小島正憲の凝視中国

グーグルの中国撤退に関する二つの見方   


グーグルの中国撤退に関する二つの見方   
02.APR.10
 3月22日、ネット検索世界最大手のグーグルが中国からの撤退を表明した。
 この事態については、相反する二つの見方がある。一つは、一般に流布されている、中国政府のインターネットに関する世界常識への背反行為に対して、それを非難する見方である。もう一つは、これで中国が米情報帝国主義の植民地から解放され、世界が米国の情報面での一極集中から脱皮できる契機となると考え、それを容認する見方である。以下に、この両方の見方を検討してみる。ただし私はITにはまったくの素人であるから、専門家諸氏からはこの小論が一笑に付されるかもしれない。


1.中国政府の行為への非難。

 グーグルは中国から撤退する理由として、同社のコンピューター・システムへのハッカーからの激しい攻撃と、“ウェブ上での言論の自由の制限”を挙げている。

 ハッカーの問題について、グーグルは12月の第2、3週に起こったサイバー攻撃は、その多くがシリコン・バレーに所在する計34の企業または機関に向けられたと言明した。またこのサイバー攻撃で、グーグルとしては、実質的損害を受けなかったが、ハッカーは非常によく装備されたコンピューターのセキュリティ・システムに侵入し、重要必須の企業データとソフトウェアのソース・コードを成功裡に入手していったとしている。このハッカー侵入後、グーグルのエンジニアは密かに逆攻撃を行い、この最初の攻撃が出されたコンピューターが、台湾経由で中国本土に存在することを突き止めた。その後、グーグルは米国政府の諜報および法執行機関の担当者と協力して、ハッカーが中国本土であることを示す強固な実証を集めた。それでも最終的にそれを確定することはできなかった。この不確定さが、結局、最も著名な米国企業がサイバー攻撃にさらされているのに、オバマ政権が迅速にかつ決定的に、中国政府と直接向き合うことに積極性を欠かせた要因である。グーグルは今後も、このようなサイバー攻撃が続くこと予測して、中国政府に抗議の意味も込めて、撤退を決意した。

 2006年、グーグルは、ある特定のサーチ結果を禁止する中国政府との取り決めの下に、中国市場に参入した。しかしグーグルの経営幹部は、私的には、サーチ結果について同社が自主検閲を行うこと、すなわち中国の検閲当局が禁止しているトピックにフィルターをかけることは、同社の公式社是である“邪悪者にならない”ことと全く矛盾するとして、参入後の数年間にわたり、それを忌み嫌っていたという。もともと中国においては、“天安門”や“ダライ・ラマ”などの語句を含むサーチの結果は空白になっていたが、さらに中国政府は2009年末から、インターネットに対する規制を一層強化する方針を打ち出した。また新疆ウィグル自治区のインターネットは、昨年の7月以降、遮断されたままである。これらのネット環境の悪化に対して、グーグルは「わが社はこれ以上、サーチ結果を検閲する意思はない」と表明し、中国政府に「検閲の撤廃」を含む環境の改善を迫った。これに対して中国政府は、「検閲の撤廃」は中国にとって、「共産党や国家の存亡が懸かっている」だけに絶対に譲れない一線で、グーグルの中国撤退もやむを得ないという決断を下した。この結果、グーグルは3月22日、中国撤退を表明した。

 中国政府は、「外資系企業が中国で会社を経営する場合には、中国の法律を遵守するのが当然であり、ビジネス上の問題を政治化するべきではない」とのコメントを発表した。また中国の有識者はグーグル撤退について、「所在国の法規制や商習慣、ネット文化をいかに理解し、うまく経営するかは、経営陣が乗り越えなければならない壁である」と語った。このグーグル撤退について、中国のネット上では世論を2分する論争が行われた。グーグルの撤退を惜しむ声や「言論の自由を支持する」との支援の意見も多かった。一方、「グーグルは人権戦士だと言われているが、うわべを飾った悪徳業者だ」と批判の声も上がった。

 またこの間で明らかになってきたのは、グーグルの経営上の問題であった。中国の検索市場でグーグルは33%しか占めておらず、トップの“百度”の67%に大きく差をつけられており、グーグルは今後、しばらく苦戦を余儀なくされるであろうと見られていた。また昨年9月、グーグルの当時の総裁であった李開復氏が突然辞任するなど、内部事情も複雑であった。これらの要因も重なって、米国本社の中国撤退決定がなされたものと思われる。

 このグーグルの中国撤退について、他の米国企業の反応は、おおむね、「撤退で損をするのはグーグルだけ」という冷ややかなものであった。マイクロソフト社のバルマーCEOは、「残念ながらサイバー攻撃は中国だけではなく、他国においても日常的に行われている。我々はこれまで中国で事業を行い、同国の法律を遵守する方針をあきらかにしてきた」と明言し、中国での事業は今後も通常通り継続する方針を明らかにした。

 反面、24日、ドメイン取得サービス最大手の米ゴーダディ社が中国ドメインの新規取得サービスを取りやめることになった。同社の副社長は、中国のドメイン管理の公的機関から内外の申請者の氏名や住所、電話番号、電子メールアドレスの提出、新規申請者の顔写真添付などを要請されたと発言し、「わが社は中国政府の代理人のような振る舞いはできない」と主張した。

 米国民は、中国側からグーグルなどの主要米国企業にかなり強いサーバー攻撃があったことが引き金となって、対中不信感、嫌中感を募らせている。それに米国の対中債務の巨大さがあいまって、米国民の対中感情は大きく変わった。最新の世論調査によれば、「中国に対する米国の債務とイスラム過激派のテロとでは、米国の長期的な国家安全保障と経済繁栄にとって、どちらがより重大な脅威であるか」に対して、58%の米国民が「対中国債務」と回答している。「イスラム過激派テロ」と答えたのはその半分の27%であり、新たな「中国脅威論」がこれからの米国政府の方針を大きく左右するものと思われる。

さらに全般的な米国製造業の衰弱と競争力喪失が指摘される中、最近の国防システム部品のサプライ・チェーンにおいて、数千個の模造ないし欠陥部品がみつかり、その傾向が年々増大している。米産業・安全保障局の報告書によれば、その大部分が中国製であり、それらは兵器システムの安全性に甚大な影響を及ぼしているという。米国民は同様のことがネット社会でも生起しているのではないかと不安を募らせており、グーグルの中国撤退を歓迎する声が多い。

中国政府はグーグルに対して、「撤退後には事業に関連していた5万人以上の従業員が失業し、20万人以上のネット事業者が直接被害を受け、間接的にネット関連で事業を展開していた100万人に及ぶ個人に損害が生じる」として、その対策を要求している。

 以上のように、グーグルの中国撤退に関しては多くの見方があるが、日本における見方の主流は、「やはり中国はインターネットに関する世界常識を受け入れるべきであり、検閲とサーバー攻撃もただちに中止されるべきである」というものである。

追加情報 : 3/31、中国関係のジャーナリストや活動家の開設したヤフーの電子メールのアカウントがサイバー攻撃を受け、それにアクセスできない事態が起きた。


2.中国政府の行為の容認。

 現在、インターネット上では、米国のネット企業による帝国主義的ともいえるグローバル展開により、大きな弊害がでてきている。ことにグーグル、マイクロソフト、ヤフー、アマゾンなどの米系プラットフォーム・レイヤーの世界市場における寡占化によって、各国は事実上、米国とそれらの企業の植民地と成り下がっている。

 ことにグーグルの出現によって、民主主義を支えるインフラであるジャーナリズムと社会の価値観を形成する文化が衰退させられつつあることは、その重大な弊害として意識する必要がある。ネットの普及によって、紙媒体である新聞・雑誌は半ば公然と知的財産を無料で吸い取られることによって利益を大きく減らし、そこで民主主義を支えてきたプロのジャーナリストの多くが職を失うはめに陥っている。またネット上では凄まじいまでの違法ダウンロードがまかり通り、文化創造の担い手である芸術家から利益を掠め取り、彼らを食えなくしてしまっている。これらの側面からみれば、グーグルが民主主義の旗手であるジャーナリズムを叩きつぶしておきながら、その一方で中国のネット検閲を民主主義のルール違反であると批判していることは、きわめて滑稽なことである。しかもグーグルのこれらの行為は、米国にサーバーを置いていれば米国の著作権法の対象になるので、事実上米国政府のフェアユース規定によって保護されることとなり、それによってグーグルは全世界のジャーナリストと芸術家の生殺与奪の権限を握ってしまったといっても、過言ではないだろう。

 さらにグーグルを始めとする米系プラットフォーム・レイヤーによってネットサービスが支配された結果、米国による世界の情報支配が強まり、米国に情報を看取されるリスクが生じてきている。ことに米国には米国愛国者法があり、国家の安全保障のためにはネット上の個人情報を米国政府が勝手に捜査できることになっており、それを盾にした情報の看取が行われていることを否定できない。したがって米国のプラットフォーム企業を利用しないで、競争力のある同様のサービスや手段を自国内に持つことは、安全保障の観点から重要なことである。

その上、検索サービスに多少手を加えることによって、検索結果が米国政府や米国企業に有利となるような情報が出るようにすることも不可能ではなく、利用者が知らない間に、米国政府に洗脳されているということにもなりかねない。しかもその検索サービスは米国人技術者の考えによって作られているわけで、ある意味で米国の価値観の世界への刷り込みにもつながっていると考えられる。

 さらにグーグルなどのプラットフォーム・レイヤーに世界中の広告費が集中してしまいつつある状況は、まさに全世界が米情報帝国主義に排跪せざるを得ない事態に追い込まれつつあると理解すべきである。

このようなネット上で進む米情報帝国主義への一極集中に対して、欧州では米国ネット企業の植民地状況からの脱却を願って、フランスは2006年にドイツと共同でグーグルの覇権を打破することを目標に、国産の検索エンジンを開発する“クエロ”というプロジェクトを立ち上げた。

※上記の大部分は、 岸博幸氏の「ネット帝国主義と日本の敗北」(幻冬舎新書刊)からの引き写しである。不明な点については原著を読んでいただきたい。

 このような時期に、中国はグーグルを自国から追い出し、米国を中心とした世界からの離脱の道を選んだのである。中国は情報鎖国の状態を選ぶことによって、米帝国主義の植民地支配から脱却を図ったのである。今後、中国は13億人の自国市場を強力な拠り所として、“百度”を始めとする自前の検索エンジンを開発するに違いない。そこには中国語の世界が展開されるわけであり、「中国が世界の市場」として発展していくと共に、やがてこのシステムが世界各地の華僑や華人に使用され、グーグルと匹敵するような規模に成長するであろう。これはネット社会における英語の独占状態を打ち破るためにも、歓迎すべきことだろう。さらに中国技術者軍団の手によって、新たな技術が展開され、プラットフォーム・レイヤーの多極化が図られることは望ましいことである。

 もちろんその結果、今度は中国一極集中現象が生起してくるかもしれない。それを防ぐ唯一の方法は、日本も国産プラットフォーム・レイヤーを創造して、海外にどんどんビジネス展開をして、多極化を図ることである。