小島正憲の凝視中国

タイ大洪水・反ウォール街デモ & (附)中国関連本リスト


タイ大洪水・反ウォール街デモ 
26.OCT.11
1.タイ大洪水

☆私が今回のタイ大洪水で注目したのは、被災日系企業にいちはやく「日本政府が低利融資を検討した」点である。

 タイの大洪水で、中部アユタヤ県などの少なくとも7工業団地が冠水、自動車、電機を中心に日系現地進出企業450社余が被災した。日本企業は東日本大震災に次いで、またもや想定外の大災害に見舞われた格好である。またこれらの工業団地には、日本の一流大企業が数多く進出しており、それは日本の横並び思想を象徴しているかのようである。いかにタイの外資誘致策が手厚かったとはいえ、また部品産業などの集積が進んでいたからと言って、「タイを選ぶのは自然な流れだった」として、洪水の可能性のあるこの地を選んだ一流大企業トップの見識を、私は疑う。

 現在、中国の湖北省武漢市にも、日本の一流大企業が雪崩を打って進出をしようとしている。しかしながらこの地も、洪水の危険性の大きな地域である。三峡ダムが決壊すれば、間違いなく工業団地はすべて水没する。そのような特殊な事態を想定しなくても、武漢市周辺は毎年のように洪水の危機が叫ばれている地域である。15年ほど前に、長江上流で堤防を切って、あえて農村を犠牲にして武漢市を守った例もある。余談だが、私はその直後に被災した農村の悲惨な現場を見に行ったことがある。したがって武漢市に進出を決めた一流大企業のトップは洪水を想定して、工場を2階建てにし、主要設備は階上に設置するなどの措置を取っておくべきである。武漢市はタイとは違って水はけが良いので、設備さえ被害を受けなければ工場の再開は早いと思うからである。

 今回のタイの大洪水で明らかになったように、拠点を集約化することは大きなリスクを抱えることになる。今後は多国に、多拠点を構えることが必要となる。それこそが想定外の事態への最も有効な対処法である。しかし資金、情報、人材などが豊富な一流大企業ならばそれも可能だが、中小企業にはそれは不可能な戦略である。そこで私は、中小企業には、すでに多くの国に進出している中小企業が企業の垣根を越え、横断組織を結成し、密接な情報交換を行い、相互補完関係を築くことを推奨する。私はそのような意味合いからも、AAP(アジア・アパレル・ものづくりネットワーク)を呼びかけたのである。現在、AAPには日本、中国を始めとして、ベトナム、ラオス、インドネシア、ミャンマー、バングラデシュなどの日系縫製工場からの参加があり、来年にはカンボジア、インド、スリランカなどの日系縫製工場からも参加の意向が伝えられている。他業種の中小企業にも、ぜひ試みて欲しいものである。

 いずれにせよ現在、日本には円高の嵐が吹きすさび、国内で工場経営を続行することがきわめて難しい状況になっている。したがって海外への工場進出、つまり空洞化は必至である。今後、企業は利益を求めて続々と海外進出して行き、日本からはますます雇用機会が失われて行くであろう。海外へ進出した企業は悪戦苦闘しながら、海外でカネ儲けに奔走する。慣れない海外でのビジネスに多くの進出企業が失敗し、日本国内に逃げ戻ってくることも多くなるだろう。また今回のように想定外の災害に見舞われ、あえなく倒産する企業も少なくないだろう。しかし少数ではあるが、中には成功し、日本に利益を還流させ、日本国家に税金をしっかり納付する企業も出てくるにちがいない。

 問題は、海外で大儲けしても日本にその利益を還流させず、日本国家に税金を払わない企業が出現することである。正式なデータが公表されていないので明言できないが、今でも、利益を海外にプールして持ち帰らない企業がかなり多いと、私は推測している。もちろんそれらの企業にしてみれば、海外で苦心惨憺して儲けたカネだから、わざわざ日本に持ち帰り、日本国家に税金を払う必要はないと考えても不思議ではない。彼らの主戦場は海外であるから、進出先の国の法律に従い、そこで税金を支払えばよいからである。

 しかしながら、私には疑問が残る。それらの企業や日本人は日本の国籍を棄てたわけではなく、日の丸をバックにして、日本ブランドで戦っているのである。それは無形ではあるが、きわめて大きな日本国家の精神的支援である。またなにか事が起きたときには、日本大使館や領事館は邦人保護のために素早く動く。ジェトロ、ジャイカなどの諸機関も、多くの企業の海外進出のために重要な役割を果たしている。つまり海外進出日本企業は、すべからく日本政府の庇護のもとに、安心して経営活動を展開しているのである。したがってそのような庇護を受けている限り、どのような形にせよ、日本国家に税金を納付する義務があるはずである。ところが前述したように、海外進出企業で、日本国家に税金を支払っている企業は少ないように見受ける。財務省や経済産業省はこのデータを公表すべきである。また学者は、企業の海外での資産蓄積の現況について調査を行い、発表すべきである。

 もっとも近年、海外で儲けた企業が利益を還流させた一つの結果として、所得収支が大幅黒字になっていることは、私も認める。しかしそれがもっと多額になってもよいはずだと、私は思っている。今後、日本の空洞化は必至である。しかし海外へ進出した企業は、儲けても日本国家に税金を払わない。その結果、やがて日本は立ち枯れてしまう。この矛盾を解決するために、私は、この際、海外進出税を設けるべきだと考える。それは空洞化税と名付けてもよいと思う。日本はこれを新財源にして、新たな産業を確立すべきである。

 今回のタイ大洪水に際して、日本政府はタイで大洪水の被害にあった企業に低利融資を検討し、日系企業向けにバーツ建て緊急融資を行う制度の創設を決めたという。私はこれらには反対である。なぜ日本を棄て、海外にカネ儲けのために進出していった企業に、日本政府が一様に援助の手をさしのべなければならないのか。450社余の企業を調査し、これまでに日本国家に納税義務を果たしていることが判明した進出企業にのみ、低利融資を行えばよい。なぜこれまで日本国家になんの恩恵ももたらさなかった企業、つまり日本に空洞化のみをもたらした企業に、わざわざ低利融資やバーツ建て緊急融資を行わなければならないのか。勝手に海外にカネ儲けに出かけていって、日本から雇用機会を奪い、まったく日本国家に納税もしていない企業が、苦しいときだけ助けてくれというのは虫が良すぎる。民間金融機関が低利融資をするのは、それはビジネスだから結構である。しかしながら政府系金融機関がそれを行うのはおかしい。あえてそれを強行するのならば、必ず追跡調査をして、それらの企業の日本国家への納税の有無を明白にしてもらいたいものである。

2.反ウォール街デモ

☆私が今回の反ウォール街デモで注目したのは、このデモに「移民中国人が参加していなかった」という点である。

@中国人はアメリカをボロボロにしているか?

 川添恵子氏は「豹変した中国人がアメリカをボロボロにした」(産経新聞出版)という題名の本を出版し、いかにも米国に移住した中国人が、米国で大暴れしているような印象を植え付けようとしている。しかしながら本文をよく読んでみると、その実態は明示されておらず、この本は題名と中身が大きく乖離している詐欺まがいの書であることがわかる。それでも私は、北京五輪聖火リレーの時、長野市の現場で中国人留学生たちの行動を目の当たりにしているので、彼らが大暴れし、米国や日本をボロボロにするという文言を、全否定する自信はない。私が川添氏の主張に有効に反論する手段を探していたとき、ちょうどこの反ウォール街デモが勃発したのである。

A反ウォール街デモの現状と今後

 ウォール街占拠の抗議デモは、リーダーなき、組織主宰者なき、また抗議目標も明白でない若者によるプロテスト・デモとして始まり、9月中旬後から参加者も増大し、かつ全米の他の都市(ボストン、シカゴ、ロスアンジェルス、セントルイス、シアトル、ワシントン、マイアミなど)にも拡大している。これまでのところは明確かつ具体的なデモ運動の目標は示されず、経済混乱・景気不況を招いた米金融資本の責任追及・米社会の所得格差拡大とトップ1%の高富裕所得層の所得・資産独占反対、高失業率改善・雇用拡大要求を始め、環境・温暖化対策強化や教育費高騰反対など幅広い要求と、中間階層を低所得・貧乏層へ転落させている政治不信を表し、現状への不満と激怒の全般的には自然発生的なプロテスト運動である。

 10/06には、ニューヨークのウォール街周辺のダウンタウンでは少なくとも5000人の群衆が集まっていた。そのうち労働組合のメンバーがデモ・グループのかなりの数を占めていた。しかしそれは既存の労働組合から個別メンバーの自発的参加であって、これら組合による指揮やデモ運動への直接援助はない。

 この抗議デモは、運動の内部組織がよく出来上がっており、かつ自己規制・規律の強いグループにすでに形成されている。したがってこの運動が無政府主義的なものに変貌することはない。この運動は、現在、運動参加者の間に設置された作業部会メンバーが来年2012年7月に集合して、運動の要求主張を政策綱領として形成し、同年大統領選挙への関与・参加の是非を決定するとされている。

Bジャスミン革命との相違

 この抗議デモはロンドン暴動に比べれば、現象的にはアラブの春のジャスミン革命に近く、良識ある一般市民が、社会の不公正を是正することに立ち上がった活動となっている。その背景には大不況・一大不景気によって米国の一般市民の生活に追い詰められた緊迫感が感じられ、なにをすれば良いのかという危機感も存在していると思われる。しかし、中近東の市民民主革命とは異なり、米国社会は民主主義の次に来る社会構造や政治体制についての意識やパラダイムがないのである。米国は世界最大の経済大国で、言論や自由の保障があり、失業率も中東地域やヨーロッパ圏のいくつかの国に比べて高くない。しかしその米国の若者が立ち上がったのは、目先の失業問題や米経済危機の懸念だけでなく、米国の将来の見通しについて不透明感が、かなり強く存在していることを彼らが直感的に感じ始めている証拠でもある。努力する者が報われる「アメリカン・ドリーム」のイメージは崩れ去りつつあるのである。今や、上位1%の、1%による、1%のための政治を見直す必要があることを、若者たちが主張し始めたのである。

C世界各国に波及

 この反ウォール街デモは世界各地に波及し、87か国で1000以上のイベントなどが行われた。

・イタリア:ローマでは、高失業率を背景に、数万人がデモに集結し市中心部を行進。数百人のデモ隊が警察と衝突。

・イギリス:ロンドンでは、1000人以上が金融街シティの中心に集結。

・ドイツ:フランクフルトでは欧州中央銀行のビルの前に約5000人が集結。

・香港:金融機関の本店が多いセントラルのHSBC本店前で約400人が座り込み。

・中国:10/06、河南省鄭州市の文化プラザ前で、市民数百人が集まり、「反ウォール街デモ」応援集会が行われた。

 集会参加者は60歳を越えた老人がほとんどで、彼らが掲げる横断幕には、「断固として米国人民の偉大なる“反ウォール街デモ”を支持」などと書いてあった。また参加者は「資本主義の終焉だ」などと叫んでいたという。この集会について、ネット上では、当局のやらせではないかという声が上がっている。

Dこのデモに移民中国人は含まれていなかった。

 今回の「反ウォール街デモ」についての、私の最大の関心事は、「そこに移民中国人がどれぐらい参加しているか」であった。つまり川添氏が主張するように、「中国人がアメリカをボロボロにする」のならば、このデモの主力は移民中国人であるはずだからである。私はさっそく米国の情報筋に、「移民中国人のデモ参加」について問い合わせてみた。下記がその回答である。

 「デモ参加者の中に少数人種(マイノリティ)の参加比率は低く、黒人やヒスパニックもあまり多くない。また他の外国系人種の参加も少ない。かつての市民権運動のようなマイノリティの積極的参加による一般市民運動とはなっていない。また宗教的な信念、信奉も参加者によって異なっている」

また他の情報によれば、ニューヨークに住むある中国人エンジニアは、北京に住む父親から「反ウォール街デモに参加しないように」と注意されたという。また「10/15のニューヨークでの“反ウォール街デモ”には、中国共産党に抗議するプラカードを持った中国人参加者もいた」という情報もある。

 しかしあのデモの主体が移民中国人でなかったことは明白である。つまり川添氏の「中国人がアメリカをボロボロにする」という主張は、デマの類であることが、このデモで証明されたのである。



(附)中国関連本リスト 2011年後半発行分 *中国関連本2011年前半以降
137.「中国の経済発展と制度変化」  厳成男著  京都大学学術出版界  6月10日

138.「中国共産党」  別冊正論  産経新聞社  6月22日

139.「中国情報ハンドブック 2011年版」  21世紀中国総研  蒼蒼社  7月25日

140.「中国経済の成長持続性」  21世紀政策研究所 渡辺利夫監修 朱炎編  勁草書房  7月25日 

141.「中国東北部の“昭和”を歩く」  鄭銀淑著  東洋経済新報社  7月28日

142.「軍艦島に耳を澄ませば」  長崎在日朝鮮人の人権を守る会  社会評論社  7月31日

143.「誰も書かなかった“反日”地方紙の正体」  日下公人編  産経新聞出版  8月4日

144.「中国の海洋戦略にどう対処すべきか」  太田文雄・吉田真共著  芙蓉書房出版  8月15日

145.「チャイナ・リスク 爆発前夜」  黄文雄著  海竜社  8月16日

146.「“昭和の大戦”の真実(正)」  黄文雄著  ワック  8月16日

147.「2012年中国崩壊 2014年日本沈没」  浅井隆著  第二海援隊  8月16日

148.「中国のジレンマ 日米のリスク」  市川眞一著  新潮新書  8月20日

149.「現代中国を形成した二大政党」  北村稔著  ウェッジ  8月22日

150.「島国チャイニーズ」  野村進著  講談社  8月24日

151.「続 墓標なき草原」  楊海英著  岩波書店  8月26日

152.「双頭の龍の中国」  シャヒド・ユースノフ、鍋嶋郁共著  村上美智子訳  一灯社  8月28日

153.「中国市場攻略のルール」  陳立浩著  すばる舎  8月28日

154.「中国環境ハンドブック 2011―2012年版」  中国環境問題研究会  蒼蒼社  9月1日

155.「中国経済データハンドブック 2011年版」  日中経済協会  9月1日

156.「中国人の腹のうち」  加藤徹著  廣済堂新書  9月9日

157.「中華人民共和国誕生の社会史」  笹川裕史著  講談社  9月10日

158.「辛亥革命100年と日本」  日台関係研究会  早稲田出版  9月13日

159.「孫文革命文集」  深町英夫編訳  岩波書店  9月16日

160.「中国社会の見えない掟―潜規則とは何か」  加藤隆則著  講談社  9月20日

161.「チャイニーズ・レポート 中国の愛人たち」  邱海涛著  宝島社  9月20日

162.「中国最後の証言者たち」  欣然著  中谷和男訳  武田ランダムハウスジャパン  9月22日

163.「やっかいな中国人を黙らせる法」  鈴木健介著  草思社  9月25日

164.「いまさら聞けない中国の謎66」  歐陽宇亮著  プレジデント社  9月25日

165.「“昭和の大戦”の真実(続)」  黄文雄著  ワック  9月27日

166.「トンデモ中国・中国を知らねば日本の復興はない」  黄文雄著  まどか出版  9月29日

167.「中国大暴走」  宮崎正弘著  文芸社  9月30日

168.「中国人観光客を呼び込む必勝術」  徐向東著  日刊工業新聞社  9月30日

169.「“中国版”サブプライム・ローンの恐怖」  石平著  幻冬舎新書  9月30日 

170.「再び立ち上がる日本」  李培林著  楊慶敏訳  人間の科学新社  10月1日

171.「支那人の日本侵略」  金友隆幸著  日新報道  10月5日

172.「中国が変える世界秩序」  関志雄・朱建栄編著  日本経済評論社  10月5日

173.「中国で勝つ 10の原則と50の具体策」  尹銘深著  東洋経済新報社  10月6日

174.「“壁と卵”の現代中国論」  梶谷懐著  人文書院  10月10日

175.「北京と東北部と―流れる時を紀行する」  社本一夫著  西田書店  10月10日

176.「豹変した中国人がアメリカをボロボロにした」  川添恵子著  産経新聞出版  10月11日

177.「中国人はなぜうるさいのか」  吉田隆著  講談社  10月12日

178.「中国革命の真実―過渡期への手付」  くどうひろし著  柘植書房新社  10月15日

179.「中国ビジネスに失敗しない7つのポイント」  杉田敏著  角川書店  10月15日

180.「鏡の国としての日本」  王敏著  勉誠出版  10月20日

181.「中国市場戦略」  エドワード・ツェ著  日本経済新聞出版社  10月24日

182.「なぜ中小企業の中国・アジア進出はうまくいかないのか?」  日経トップリーダー編  日経BP社  10月24日

183.「10年後の中国」  高原明生・大橋英夫・園田茂人・茅原郁生・明日香壽川・柴田明夫共著  談社 10月25日

184.「北京コンセンサス」  園田茂人・加茂具樹共著  岩波書店  10月27日

185.「チベットの祈り、中国の揺らぎ」  ティム・ジョンソン著  辻仁子訳  英治出版  10月30日

186.「上海万博とは何だったのか」  江原規由著  日本僑報社  10月31日

187.「中国マネーの正体」  富坂聰著  PHP研究所  11月1日

188.「真実の中国史 [1840―1949]」  宮脇淳子著  李白社  11月3日

189.「温家宝の公共外交芸術を探る/温家宝公共外交藝術初探」 企画:段躍中:執筆:趙新利 日本僑報社 11月11日