めざるを得なかった。
 すると今年になって私の手元に、同市で投資会社が多数倒産し、一般市民の投資、約1300億円が回収不能になったとの情報が入ってきた。
 私は6月中旬、この地を訪れ、「中国の最北端近くに位置し、ロシアと国境を接しているこの辺境の街で、一体何が起きているのか」を、この目で確かめてみることにした。

 

※鶴岡市概要。
・人口は約130万人。そのうち炭鉱関係者が約40万人。その他は農業などに従事。漢族が96%を占め、満族が2%弱。・2009年の市の財政収入は27.7億元、支出は42.8億元。

・石炭埋蔵量20億トン強。年産量2000万トン強。国有炭鉱9か所、私営炭鉱80か所。


1.炭鉱爆発事故。

@マスコミ情報。

2009年11月21日午前2時30分ごろ、鶴崗市の北部にある「新興煤鉱」の地下500m付近で、大規模なガスの突出事故が発生した。当時坑内には逃げ遅れた528人の鉱夫が取り残されていた。中国政府首脳は、ただちに現場に張徳江副首相を派遣し、救助活動を指揮させた。必死の救出作業の結果、そのうち420人が救出されたが、残りの108人が犠牲となった。

中国国家安全生産監督管理総局の駱琳明局長は、「これは単純な“天災”とはいえない。坑内の通気やガス漏れ防止設備の設置が不適切で、明らかな過失事故と言える」と発言した。

A実情。

「新興煤鉱」は、93年の歴史を持つ国有炭鉱であり、年産は110万トン、鶴崗では最も古い炭鉱で、市の北部にあり中級規模の炭鉱。従業員は6000人であり、そのうち3000人が鉱夫である。その鉱夫の月給は3000元ほど(鶴崗市の一般ワーカーの平均月給は800〜1000元)。

  

「新興煤鉱」幹部は、事務所で私に、「昨年11月21日午前1時38分、地下400m付近で一気にガスが突出した。ガスの量は167,000立方メートルで、それは通常の1か月分に当たり、きわめて異常であり、同時に石炭が大量に噴出したので手に負えなかった。救出に全力を尽くしたが、108人の犠牲者を出してしまい誠に申し訳なく思っている。残された遺族に対して、一人当たり32万元の補償金を支払い、なおかつ現在、遺族の生活のためにいろいろな支援活動を行っている。私自身、幹部として37年間の勤務経験を持っているが、このような事故はかつてなかった。安全管理も中央政府の指示通り行っていたし、2004年には若手の安全管理担当者が日本の釧路の炭鉱へ安全管理の勉強にも行った。現在、中央政府のほぼすべての検査を終了し、7月から再開する予定である」と語り、私を爆発で破壊された坑道の入り口まで連れて行ってくれた。そこはほぼ修復済みであった。

なお、「新興煤鉱」の旧鉱長や旧安全管理担当者は、現在、裁判で過失責任を問われているという。

B中国の炭鉱の実情。

中国国内には、約1万1千か所(一説には1万4千か所)の小規模炭鉱があり、これらが全石炭生産量の1/3をまかなっている。炭鉱での死亡事故は2005年度までは毎年6000人を超え、その中で小規模炭鉱の事故件数は全体の2/3を占めている。近年も炭鉱事故は続いており、石炭の生産量と炭鉱事故による死亡数をみると、中国の死亡率は3.3%で、世界平均水準の100倍以上であるという。

C中国政府の炭鉱政策。

中国政府は安全面を考慮して、2015年までに7000か所の小規模炭鉱を閉鎖し、4000か所に減らし、同時に国営石炭会社も年産1億トン規模の6〜8社に集約する予定であるという。

黒龍江省煤炭生産安全管理局は、年内に省内にある年産30万トン以下の小規模炭鉱約1000か所を120か所ほど閉鎖する方針を明らかにした。

中国の主要なエネルギー供給源は、まだ石炭に多くを依存しており、中国政府は石炭埋蔵量の枯渇、炭鉱事故、環境破壊への対策として、再生可能エネルギー開発を推し進め、風力発電、原子力発電、太陽光発電、黄河上流の水力発電などを最優先課題としている。そのため海外からこれらに関する最先端技術を導入することにも懸命になっている。

D私見。

・鶴崗市の爆発事故現場はすでに修復されており、遺族への補償も問題なく進められており、爆発事故の規模が大きく被害者が多かった割には、すでに事後処理は終わり、炭鉱の経営幹部一同が再開に向けて着々と準備を進めているように見えた。

・政府は弱小炭鉱を閉鎖するという方針を押し進めると発表している。しかしこれまで政府は長年、小規模炭鉱を閉鎖するといい、その努力を続けてきたが、いまだに数千の小規模炭鉱が操業を続行している現状である。報告されている小規模炭鉱数は減ってきているが、不法に生産を行っている多くの炭鉱がなお国中に存続している。いわばもぐり炭鉱の存在である。

・かつて地方政府は炭鉱の閉鎖が地方財政収入に悪影響を与えることから、小規模炭鉱を温存する傾向があり、炭鉱事故なども隠蔽することが多かった。また炭鉱経営者と地方政府役人が結託して、多くの抜け道を作り、閉鎖を免れてきた。    

・ネット情報では、「政府の炭鉱の閉鎖、整理統合の方針は、安全面からの配慮だけでなく、炭鉱事業が旺盛な石炭需要を背景に巨額な利益を産みし続けていることから、その権益の争奪という側面を持っている」という指摘もある。

・労働者にとっても、その地方の一般ワーカーの3倍近い給与は魅力的であり、小規模炭鉱の閉鎖を歓迎しているわけでもない。

・これらの状況を変革するには、まずエネルギー政策の大転換が必要であり、石炭需要を激減させ、石炭価格を急落させることがまず必要なのではないだろうか。

・鶴崗の炭鉱爆発事故は、中国政府にエネルギー政策の抜本的な転換を迫っている。しかし今回のBP社のメキシコ湾岸掘削原油流出事故が、発生後2か月たってもいまだに完全解決にいたっていないことを考えると、いかなる人間の試みも、結局、人類を滅亡の危機に追い込んで行くことのようにも思える。

Eその他。

・「万人坑」。 鶴崗炭鉱の歴史は古く、戦前には日本がこの地の炭鉱を占有し、多数の中国人労働者を酷使していたという。そのとき炭鉱で死んでいった中国人が埋められた場所が、現在、市内に「万人坑」として遺されている。

 

私は途中で花を買って、そこを訪ねた。10m四方の場所に、ざっと500体の遺骨が無造作に積み上げられていた。その前で案内人の若い女性が、「この遺骨は鶴崗炭鉱で日本人に酷使されたり、殴り殺されたりした人たちのものです。中には病気で死んだ人もいます。実際はこの5倍ほどの規模です」と、淡々と説明してくれた。そこには反日的なスローガンなどは少なく、私はその「万人坑」が反日愛国教育の場になっているとは思えなかった。余談だが、花屋で買った花は昆明から空輸されたもので、きれいな花だった。100元という高い値段だったが、結構売れているという。まさに中国経済が南から北まで一体化し、大きな発展を遂げていることを見せつけられた思いだった。

・「風力発電」。 鶴岡市の南方には、風力発電用の風車が林立していた。ざっと数えて200基以上あった。この炭鉱の町でも、風力発電が試行されている実態を見て、中国政府のエネルギー革命への並々ならぬ意気込みを感じた。 

2.投資会社の破綻。

@マスコミ情報。

2010年4月、一部のマスコミが黒竜江省鶴崗市での投資会社破綻のニュースを報じた。それによれば、「同市では、2003年ごろから170社に及ぶ投資会社が、市民から高金利(年利20〜30%)を謳い文句にして巨額の資金を集め始め、不動産や企業に投資してきたが、それらが相次ぎ破綻して、投資者へ返済不能に陥った。被害者は20万人、被害総額は90億元に及ぶ。自殺者多数」という。

A実情。

鶴崗市民への聞き込みから下記が判明。

・鶴崗市には、「房代」と呼ばれる投資会社が多数あり、年利10〜30%で市民から投資を募り、それを不動産開発や企業に貸し付けていた。このような投資会社は同市に100社以上存在していたし、市民の中には10〜20万元単位で投資をしていた人も多数いた。

・それらの会社は、当初は順調だったが、2008年秋のリーマンショック後、いっせいに破綻。かなりの市民が巻き添えとなり、大損をした模様。

・被害者は多数。被害総額は20〜50億元程度?

・現在、市政府の手でそれらの投資会社が整理、縮小され、少額ずつでも返済を続行する方向だという。

・同市には現在でも、「少額貸款公司」という看板を掲げた企業が街中に公然と存在し、市民から資金を募り、それを不動産や企業に投資している。零細企業の中にはこのような会社から高利で資金を借りて、企業活動を行っている企業がある模様。政府系関連の企業は、銀行から融資を受けることができないことがあるので、政府関係者がバックとなり、「少額貸款公司」を作って、そこから資金を融通させている場合があるという。

B中国のインフォーマル金融。

陳玉雄氏はその著書「中国のインフォーマル金融と市場化」の中で、「中国におけるインフォーマル金融は、公式に認められていない金融機関による金融活動、それを含む仕組み、組織(あるいはネットワーク)および個人を指す」と定義した上で、「インフォーマル金融の規模について、これまで全面的な統計がなく、またインフォーマル金融自体の性格上の問題でその統計をとることはほとんど不可能に近い」と書いている。

さらにインフォーマル金融の形態は、「民間貸借、合会(日本では無尽に相当)、銭荘(両替・為替業務)、典当(質屋)、民間集資(投資会社)」などであり、これらは「地域の遊休資金を活用し、地域を活性化し、フォーマル金融機関の革新を促す」という肯定面を持っているが、同時に「金利が高く、詐欺が多く、金融秩序を混乱させる」という否定面をも有しているとも書いている。

また「民間におけるインフォーマルな金融組織は、ほとんどがインフォーマルなままであり、地域住民と企業、特に民営中小企業の外部資金調達に大きな役割を果たしてきたのにもかかわらず、政府に認められずしばしば厳しい取締りの下に置かれていた」、「中国における市場経済システムの確立には、計画経済システムに対する『変革』に重要な役割を果たしてきた非公式制度の制度化が効率的な方法で近道である。中でも非公式な金融システムの制度化の途を探ることが、市場経済システムの基盤となる金融システムの中国における確立には、重要な課題であると考える。その方法の一つは、現存するインフォーマル金融自体の存在を認め、現存するフォーマル金融との分業・補完機能を強化することが考えられる」と主張している。

このインフォーマル金融を肯定的に見る見解は、傾聴に値する。

※「中国のインフォーマル金融と市場化」  陳玉雄著  麗澤大学出版会刊  2010年3月20日発行

Cネズミ講などの摘発と暴動。

中国でもインフォーマル金融の一種であるネズミ講は禁止されており、しばしば騒動の種にもなっている。

・3/25、陝西省渭南市高新区崇業弁王賀村において、村の共産党書記たちがネズミ講の調査に村民の家に入った。しかし逆に書記たちが大勢の村人に監禁されてしまったので、300名あまりの警察が出動し救出に当たった。現場で抵抗した村民26人が警察署に連行された。

・3/27、広東省広州市白雲区石井慶豊広場5街12号ビルに、警察がネズミ講の摘発に踏み込んだ。そのとき講の参加者が抵抗し衝突。双方に多数の負傷者が出た。

・5/26、香港を拠点とするグループが中国本土でインターネット電話関連商品を、マルチ商法で販売していることが判明。会員は60万人。被害総額は20億元ともいう。深セン市の警察が事件を追跡中。

D安利(アムウェイ)の大躍進。

アムウェイは「安利」という企業名(ブランド名?)で、中国でも大繁盛している。日本ではアムウェイは非マルチ商法として法的に認められている。中国でも同様の扱いを受けているものと思われる。上海にも数か所の拠点を持っているし、中国全土の末端までその組織は発展している。どこの地方空港に行っても、入り口のドアに鮮明な「安利」の宣伝文字を見ることができる。上海虹橋新空港にも、入り口から少し入ったところの窓ガラスに大きな広告がある。鶴崗市の中心部のマンションの壁にも、大きな「安利」の広告があった。私は他の中国の多くの田舎都市でも、しばしばこのような「安利」の広告を見かける。今や、アムウェイは中国全土を席巻してしまったようである。

E私見。

・鶴崗市の投資会社の破綻はマスコミ情報とは若干違うが、それは事実であり、高金利に目がくらんだ市民が大きな痛手を被っていた。ここで私が注目するのは、このインフォーマル金融の額が少なめに見積もっても、鶴崗市の財政規模に匹敵していたという事実である。もしこのような事態が中国全土で生起していると考え、この鶴崗市の例を国家規模に拡大適用するならば、インフォーマル金融市場で動いている総金額は、中国では国家財政に匹敵すると解釈することが可能なのではないだろうか。

・陳玉雄氏は前掲書でインフォーマル金融を肯定的に評価し、これが中国の発展をささえてきた一側面であると主張している。私もこの見解には同意するが、陳氏も書いているように、インフォーマル金融が中国経済を大きく左右するほどの存在でありながら、その総額を統計的に把握することが不可能であるところに、現在の中国の大きな問題があると考えている。

・中国におけるインフォーマル金融の否定的側面は、ネズミ講やマルチ商法などの形で出現している。私は、前掲した例は氷山の一角であると思っている。しかも注目すべきことは、これを摘発しようとする政府、警察に対して、参加者が暴動を起こしていることである。これは中国ではインフォーマル金融の把握に政府が踏み込むことが、難しいということを証明している。

・「安利(アムウェイ)」は全国制覇をし、巨大企業となっている。この「安利」の実態を正確に把握している機関や研究者は皆無であろう。「安利」がインフォーマルな世界の覇者であり、この組織の参加者は天文学的な数字であり、ここで動いている資金はこれまた膨大なものである。もちろん参加者個人は税金など納めていないにちがいないし、かつまたこの資金がどこに流れているかもさだかではない。私は数年前から、この組織に注目しているが、なかなか全貌をつかむことができないでいる。

・私はかなり以前から、中国が人手不足状態であるということを言い続けてきた。しかもその大きな原因の一つにもぐり企業の存在があると主張してきた。なぜならばこの10年間、中国の私の周辺で、独立起業する人間が相次ぎ、しかも彼らがほとんどもぐり企業として存在し続けているからである。彼らの存在は、中国のいかなる統計数値の中にも現れてこない。仕方がないので私は、彼らの存在を証明するために、いつも2007年の山西省の闇レンガ工場の例を引き合いに出すことにしている。当時、マスコミは「中国山西省の闇レンガ工場で、誘拐された労働者や未成年者が虐待された事件を受け、中国の調査チームは8月13日、記者会見し、同省内のレンガ工場4861か所のうち、65.5%に当たる3186か所が無許可経営で、8万1000人が不法雇用されていた」と発表した。つまり山西省のレンガ工場では、約半数がもぐり企業であったということである。私はこの状態を、中国の全産業に拡大適用して考えるべきだと主張しているのである。

・今回の鶴崗市の投資会社の破綻調査を通じて、私はこれらのもぐり企業の資金背景に迫ることができたと考えている。私の周囲のもぐり企業は、起業するに当たって、親戚一党から資金を借りまくっている者が多い。いわゆる「民間貸借」というインフォーマル金融を利用しているわけである。彼らはその資金を銀行から借りているわけではなく、したがって銀行などが発表する統計数字を追っているだけでは、彼らの実態はまったくわからない。

・中国にはもぐり企業が正規の企業と同数、実在する。そしてそれが中国経済を大きく揺り動かしている。その資金源はインフォーマル金融である。それらの実態つかむには、「実事求是」・「現場主義」に徹し、そこから大胆に推論していくことが有効かつ有用である。