小島正憲の凝視中国

読後雑感:2010年第13回「中国経済分析特集」&第12回


読後雑感 : 2010年 第13回  中国経済分析特集 
29.JUL.10
今回は、この半年以内に発刊された中国経済に関する下記の8冊の書物を、比較検討してみる。

A.「チャイナ・アズ・ナンバーワン」  関志雄著  東洋経済新報社  2009年10月8日

B.「中国経済成長の壁」  関志雄・朱建栄編著  勁草書房  2009年10月25日

C.「中国経済の真実」  沈才彬著  アートデイズ  2009年11月20日

D.「図説 中国力」  矢吹晋著  蒼蒼社  2010年2月10日

E.「農民国家中国の限界」  川島博之著  東洋経済新報社  2010年4月15日

F.「中国高度成長の構造分析」  何清漣著  勉誠出版  2010年4月20日

G.「中国経済論」  堀口正著  世界思想社  2010年5月30日

H.「人気中国人エコノミストによる中国経済事情」  肖敏捷著  日本経済新聞社  2010年7月9日

 ※上記は発行月日順。以下、書名はA.関、B.朱、C.沈、D.矢吹、E.川島、F.何、G.堀口、H.肖、と略記する。

なお諸論考の真偽を判定するに当たっての「リトマス試験紙」として下記を使用する。

@.人手不足 : 人手不足状態にあるということを認識しているか。

A.モグリ企業 : モグリ企業が多数存在しているということを認識しているか。

B.インフォーマル金融 : インフォーマル金融が大きな影響を与えているということを認識しているか。

C.不動産バブル : マンションはバブル化しているが、土地はバブル化していないことを知っているか。

D.暴動 : 過去2年間、暴動と呼べるものはチベットとウィグルだけであるということを認識しているか。

E.リーマンショック : 政府の金融緩和策や景気刺激策は、リ・ショック前であったことを知っているか。

F.労働契約法の愚策 : 最近のストの多発は政府の愚策が誘発したという認識があるか。 

G.外貨準備高 : 外貨準備高の外貨は、外資の所有物であることが多いことを明確に認識しているか。

 さらに、諸論考を便宜的に下記の8つの分野に分け、比較検討する。

@政治・社会、 A軍事・外交、 B経済一般、 C雇用・社会保障、 

D農業・工業、 E金融・情報・消費、F資源・環境、 G歴史・文化・思想

 ◎比較するに当たっては、マンダラチャート手法を活用した。
   この手法の詳細については http://www.mandalachart.jp/ を閲覧する。


1.序論。

 大半を分析し終わったとき、7/25付けの日本経済新聞に、福田慎一東京大学教授の「世界が注視 中国経済」という論考が掲載された。そこで同教授は、「今や、中国経済という機関車なくして世界経済の回復シナリオを描くのは難しい」と書き、日本や世界の多くの学者の論考を引き合いに出し、中国経済の今後を俯瞰している。
 まず手始めに、その論考を検討することによって、中国経済についての世界の論調を見ておく。

 最初に、福田教授は英のフィナンシャル・タイムズの「世界経済を牽引する中国経済の成長」との論を紹介し、「世界経済がいよいよ中国経済頼みとなっている」と論じている。続いて、「仮に不動産価格の暴落で、経済の急回復を支えた不動産関連の投資が低迷するようなら、成長に急ブレーキがかかるのは避けられないだろう」という慎重な見方を紹介しているが、不動産価格は暴落しない(暴落するのはマンション価格のみ)ので、この論は見当外れである。

 今年に入ってから中国国内でストライキが多発していることに関して、「こうした動きがさらに進んで低所得者の不満が暴動という形で爆発すれば、中国経済にとってより深刻なダメージとなるのは間違いない」、「最近の日系企業のストライキに限っては、中国国内の所得格差の問題というよりも、日本企業の現地化の遅れが原因だとする見方が有力なようだ」、「個々の企業というミクロレベルでは『世界の工場』としての限界を克服し、成長を持続できるかもしれない」、「中国は高成長を実現する一方、競争や分配面で大きく歪んだ経済構造をそのまま広げてきた。今後はそうした構造が持つ矛盾をどのように乗り越えるか、正念場を迎えるだろう」などと、日本と世界の諸学者の論を紹介している。

 残念ながら、これらのいずれもが、ストライキの背景に超人手不足があること、また政府の労働契約法の改正という愚策が事態を悪化させてしまったということについて、言及しておらず、つまり中国の現実をまったく把握していないということを露呈している。

 人民元の為替水準についても、「中国政府が人民元の為替水準を今後どのように引き上げていくかも重要な課題である」と書き、「人民元の引き上げは対中貿易赤字が大きい米国など、貿易相手国に恩恵があるだけでなく、中国国内でも過剰流動性の拡大に歯止めをかけるなど、安定成長を実現する上で重要な施策なのは間違いない」と続けて紹介している。

 しかしこの論は、引き続き中国が「世界の工場」であり、巨額の貿易黒字を出し続けるということを想定したもので、「世界の市場」として輸入一辺倒となり、貿易赤字が出るようになるという事態についてはまったく想定していない。これでは中国経済の今後を俯瞰するには、不十分である。

 最後に福田教授は、「中国経済についても、成長率が鈍化していくシナリオは決してあり得ない話ではない」、「中国経済は輸出主導型から内需主導型へ経済構造を転換せざるを得ないだろう」、「過度の決めつけは禁物だが、国内市場の拡大が期待薄の日本にとって、中国の内需拡大型構造への転換は大きなチャンスとなる可能性が高い」という予測で、この論考を結んでいる。

 私は中国経済の内需型への転向を論ずるときには、その財源問題に言及しなければ、その成否の本質を予測することはできないと思っているが、残念ながらここにはまったくそれがない。

 福田教授の世界的規模の学者の中国経済への論及の紹介が正しいとするならば、世界中の中国認識が的外れであるとしか思えない。しからば日本国内での中国認識はいかようなものだろうか、以下に解析を試みてみる。


2.結論。

 どの著作も、総じて中国経済の現状を正しく把握していない。「帯に短し、襷に長し」というところまでも行っておらず、「帯に短し、襷に短し」であると言わざるを得ない。なぜなら、諸氏の間で、中国の人手不足の現況に関しては、やっと論議の対象になってきたようだが、モグリ企業やインフォーマル金融に言及している人は皆無であり、その他の「リトマス試験紙」についても、諸氏からまったく反応がないからである。

以下、・で著者の見解を紹介し、⇒で私の見解を書く。


A.関 :
 ・「30年間の高成長を経て、中国はすでに輸出や外貨準備、また鉄鋼・自動車生産といった多くの分野において、世界一の地位を確立している。しかし中国がナンバーワンの大国として認められるためには、GDP規模において米国を上回ることが必要条件である。その日は2030年までに到来するだろう」

 ⇒ 関氏のこの予測は、同氏の希望的観測の帰結である。

B.朱 :
 ・「これまでの高度成長は輸出主導型であると同時に投資に依存してきたため、資源・エネルギーの浪費や環境汚染が深刻化していた。石油をはじめ一次エネルギーの輸入の急増は資源価格の高騰を招く一因となり、大気や水の汚染は広い地域で住民の健康被害をもたらすまでになっていた。こうした『粗放型成長パターン』はいずれ修正されなければ、持続的成長は危うくなっていたのである」、「こうしたことから、世界同時不況に突入しなくても、中国は遅かれ早かれ『成長の壁』に突き当たることは避けられなかったのである」

 ⇒ 朱氏らは、中国経済が「粗放型成長パターン」から脱却できるかどうかが、持続的成長のカギであると主張しているが、中国は現状に微修正をかけたままで成長を持続させていくと、私は考える。それは中国が「内需型借金超大国」という新たなパターンを選択していくことによって可能である。

 ・「中国の中でも、環境問題の抜本的改善は2020年代まで待たなければならないと多くの学者は見ているが、その間、環境が悪化する趨勢もしくはその対策が遅れる状況に対して、権利意識が向上した民衆はどこまで我慢するか。限定的な政治・報道の自由の下で民意と政治との正面衝突が起きるかどうか、予断を許さない。その意味で、環境保護問題を含め、中国社会のあらゆる面において、今後の10年から15年間は、大きな調整期、不安定期に突入したといえる。世界金融危機の追い打ちが中国の環境問題にどこまで影響するかも、見極めていく必要がある」

 ⇒ この項は朱氏の手によるもので、中国の今後の10〜15年間を調整期として見ている。

C.沈 :
 ・「経済沈没は一時的で、2020年まで6〜7%成長が可能」

 ⇒ 沈氏のこの主張は、具体的な根拠に乏しいし、本文中の随所に誤認がある。

D.矢吹 :
 ・「かつては『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と称された日本に昔日の面影はなく、代わって『チャイナ・アズ・ナンバーワン』の呼び声が世界にこだまする。…だが中国古代の哲人が喝破したように、『禍福はあざなえる縄の如し』である。『強さ』というメダルの裏側には、『脆さ』という禍の潜むことを見失うのは、愚かである。…『チャイナ・アズ・ナンバーワン』の呼び声こそが中国にとって最大の敵であり、危機である。旧ソ連が解体して、『一人勝ち』に浮かれた、「奢れるアメリカ」は、10数年しか続かなかった」

 ⇒ 矢吹氏は、米国を引き合いに出し、「一人勝ちの中国は10数年しか続かないだろう」と予測している。

E.川島 :
 ・「中国は超大国になれない。 中国はこの20年ほど奇跡の成長を続けてきたが、それをこれからも続けていくことは難しい。現在の中国は日本がバブルに踊った1980年代のような状況にあり、なんらかの調整が避けられない。その調整は、政治体制を揺るがす可能性もあり、中国は日本がバブル崩壊後に味わった以上の苦しみに直面する可能性がある。その調整が終わった後に、中国が周辺諸国に及ぼす政治的な影響力は、現在よりも小さくなる。それは、国内統一を維持するために、より大きな力を割かねばならなくなるためである」

 ⇒ 川島氏はシステム分析という手法で分析し、「中国は超大国になれない。崩壊もしない」と、言っているがその論拠は明確ではないし、随所で中国情勢の誤認があり、あまりこの本は参考にならない。

F.何 :
 ・「強制的管理体制の下にある中国社会の前途は、『潰れるが崩れない』(潰而不崩)状態、つまり政権は、今後10年余りは継続維持できるであろうが、社会全体では重大な潰滅が進行するであろう」

 ⇒ 何氏の過去の中国の分析は妥当である。しかし現状把握が不十分で、かつ誤認もあり、それを論拠にした予測はあいまいなものである。

 ・(解説の小島麗逸氏)「著者の何清漣は中国の政治社会構造を次のように総括している。党と政府が強大な利権集団に成長し、これが経済発展の奇跡を実現した反面、その構造そのものが低所得層と無権利層を生み出している。利権集団構造を変えようとする社会勢力は極めて微弱で当分の間、たとえば10〜15年は社会的緊張を抱えたまま推移するとみる。この見解は解説者の見解にも近いものである」、「中国の超高度成長は政府の“地主化”による農民からの土地収奪で実現されたものである」

 ⇒ この“地主化”の指摘は至当である。

G.堀口 :
 ・「今後、日本経済の回復と発展にとっても、これまでのアメリカ頼みではなく、中国頼みにシフトしていくのであろうか。今しばらく観察していく必要がありそうである」

 ⇒ 堀口氏は、中国の今後について、著書の中で明確に予測していない。

H.肖 :
 ・中国の近未来についての言及なし。


3.各論。

@政治・社会

A.関 :
 ・「中国では、30年にわたる改革を経て、総じて国民生活は改善され、中国の国際社会における存在感も増している。その一方で、所得分配がますます不平等になってしまっている」

B.朱 : 特記すべき論考なし。

C.沈 :
 ・ポスト胡錦濤政権に言及。「三つ目の不安材料は多発する農民暴動である。2005年だけでも暴動や抗議行動は8万7千件にのぼった」 

 ⇒ 08年度以降、中国ではチベットとウィグル以外では、暴動と呼べるようなものは起きておらず、このような記述は、沈氏の情報源を疑わせるものである。

D.矢吹 : 特筆すべき記述なし。

E.川島 :
 ・「1989年に天安門事件が起きたこともあり、中国における政治の民主化は遅々として進まない。韓国ではソウルオリンピックが行われた前後に民主化が進展したから、中国でも北京オリンピックが行われる頃には民主化が行われるだろうとの観測もあったが、その期待は裏切られている。実現しそうな兆候も見えない」

 ⇒ 川島氏は中国政府の労働契約法の改正という「民主化」への大きな前進?を、まったく見落としている。

F.何 :
 ・中国では集団性事件が、「2006年には9万件を超え、2008年には10万件となっている。現在少なくとも15万件以上、1回の参加者が10万人に上る事件も発生している」。

 ⇒ 何氏は具体的根拠を示さずに、この記述を行っているが、これは完全な誤りである。

 ・「中央政府の『人民のための執政、社会公正の追及、清廉な政府の樹立、人民を主人公とし、環境を保護することで継続的発展を可能にする』という約束は、『民衆の生存権の剥奪、社会的分配の重大な不公正、政府の腐敗の蔓延、公務員の悪事の横行、環境の重大な汚染、保証されない食品の安全』という政治的実践との間で重大な乖離があり、民衆の政府に対する政治的信頼は尽きかけている。人々を絶望させているのは、当面このこの体制を改める希望が見えないことである」

 ⇒ たしかにこの指摘は当たっているが、現時点では、中国人民の多くは政府に絶望しそれを打倒するよりも、「チャイニーズ・ドリーム」を追いかける方を選んでいる。中国政府は中国人民に幻想を与えることに成功しており、その限りにおいて、社会は安定しているといえる。

 ・(解説の小島麗逸氏)「社会変動が政治変動を引き起こすか否かは、社会矛盾が累積されることなくマグマの噴火にならない道は存在するか、つまり社会的にガス抜きのルートがあるか否かである」、「1990年代末から大学のマス化が進行し、今日年の卒業者数は600万人を超え、3分の1以上が職がみつからない状況が生まれている。つまり大学が下層・中層の人々が上層社会へ上がるルートとして機能しなくなっているように思える」

 ⇒ 「チャイニーズ・ドリーム」を追いかけ、ビジネスで起業していく多くの若者や、ジョブ・ホッピングを繰り返し待遇のアップを実現している青年たちを見ていると、それが十分にガス抜きの役目を果たしていると考える。

 ・(解説の小島麗逸氏)「党中央は依然として『初級段階の社会主義国家』という規定を変えていない。何清漣は『国家資本主義』と規定している。解説者は『官僚金融産業資本主義』と規定する。官僚が許認可権限を握りかつ財政権を掌握し、その配分権で支配し、かつ金融を通して産業を興していることを含意している」

 ⇒ この表現はおもしろく、検討に値すると思う。

G.堀口 : 特記すべき記述なし。

H.肖 : 特記すべき言及なし。


A軍事・外交

A.関 : 言及なし。

B.朱 : 言及なし。

C.沈 : 注目すべき言及なし。

D.矢吹 :
 ・「中国は軍事支出の面でも、すでに世界第2の軍事大国である」、「軍事パレードを世界が注目したことは確かだが、これを見つめる世界の目は、かなり厳しい視線であったことも、否定できまい。中国が経済的成功、すなわち国力をもとに、ハイテク兵器の開発に成功しつつあることは、中国脅威論者によりいっそう根拠を与えるだけでなく、中国に親近感を抱いてきた人々にも、中国の行方に危惧の念を抱かせている」

 ・「中国はこれまで一貫して『覇権を求めない』と繰り返してきた。この公言がいま問われている。空母を建設して周辺を威嚇することが、この公約と矛盾しないかどうか、『貧民強国』が平和への道かどうか、大きな岐路に立つ」

E.川島 : 言及なし。

F.何 : 特記すべき論及なし。

G.堀口 : 特記すべき記述なし。

H.肖 : 言及なし。


B経済一般

A.関 :
 ・「改革開放以来、中国対外貿易は、量的に拡大しているだけでなく、その構造も高度化してきた。中国はすでにドイツを抜いて世界1の輸出大国となっており、世界各国にとっても上位の貿易相手国となっている」

 ・「今回の世界的金融危機において、震源地の米国にとどまらず、EUや日本といった先進地域も大きな打撃を受けている中で、中国は高成長の持続に成功したことにより、そのグローバル経済大国としての地位は不動のものとなった」

 ⇒ 関氏は中国の経済政策の大転換が08年6月時点で、金融危機の勃発以前であったことには、まったく気が付いていない。したがって当然のことながら、「中国が高成長の持続に成功した」などと表層の理解にとどまり、07年末の政府の労働契約法の改正という愚策により、08年初、中国経済が外資総撤退という危機にさらされた結果、苦肉の策として08年6月、内需拡大に向かい、その後世界的金融危機に遭遇し、闇雲に4兆元の財政支出に踏み切ったという深層には、その理解はまったく届いていない。

 ・「近年、中国の国際収支黒字の拡大とそれに伴う外貨準備の急増に象徴されるように、人民元は上昇圧力にさらされている。2008年の中国の経常収支額は、GDPの10.0%に当たる440億ドルに上り、世界一の水準となっている」、「中国の外貨準備高は2001年12月のWTO加盟を境に急増し始め、2006年2月に日本を上回って世界一の規模となった」

 ⇒ 中国では外貨を稼いだ企業の多くが外資であり、その外貨を政府は強制的に人民元に交換させた経緯がある。したがって外貨準備が中国政府の国力そのものであると認識するのは間違いである。近い将来、資本の自由な移動が可能になった場合、中国の外貨準備はただちに底をつく可能性がある。関氏はそれらのことにまったく言及していない。

B.朱 :
 ・「これまで中国政府は、雇用へのマイナス影響を懸念し、人民元の切り上げには慎重であったが、完全雇用が達成されれば、このような配慮をする必要がなくなる上、賃金上昇に伴うインフレ圧力を抑えるためにも、人民元の切り上げにはより積極的姿勢に転換するだろう」

 ⇒ この文章も関氏の手によるものだが、一般の人民元切り上げ論争とは違い、傾聴に値する。

 ・「現下の世界同時不況下で中国経済の将来についてもにわかに暗雲がたれこめてきた。これまで、中国経済の将来については楽観的な見通しがある一方で、資源・エネルギー・環境の問題が重大な成長制約になるとの警鐘をならす意見も多かった。日本では1973年の石油危機が高度成長に区切りを付け、新たな経済の出発点となった。中国においても、今回の経済危機をきっかけに経済成長に大きなパラダイムシフトが起きるのだろうか」

C.沈 :
 ・沈氏は本文中で、かつて「中国沈没」という本を書き、その中で「中国の『不動産バブルが起きていることは明白』であり、『弾けるのは時間の問題』だ。株価も『異常な状況にあり、いつか必ず暴落する』」と予測して、それが当たったと自慢している。

 ⇒ たしかに株価は暴落したが、マンションの価格はまだ暴落していないし、土地はバブル状態ではない。沈氏の予測はまるで当たっていない。

D.矢吹 :

 ・「都市と農村の格差、辺境と沿海地区の格差など、本書で具体的な数字を揚げたように、日本では考えられないように大きい。しかし、この格差を否定的に見るのは、大間違いであろう。水は低きに流れるが、人は高い所得を求めて動く。現代中国の途方もなく大きな格差こそがハングリーな人々を突き動かす原動力となっている事実は、いくら繰り返しても誇張にはならない。水は平準化すると流れが止まり、腐敗するが、流水は腐敗しない。中国を突き動かしているのはこの落差エネルギーなのだ。経済成長が止まらないかぎり、この落差エネルギーは活力にこそなれ、社会不安とは結びつかない。むろん社会の最底辺部分に餓死が大量発生する事態になれば、話は別だが、普通の政府ならば、最低限その程度の対応能力を持つはずだ」

 ⇒ 矢吹氏のこの指摘には、大賛成である。私はこの文章を読んで、百万の味方を得たような気分になった。

 ・「2008年9月、リーマンブラザーズ破産の衝撃波に見舞われたとき、政府当局の対応がもっとも早かった国の一つが中国であった。8月の北京5輪を終えて、『5輪後の反動不況』を警戒し、中共中央政治局が対応を協議しているところへ、このニュースが飛び込んだためだ。実際、2008年の中国経済は年初から、特に広東省における労働契約法をめぐるトラブルや、汪洋書記の『騰籠換鳥』をめぐって大騒ぎになっていた。『鳥かごの鳥を入れ換える』とは、従来の『労働集約的産業』をすでに発展した広東省から追放し、『資本集約的なハイテク産業』の導入によって、中国経済の躍進を図ろうとする主張である。この主張自体に反対する者はいないが、5輪を控えてなによりも政治的安定の必要な時期に、失業者が出て、社会不安が起こることを温家宝首相らは警戒していた。こうして中国経済は、『ブレーキか、アクセルか』、百家争鳴であった。そこへリーマン衝撃波が届き、中南海の対応は、『内需拡大』のアクセル論で衆議一決し、しかも『輸出指向型経済』を直撃した衝撃波に対しては、景気刺激策は、『超大型版が不可欠』という線で指導部がまとまった」

 ⇒ 矢吹氏のこの解説はほぼ正しい。ただしそもそも2008年初頭の大騒ぎの元凶は、中国政府の愚策=改正労働契約法の施行であり、政府が自分で自分の首を絞めたということをはっきり認識しておく必要がある。

 ・「中国が外資系企業から学んだものは実に大きい。輸出指向型経済を導いたもっとも重要なプレーヤーは外資系企業であり、鎖国型の中国経済をグローバル経済に軌道を合わせる段階で、外資系企業の果たした役割は、どんなに高く評価しても、評価しすぎにはならない」

 ⇒ 最近、中国では労働集約型の外資は旗色が悪いが、中国の現在を築き上げてきたのは、他ならぬ外資系企業である。矢吹氏は、それを堂々と主張している。

E.川島 :
 ・「中国は、バブルに踊った1980年代の日本のような状況にあり、今後、なんらかの調整が避けられない。その際に、政治的な混乱に見舞われる可能性も高い。ただ、それは中国を崩壊させるものまでにはならないと考える」

 ・「中国における土地開発とは、土地を利用する権利が農民の集団である村から、地方政府が管轄する土地開発公社に移管することを意味する。…土地を農民から桁外れに安いコストで収用した開発公社は土地を整備して、工場用地として、またはマンションや商店の入ったビルなどを建設する用地として、土地の使用権を転売することになる」

 ・「中国の高度成長経済は地方政府、及びその周辺の(土地転売)資金が、商業用ビルやマンション、道路の建設に向かうことにより達成されていると考えられる。むろん、中国の経済が輸出主導型であることは間違いないが、成長のもう一つのエンジンは地方政府とその周辺による投資にある」

 ・「中国の不動産の価格がバブル状態にあるのかどうかを一概に決定することはできないが、しかし、実際に中国に行ってマンションなどの価格を聞くと、現状はバブルといってもいような気がする」

 ・「中国の土地取引に関しては情報が少ない。中国人の友人などから、個々の情報を得ることはあるが、それは一般市民が聞いた情報の域を出ることはなく、中国全体の地価や、そこから得られた利益がどのように流れているかを知ることは難しい」

 ⇒ 川島氏は、この土地転がしビジネスについての記述はおおむね正しい。しかし土地価格が実際にバブル状態にあるかについては明言していない。

F.何 :
 ・「社会全体は最低限の道徳もないまでに堕落している。2007年6月末に暴露された山西省の闇レンガ工場における奴隷労働事件は中国社会の非常に恐ろしい一面を明るみに出した」

 ⇒ 何氏のこの指摘自体は誤りではないが、この事件でもっとも注目しなければならないのは、闇レンガ工場が全工場数の半分以上を占めていたことである。つまり中国全土には、このように闇工場つまりモグリ工場が無数に存在しているのである。

 ・「香港、台湾、日本、韓国資本の撤退は今回の国際金融危機よりも前である。資本撤退の原因は中国の土地、原材料や労賃の高騰が続いたからであって、金融危機発生後の欧米資本の撤退とは異なっている」

 ⇒ 韓国資本などの撤退が金融危機以前であることは事実であるが、そのもっとも大きな原因は労働契約法の改正である。したがって何氏の見解は的外れである。

 ・「中国での外資系企業の真の実績といえば、半分の企業はすでに撤退しており、残りの半分強のみが利益が上げているのが実態である」

 ⇒ 海外ビジネスというものは、半分も成功すれば上出来である。何氏の指摘は素人の域を出ていない。

 ・「外資が中国で経済活動をするには必ず政府官僚に贈賄しなくてはならないということは、まさしく中国社会の転換期における特殊な政治体制が生み出したものである。それは多くの発展途上国に共通する病かもしれない」

 ⇒ 私の体験から、中国の贈賄体質は他の発展途上国などに比較して、軽症であると考える。何氏はことさらに中国の贈賄体質を嫌悪するが、私はこの程度ならばかわいいものだと思ってしまう。

 ・(解説の小島麗逸氏)「財政危機が政治変動の契機となるという指摘は斬新である。中国政治研究の論文の中でこの点を指摘したのは何清漣が初めてではないかと思う。しかし財政危機には2種類ある。一つは財政収入が常に支出より少ない状況、もう一つは財政支出上の分配面における政権内の闘争から引き起こされるものである。前者は高度成長が続く限り、それほど大きくはならない。かりに、財政赤字が継続したとしても公債で長期にわたって政治問題化することが避けられる。後者の財政危機は財政支出の硬直化が起こった場合に政治問題化する。財政支出の硬直化の最も大きいものが社会福祉支出である。民はわがままである。一旦政府から移転所得を配分させると、それを当初の基準より多く要求するようになる」

 ⇒ 私は前者については、中国政府の知恵とふところはまだまだ深く、財政危機は表面化しないと考える。ただし後者については、中ごく政府が先進資本主義国型の社会福祉を真似し、それに追随すれば必ず財政が破綻すると考えている。中国政府には、発想を転換し資本主義国とは違う新たな社会福祉体制を創造してもらいたいと願っている。

 ⇒ (小島麗逸氏)の土地問題に関する分析は、きわめて的確であり、傾聴に値する(P.191〜196)。

G.堀口 :
 ・「中国には、2008年時点でなお4000万人の貧困人口が存在しているが、彼らの生活安定と負担の軽減のためにも、中国においては、財政の役割は『所得の再分配機能』に向けられるべきではなかろうか」

 ・「直接投資の効果として、次のようなものがあげられる。第1に投資資金の導入、つまり不足する国内投資資金を供給する効果である。第2に先進的技術の導入、つまり合弁や100%子会社の形態で中国に進出した外国企業が、資本設備に必要な技術を持ち込むばかりでなく、操作技術をもたらす効果である。第3に合理的経営方針の吸収、つまり中国の企業改革にも貢献する。第4に雇用の拡大、つまり企業の進出は雇用を生み出す。第5に、外貨獲得という効果である」

 ⇒ 堀口氏のこの指摘は、外資の役割を的確に示している。これを見れば、外資の進出こそが中国の現在の繁栄を築いた根源であることがよく理解できる。

H.肖 :
 ・「5輪開催期間中の2008年第3四半期に、厳しい規制がヒト・モノの流れを大きく停滞させたことで、引き締め政策を契機に始まった景気減速に拍車をかけてしまったと考えられる」、「広東省に進出している香港系企業にとって、08年7月までは原材料や人件費などコストの上昇が懸念要因だったが、金融危機の影響で欧米からの受注は激減し、経営環境の悪化が加速度的に進行していた」、「当局も、従業員が帰省している旧正月期間中に、企業の閉鎖や夜逃げが発生することを警戒していた」

 ⇒ これらの肖氏の記述はまったく見当外れである。08年初頭の外資の夜逃げや景気の減速が、政府の改正労働契約法の施行の結果であるという周知の事実に、肖氏がまったく触れていないということには驚く。


C雇用・社会保障

A.関 :
 ・「中国では、人口の抑制を目指して1980年代の初めに『一人っ子政策』が実施された。そのツケが回ってくるという形で高齢化社会が近づいてきている。その一方で、農村部から都市部への労働力の移動も進んでいる。その結果、中国は急速に労働力過剰から不足への状況に変わろうとしている」

 ・「中国の農村部には、1.5億人ほどの余剰労働力が存在すると言われてきた。このような労働力過剰説に対して、中国社会科学院人口・労働研究所の蔡ム所長は2007年5月に、労働力過剰から不足への転換点(ルイス転換点)は2009年にも到来すると発表した」

 ⇒ 関氏は、「中国において労働力過剰から不足に向かいつつある前兆が顕著になってきている」と、中国における人手不足の状況を正しく捉えている。

B.朱 :
 ・「近年、沿海地域における出稼ぎ労働者の供給がタイトになってきたことに象徴されるように、中国は、急速に労働力過剰から不足の段階に向かっている。少子・高齢化の進行に加え、発展段階における完全雇用の達成を背景に、労働力の供給が中国のさらなる成長の制約になりかねない」、「中国は経済発展における完全雇用の段階(いわゆるルイス転換点)にさしかかっている」、「しかし完全雇用が達成されれば、生産性の上昇に合わせて賃金が上昇するようになり、雇用も労働人口の伸びに制約されることになるうえ、貯蓄率と労働集約型製品の輸出競争力が落ちてしまう。その結果、成長率も低下せざるを得ない」

 ⇒ この項は関志雄氏の筆によるものであり、現状の中国の人手不足をしっかりと捉えている。

 ・「中国の農業にとって、より重要な問題は都市と農村の格差が大きく現在も拡大し続けていることである。この問題の根底には農村に余剰労働力が多く存在し、農業の労働生産性が工業に比べて大幅に低いことが挙げられる」

 ⇒ この文章は厳善平氏の手によるものであるが、明らかに関志雄氏の論とは違う。わざわざ関氏が前項で「この調査において約3/4の村は、『村内の出稼ぎに出ることができる青年労働者はすでに出尽くしている』と答えている」と指摘しているのに、厳氏はどうしてそれを素直に聞き入れないのであろうか。

C.沈 :
 ・「仮に仕事を失ってしまった『農民工』たちを失業率に計上すれば、たぶん中国の失業率は10%前後になり、日本の2.5倍になる。膨大な農民工失業大軍は中国の不安要素になりかねない」

 ⇒沈氏のこの見解は、中国の人手不足の現状をまったく認識していないもので、呆れ果ててしまう。

D.矢吹 :

 ・「一人っ子社会の高齢化問題は難しい」、「かつて一人っ子政策は父母とそれぞれの祖父母、すなわち6人からお小遣いをもらえた。いまやこの構図は逆転する。一人っ子同士が結婚すると、その夫婦が扶養すべきは、それぞれの両親のほかに、祖父母も扶養しなければならない可能性がある。一人っ子社会の高齢化問題の難しさは、この一事を想起するだけでも容易に理解できよう」

 ⇒ この矢吹氏の指摘は、日本にも当てはまる。親孝行を是とする道徳や思想そのものを、大胆に変革し、日本の「姥捨て山」思想を復活させる必要性があるのではないか。

 ・「都市の失業率は8%程度」、「世界経済危機のもとで、中国では『農民工』の『帰郷ブーム』が見られ、この結果、一部の地域では『民工不足』の局面が現れた。労働市場では農民工の過剰と不足と両側面が同時に発生したかに見える」 

 ⇒ この矢吹氏の論は、明らかな認識不足である。中国には失業者は存在せず人手不足が常態化している。

E.川島
 ・「近年、中国では賃金が上昇し始めており、ルイスモデルにおけるルイス転換点をすでに超えてしまったとの指摘もあるが、今でも中国の農村に約8億人が住んでおり、農民工が1億5千万人程度であることを考えると、賃金の上昇が続いているといっても、ルイスの転換点を超えたとまでは言えないであろう」

 ⇒ 川島氏は人手不足の現状を、まったく認識していない。

F.何 :
 ・(解説の小島麗逸氏)「労働力の新規供給量の鈍化がすでに発生している。これは一人っ子政策のためですでに農村ではマイナスとなった。2002・2003年から沿海部では20才台の若年労働者の不足が発生し、賃金の上昇が顕著になっている。ただし全般的失業の解消には時間がかかる。現在失業群は4大卒業生と農村の40歳以上の年齢層である。これも2015・2016年ごろにはかなり解消される。本格的な賃金の全般的上昇はその頃からと思われる」、「人口は2022・2023年ごろから絶対的減少期に入る。中国の人口研究所は2030年が人口の最大で15億5千万人くらいになり静止人口段階に入ると予測しているが、筆者は2022・2023年ごろと見ている。人口の減少が発生する経済では必ず成長が鈍化する」

 ⇒ これが何氏や小島麗逸氏の「10〜15年は体制が持続する」という主張の論拠であろう。

G.堀口 :
 ・「中国の人口ボーナスは1965〜70年に発生したと考えられる」

 ⇒ 堀口氏は、せっかく第5章を人口問題に割き、わざわざ人口ボーナスに言及しながら、現在の人手不足現象にはまったく触れていない。残念なことである。ただし同氏が作成した図表には、中国の人口ボーナスの終点は2010〜15年と明記されている。この図表では、日本の人口ボーナスの終点は1990〜95年とされており、私の日本での工場操業時の実体験からは5年ほど遅れている。その5年のずれを中国に当てはめると、中国の人口ボーナスの終点は2005〜10年となり、その時期は私の人手不足論と合致する。

 ・「これまで中国には、1億人前後の過剰労働力が存在するといわれてきたが、長年にわたる高度経済成長の実現やそれによる都市部門の労働需要の増加、特に1998年以降のそれによって『過剰』から『不足』への転換区域に突入し、近年では、農村部門の過剰労働力が完全に消滅するといった議論が展開されている」

 ⇒ 堀口氏は、中国がまもなくルイス転換点を超えるだろうと予測しながら、それを確定するには「中国特有の制度(土地・戸籍制度や農村家族などの文化・習慣)も存在することから、より慎重に分析・考察する必要があるのではなかろうか」と書き、その判断を上手に逃げている。同氏が労働現場における調査を行っていれば、それは簡単に断定できただろう。

 ・「インフォーマル部門は中国には存在しないとみられているが、実際には、経済の発展とともに一部の都市周辺部に発生し、拡大してきている」

 ⇒ 堀口氏のインフォーマル部門の存在を認める議論は正しい。ただしそれを現実に即して、モグリ企業の存在として、さらに拡大して捉えるべきである。

H.肖 :
 ・「不可思議な労働力不足現象」、「4兆元景気対策の実施を起爆剤に、内陸部のインフラ整備や不動産開発ブームが広がり、現場作業員など単純労働力に対する需要が急増したことを受け、沿海部では再び労働力不足の状況に直面している。地方政府は最低賃金の大幅引き上げなどで、労働力の確保に必死である」

 ⇒ 肖氏は中国の人手不足状況については、まったく無知で、「不可思議」という表現を使っている。


D農業・工業

A.関 :
 ・「中国では、改革開放以来、直接投資の増大をテコに工業化を進め、大きな成果をあげている。世界貿易機関(WTO)加盟が実現された2001年頃から、中国は世界の工場と呼ばれるようになり、工業の中心も従来の繊維をはじめとする軽工業から重工業に移ってきた。特に、鉄鋼と自動車の生産はすでに世界一の規模となっている」

B.朱 :

 ・「新日本製鉄が技術協力している宝山鋼鉄などは中国でも省エネ・環境保全で先進的な取り組みをしているが、まだ日本の水準までは到達していない。今後は大規模製鉄所の省エネ・環境保全のレベルアップとともに、政府が進めようとしている中小メーカーの淘汰が順調に進むかどうかがカギになる」

C.沈 :
 ・「中国で思わぬ大躍進を実現できたのは日産自動車だ」

 ⇒ 沈氏のこの指摘は正しい。現状ではストも、日産関係だけは起きていない。関係者の分析が待たれるところである。

D.矢吹 :
 ・「中国は農業国であるとともに工業国である。中国のような巨大国家において地域間の均衡発展を達成するのは至難のワザであろう。論理はむしろ逆だ。中国経済が勢いよく発展しているのは、国内に『擬似植民地』構造を作り、その巨大な落差がヒトやモノや情報の激流を作り出しているから中国は元気なのだ。それゆえ課題は、『格差縮小』というよりも、『貧困地区の絶望的な貧しさ』に対して政治がほとんど無策なことではないのか」

 ⇒ この矢吹氏の主張は、傾聴に値する。

 ・「食糧の自給率は90%以上」、「中国は食糧の自給率の維持には、力を入れており、これは正しい政策と評価してよい。一昔前にレスター・ブラウンが、中国は世界中の食糧を食べてしまうとオオカミ少年もどきの論文を書いて世界を騒がしたが、この予想ははずれた。ただし、食糧を除く原材料や希少資源では、買い漁りが非難を浴びている」

E.川島 :

 ・「現代中国を理解するためにもっとも重要な因子は、農民と土地であると考える」、「中国では農地を宅地になどに整備する事業は、地方政府と密接な関係を持つ公社により行われているが、地価の上昇により、この公社周辺に大きな資金が流れるようになってしまった。奇跡の成長は、この資金がインフラ整備に投資され、それがさらなる土地価格の上昇を呼ぶことにより、資金が拡大的に増殖することによってもたらされている。これが地方政府の周辺で行われているために、それに関与できる人々が富裕層になり、それが格差を生んでいる。また汚職の温床にもなっている」

 ⇒ この指摘は正しい。

F.何 :
 ・「地方政府が財政収入を拡大する主な方式には2種類ある。都市では大いに土木建設をおこし、多くの都市住民の住宅がその収奪の目標となる。農村ではその地区の商品価値によって異なる方式をとる。もし都市に近いなら土地を徴発し不動産業をおこす、もし都市から遠いなら工業開発区にして、汚染排出企業の大量進出を許すという2つの方法である。…中国政府のこうした池をさらって魚を獲るような収奪も実際そう長くは続けられない。まず宅地市場は今後も好況を続けるとしても、土地資源は有限である」、「不動産市場の不況、土地売買の萎縮という状況の下で、これまで土地収益を財政の主財源としてきた地方財政は資金不足に直面し、公務員・教員の給与、低所得層への社会保障など弾性値の低い支出への直接の脅威となってきた。財源は枯渇に直面し、地方政府が考え付いた方法は、中央政府に地方債の発行許可を懇請することであった」

 ⇒ この指摘は正しいが、最近、地方政府は知恵を絞って、地方債以外にも新たな財源をひねり出してきており、まだしばらくは資金不足による危機は先延ばしできる模様である。

G.堀口 :
 ・「中国の製品生産は、労働集約から資本集約(機械を使った生産が中心)へと変わりつつあるため雇用の増加が見込めず、最近では、雇用の確保を目指し、IT産業、環境関連事業や第3次産業の振興が課題になっている」

 ⇒ これは明らかな誤認である。

 ・中国のものづくりの現場では技術革新を実現することが困難だった。「それは、設備投資さえすれば経営が成立するという考え方が経営者の間で優先し、従ってR&D(研究と開発)とそれによる独自ブランドの開発や、部品産業を支える人材の育成が等閑に付されてきたからだと思われる」

 ⇒ たしかに堀口氏の指摘する面もうなずけるが、せっかく第7章を「日中のものづくりの特徴」として書いたのだから、中国人の気質にまで言及し、技術の習得よりも待遇のアップを要求しジョブ・ホッピングを繰り返す彼らの実態に迫り、ものづくりの本質を比較すべきである。

 ・「今後の課題として、経済発展に伴って増加しつつある食糧輸入量増加という状況に対して、農業組織を含めて中国政府はどのような食糧生産体制を築いていくのか。また郷鎮企業が民営化することで、地元雇用を削減し、そのことによって、雇用問題が発生してきているが、政府はそうした問題解決にどのような措置をとっていくのかが問われている」

 ⇒ この文章の後半の雇用問題に関する記述は、明らかな誤りである。

H.肖 : 特記すべき言及なし。


E金融・情報・消費

A.関 :
 ・「これまでの中国の高成長は、主に投入量の拡大によるものであり、生産性の上昇は必ずしも高くない。実際、2001〜08年の中国の平均資本係数は4.0と、高度成長期にあった1960年代の日本の3.2より高くなっており、当時の日本と比べて現在の中国の投資効率は低くなっている。その原因の一つは、銀行を中心とする間接金融も、資本市場を中心とする直接金融も、政府による過剰な干渉により、国民の貯蓄も最も収益性の高い投資に誘導できなかったことである。幸い、近年、主要な国有商業銀行が株式制改革と株式市場への上場を経て、業績が大幅に改善している。資本市場も非流通株により、資金調達と運用の場としての機能が強化されている」

B.朱 : 特記すべき言及なし。

C.沈 :
 ・「1日で180度の政策転換できる凄さ」、「中国政府はリーマンショックが発生した翌日、金利の引き下げを断行した。同時に、銀行からの貸し出しに対する総量規制も撤廃した」

 ⇒ これは沈氏の情報源が、いかに陳腐なものであるかを証明しているようなものである。

D.矢吹 :
 ・「2008年度の財政収入は6兆1330億元、財政支出は6兆2593億元であり、財政赤字は1262億元である。30年間の累積赤字は2兆2775億元である。累積赤字の財政収入に占める比率は37.1%である。この程度の赤字ならば、国際的に見て健全な財政と言えるであろう」

E.川島 : 傾聴に値する言及なし。

F.何 : 特記すべき論及なし。

G.堀口 :
 ・「中国では、国有銀行の不良債権問題や国有企業の経営システムの不完全性などの問題が未解決であり、それらを放置したまま資本移動の自由化を行うと、かつてのアジア通貨危機のような状況を惹起することにもなる。したがって、金融システムの改革を優先的に進めながら資本移動の自由化を徐々に緩和し、かつ変動幅を拡大する方向で為替制度を改革していけば、国内経済も安定的に推移し、それが世界経済の安定へ寄与すると思われる」

 ⇒ 至極、当然な意見である。

H.肖 :
 ・「地方政府の景気対策は中央の約5倍に」、「人民元基軸通貨論は新たな中国脅威論に過ぎない」


F資源・環境

A.関 :
 ・「中国は重化学工業化と都市化が加速する段階に入っており、多国籍企業の進出により世界の加工基地としての重要性も増している。これを背景に、中国はエネルギー使用量が世界第2位になった。一方でエネルギーの大量消費は深刻な環境問題をもたらしている。中国はCO2排出量が世界第1位の大国であり、その影響は、国内にとどまらず、地球温暖化や酸性雨などを通じて、近隣諸国をはじめ、世界全体にも及びかねない」

B.朱 :
 ・「中国は自国内に豊富な資源を持つ資源大国であるが、人口が巨大であるため一人当たり資源で見ると占有量が乏しい資源小国でもある。近年の高度経済成長の結果、資源輸入国になり、中国の資源消費の動向は世界に影響を与える」、「一人当たり耕作面積は世界平均の1/3に過ぎず、水資源量、石炭、石油、天然ガスの埋蔵量の一人当たり平均占有量は、世界平均のそれぞれ80%、55%、10%、4%であり、鉱物資源の一人当たり平均占有量も世界平均の半分にも満たない」、「中国は欧米諸国と異なる国家発展のモデルを作り出さなければならない。そのモデルか『三低二高』である。すなわち、一人当たりエネルギー消費量が低い、一人当たりの汚染物質排出が低い、一人当たり消費額が適切で比較的低い(理性的、合理的な消費)、生活水準が高い、人材の能力水準が高いことである」

 ⇒ この項は胡鞍鋼氏の手によるものである。中国を資源小国として捉え、「三低二高」というモデルを唱える発想は、斬新でありかつ傾聴に値する。

 ・「中国の治水の転換は始まったばかりで、研究して解決しなければならない理論的・実践的な問題が多く残されている。新しい時代の治水の新しいモデルの構築は、前人未到の作業で、参考にできる海外の経験も非常に限られている。この重大な任務を達成するには、観念の革新、体制の革新、メカニズムの革新、技術の革新に依存しなければならず、特に制度の革新と制度作りが重要である」

 ・「北京五輪を経て中国の世界大国の地位はほぼ確立したといえる。他方、世界金融危機の影響で、欧米の発言力が低下する分、中国が責任ある外交姿勢を取ることはいっそう求められていく。国内の環境対策でも、地球温暖化問題への対応でも、中国はもっとその責任を自覚し、世界各国の期待に応えなければならない」

 ・「中国経済は大きく発展したが、エネルギー・資源を大量に消費する『粗放型』の成長モデルは行き詰まりつつある。省エネ・エコ社会への転換が大きな課題であり、公害や石油ショックを乗り越えて省エネ・環境技術を磨いてきた日本から経験や技術を導入する意義は大きい」

 ・「廃車・中古車のリサイクルに関する法律などが整備されているが、関連する部門が多く管理が行き届かない問題がある。そのため非合法的に廃車されず使い続けられる自動車も多く、環境・安全面の問題になっている」

 ・「やがて世界一の温暖化ガス排出大国になる中国は、国内の先進的な地域の発展段階などから見ても、世界に排出削減義務を負うべきである。そして低炭素経済の面で世界をリードする国を目指していかなければならない」

C.沈 : 注目すべき言及なし。

D.矢吹 : 特筆すべき言及なし。

E.川島 : 言及なし。

F.何 : 特記すべき論及なし。

G.堀口 :
 ・「OECD加盟国は、自らはこれまでに世界のエネルギーの3/4、世界の資源の4/5以上を消費したにもかかわらず、中国が経済成長を遂げ資源・エネルギーを消費しだすやすぐさま批判の矢を向けるのではなく、より環境への負荷が少ない技術や、仮に負荷が生じたとしても、それを緩和させる技術や知恵を支援する責務を負っているはずである。中国の環境問題の解決なしには、地球規模の環境問題の解決はありえないといえるからである」

 ⇒ 至極、当然な意見である。

H.肖 : 特記すべき言及なし。


G歴史・文化・思想

A.関 : 言及なし。

B.朱 : 特記すべき言及なし。

C.沈 :
 ・「過去のケ−スから中国沈没の可能性を探る」として、文化大革命や天安門事件などに言及している。

D.矢吹 :
 ・「1958年当時、中国の止揚すべき対象は、『国民党官僚資本主義』であり、その悪弊であった。中国共産党は、この体制を打倒して、資本主義を社会主義に変革することを公約した。半世紀後の今日、その中国のイメージは、日に日に『共産党官僚資本主義』に変身しつつあるのを否めない。中国共産党による革命の帰結は、どうやら『共産党官僚資本主義』の再構築であったように見える」

E.川島 :
 ・「日本では文化大革命を政治闘争と見ているが、文化大革命を都市と農村の間の格差を是正するために行った壮大な社会実験と考えることも可能である。それは失敗に終わったが、壮大な試みであったことだけはたしかだ」

F.何 :
 ⇒ 何氏は、中国の改革開放30年ということをテーマにして、この論文を書いている。たしかに過去の中国の分析には学ぶべきものが多い。しかし中国の現状把握は文献に頼るところが多く、実際に現場を見ていないため誤認が多い。

G.堀口 :
 ⇒ 堀口氏のこの本の第1章は、「中国経済の概要」と題して、主に革命直後から現在に至るまでの経済史を扱っており、そこには適切な概説が展開されている。

 ・「経済発展を考慮した持続可能な観光開発はそれほど容易ではないが、必要な資金や技術を国内外から獲得することで、一定程度の解決は可能であると思われる。また1989年の天安門事件で一度失墜した中国への信頼を、北京オリンピックの開催を踏み台としてローカルに、またはグローバルに観光資源を解放し、その信頼を回復することが、一つの手段となりうるのではなかろうか」

H.肖 : 
 ⇒ 本書の大半が、肖氏の回想で占められている。文化大革命以後の中国経済の推移を肖氏の体験を通じて学ぶには、それなりの価値を持った著書である。



読後雑感 : 2010年 第12回  
20.JUL.10 
1.「黄文雄の完全予測 これからの中国は、こうなる!」
2.「中国 この先、こうなる?」
3.「日中逆転」
4.「米中協調の世界経済」
5.「人民元が基軸通貨になる日」


1.「黄文雄の完全予測 これからの中国は、こうなる!」  黄文雄著  WAC刊  6月30日発行

帯の言葉 : 「世界最大の公害、汚職大国! 世界一極端な貧富の格差、中間層が生まれない!
          監視と密告の社会で情報鎖国を目指す! 国際ルールや世界秩序を守らない!
           それでも『チャイナ・シンドローム』は続くが、こんな国に未来はあるだろうか?」 

 黄氏はまず第1章で、「中国人の世紀になったら、世界はどうなる」、次に第2章で「中国が崩壊したら、世界はどうなる」と仮定して論じているが、今後の中国は世界の覇者にもならないし崩壊もしないので、このような事態を仮定して論じること自体が無意味である。しかも黄氏はこれに本書の約半分を費やしている。したがって、どうしてもこの本を読みたい人は、第1章と第2章を読み飛ばしてもよいと思う。

 今や中国が超人手不足状態であるということは、マスコミなどでも報じられており、一般常識化してきている。それにもかかわらず黄氏は、「中国では失業率は高く、年間雇用できない人口は1000万人単位である。それでも農村で数億人単位の過剰農民を抱えている。経済成長が失速をつづける日がくれば、社会問題の多発が避けられないことも自明のこととなろう」(P.85)と書いている。この記述だけで、黄氏がまったく中国の現状を把握していないということが明白である。つまり、この本を読んでも「これからの中国」のことどころか、「現在の中国」すらわからないということである。


2.「中国 この先、こうなる?」  ニュースなるほど塾編  河出書房新社刊  6月1日発行

   副題 : 「見誤ってはいけない 超大国の5年後、10年後」

 この本も、通常のチャイナ・ウォッチャーが嵌っている中国への誤解の呪縛から、解き放たれていない。たとえばこの本の冒頭で、「中国は08年からの世界金融危機対策として、総額4兆元の大型投資を行った。その資金が株や不動産投資に回されたことで、株価と不動産価格が高騰し、バブル状態になっているのだ」(P.12)と書いているが、現在、中国では不動産バブルは起きていない。起きているのはマンションバブルであって、土地はバブル化していない。その実態を正しくつかまないで、軽々しく不動産価格が高騰しているなどと判断してしまうと、現状分析を大きく間違えることになる。この点だけから判断しても、この本の中国分析ははなはだ怪しいものであり、この本を読んでも「中国のこの先」は、まったくわからないだろう。

 なおこの本は、中国で成功している数少ない日本企業として、ダイキン工業・ヘアサロンSAKURA・セブン&アイ・ベネッセなどを紹介しているが、いずれもこれらの企業が、「中国でどれだけ大儲けしているのか」について、具体的な数字をあげて説明していない。成功企業として紹介するからには、日本の本社の企業規模と中国の子会社があげている利益を示さなければ意味がない。

 たとえば日本でも著名なダイキン工業が中国に進出したのであれば、それは成功して当然であり、トヨタに匹敵するほど儲けたとき、それは驚嘆に値する。しかしヘアサロンSAKURAという無名な企業であれば、10億円も儲けていればそれは注目に値する。いつも私はこのように中国で成功しているという日本企業の紹介記事を読むとき、日本の本社の企業規模と中国の子会社の利益が、具体的に記述されていないものは信用しないことにしている。つまりこの本も信用できない部類に入る。

 なお最近私は、中国での日本の成功企業の栄枯盛衰はきわめて激しいので、マスコミは個別企業の紹介を慎んだ方がよいと考えている。昨年まで成功例として、ホンダやイトーヨーカドーがよくマスコミで持ち上げられていたが、イトーヨーカドーの北京店では「お辞儀騒動」が起きたし、ホンダではストライキが多発している。おそらくこの本で取り上げられた成功企業の中にも、早晩同じ運命をたどる会社が出てくるであろう。

 この本は、最後に「先の文献などを参考にさせていただきました」(P.220)として、多くの文献名を書いているが、それらはかなり偏っているし、最近発行のもの(今年に入って発行されている中国関連本はすでに100冊を超えている)が、ほとんど含まれていない。これでは中国の未来など予測できるわけがない。


3.「日中逆転」  日本経済新聞社編  日本経済新聞出版社刊  5月25日発行

   副題 : 「膨張する中国の真実」
 帯の言葉 : 「その強さは本物か? “異質経済”の最前線を追う」

 日経新聞取材班はこの本の冒頭で、中国経済について「08年秋の欧米発の金融経済危機以降、中国は大型公共事業などで高成長を維持して世界経済を牽引。海外への投資、貿易も膨らみ、今や世界のすみずみまで中国マネーが浸透。世界は中国抜きでは語れなくなった」と書き出し、日本経済について「人口が13億人もいるからこそ、中国が分裂しないよう、ゆっくりと政治・社会改革を進めながら、経済規模拡大に動いている形だ。そんなアキレス腱を抱えているだけに、日本の優位性はまだまだ揺るがない」と言及し、今後の日中の関係については「隣の超大国である中国を抜きにしては日本を語れなくなっている現実。そんな中国と日本はどう接していくのか」と書き出している。この問いかけ自体は無意味ではないが、「世界は中国抜きでは語れなくなった」、あるいは「日本の優位性は揺るがない」と単純に断定することには賛成できない。

 たとえば「中国の強さは人口ではなく外貨準備」と断定しているが、中国の外貨準備の実際の所有者が誰であるかを明らかにしていない。海外から中国に入ってくる外貨は、貿易黒字の結果であったり、投資資金であったり、人民元高を狙った投機資金であったりする。中国政府はそれらの外貨を、ただちに接収し人民元に交換させる。そして中国政府はその外貨をあたかも自分の資金のように運用している。しかしながら、外貨の実際の所有者は企業である。企業にしてみると、外貨を一時的に中国政府に預けているだけで、いつでも引き出しができる。したがって貿易赤字に転化した場合や、外資などがいっせいに撤退する場合、また投機資金が逃げ出す場合など、中国政府には払い出す外貨が底をつく可能性がある。まさに1998年の韓国のIMF危機の再来になる可能性がある。

 日本の場合は、民間がかなり外貨を所有している。中国の場合は、2年前までは企業の外貨保有が制限され、その枠を超えた場合は強制的に人民元に交換させられた。つまり民間に外貨の蓄積少ないということである。したがって単純に外貨準備高だけで、国力を比較するのは意味がないことである。

 取材班は、「温家宝首相は08年10月下旬、訪問先のモスクワで『我われは6月ごろには金融危機の深刻化を予測し、マクロ経済の調整を進めてきた』と語った。人民銀行がまだ利上げを模索していた時期に温首相は金融緩和を視野に入れていたことになる。温首相が金融緩和の必要性を確信したのは08年7月の南方視察がきっかけだ。上海や広東省など輸出企業が集積する沿海部の苦境を目の当たりにし、『あなたたちの困難を直視する』と発言。関係者によると、このころから政権内で人民元の金融政策を批判する声が高まったという」(P.144)と書いているが、これは明らかな事実誤認である。たしかに金融政策は08年7月時点から大きく緩和の方向に変わった。しかしその原因は、07年末に中国政府が行った愚策、つまり「北京五輪を成功させるための、インフレ退治の超金融引き締めと、労働者の不満を封じ込め、同時に非民主的な国として海外から指弾されることを避けるための労働契約法の改正」によって、中小企業が苦境に立ち、多くの外資の撤退ブームが起き、景気が一気に下降したからである。北京五輪を直前に控え、この状況に青ざめた中国政府が金融緩和、景気刺激、労働契約法の弾力的運用などを矢継ぎ早に実施したのである。取材班が書いているように、温首相が「金融危機の深刻化を予測」したわけではない。この経過をはっきり理解していない取材班には、残念ながらその後の中国経済の激変の解説もまったく的外れのものが多い。

 取材班は、「中国では09年を通じ、不動産価格が大幅に上昇した。同年12月の価格は前年同月比7.8%上昇、統計には出てこないが、北京市や上海市などの高級住宅は1年間で5割近く上昇したとされる」(P.203)と恥ずかしげもなく書いている。この文章自体が矛盾しているということに、全く気が付いていないようである。

 私はなんども指摘してきたが、不動産とは土地とマンションを指す子言葉であり、中国では土地は高騰していない、大幅に上昇しているのはマンション価格だけである。したがって「不動産価格が大幅に上昇した」などという表現を使うのは児戯に等しい。この文章の前後でも、取材班は土地が大幅に値上がりしているという例を全く書いていない。そして「中国のバブルが崩壊する危険性が高まった」という結論を導き出し、警句を発している。しかしながら土地・マンション・株のバブルが同時に破裂した日本と、すでに株のバブルははじけ、土地はバブルではなく、マンションだけがバブルという状態の中国では、バブルの破裂結果がかなり違う様相となると考えるのが現実的であり、そのような予測を立てるのが、「社会の木鐸」の役目ではないのか。

 あまりにも常識的でズサンな分析の多いこの本を読んでも、「中国の真実」はわからないだろう。


4.「米中協調の世界経済」  中津孝司編著  同文館出版刊  2010年3月30日発行

帯の言葉 : 「米中協調は本物か!? 偽物か!?」

 執筆者を代表して中津氏はこの本の「はじめに」で、「確実に断言できることは米国の国力が相対的に弱体化し、その一方で中国のそれが強化されつつあること。この意味で、日本をもはや、アジアの中心に位置づけることはできまい。周辺国に成り下がってしまったのか」と嘆き、「日本が自立自強の精神で効率的な軍事力を保持し、自国を自ら独自の努力で防衛できる日が到来しないと日本は何時までも米国の植民地、あるいは属国的な地位に甘んじざるを得ない。エネルギー安全保障、食糧安全保障すら実現できない現時点で対等な日米関係など夢物語。子供でも理解できる」と強弁している。

 私は日本の安全保障にかこつけて再軍備を主張するこの中津氏の論には絶対反対である。これこそ戦前、日本が歩んだ軍国主義の道だからである。そしてその道が日本の破綻に直結したことは、まさに歴史が証明しているし、「子供にも理解できる」ことである。私たちは軍備をしないで、自立する道を選ばなければならないと考えている。それは軍備するよりも、はるかに困難な道であり、歴史上かつてどこの国も歩んだことのない道であろう。しかし断固としてその先例を作るのが、私たちの使命ではないかと考えている。

 この本は、中津孝司・梅津和郎・富山栄子・佐藤千景の4氏による共著であり、第1〜9章で構成されているが、各氏の執筆分担章が明記されていない。仕方がないので私は勝手に、第1・8・9章が中津氏の手によるものと推測した。そう判断したのは文体が中津氏の「はじめに」とほぼ同様だからである。その3章に特徴的なのは、文章末にあげられている参考文献が、ほぼ日経新聞とFinanncial Taimesに特定されていることである。それを見て私は中津氏の中国情勢分析が誤っているのは、日経新聞の記事をそのまま鵜呑みにしている結果であり、無理からぬことであると思った。念のため書いておくが、他氏の参考文献はきわめて多岐に渡っている。

 第8章第3項で中津氏は、「金融の火薬庫はどこか」という項目名で、EU諸国の金融崩壊を分析し、バルト3国やアイスランド、ルーマニアなどを懸念しているが、ギリシャにはまったく言及していない。まことに不思議なことである。

 第9章で中津氏は、日本は「外国人や外資系企業を受け入れる体制構築を急がなければならない」と強調しているが、私は「外国人労働者の無制限受け入れ」は日本にとっての緊急課題ではないと思っている。

 なお、この本では中津氏以外の執筆者が、朝鮮半島問題、台湾経済、ロシア経済、インド経済、イスラエル・イラン関係などを米中関係とからめて論じている。


5.「人民元が基軸通貨になる日」  田村秀男著  PHP研究所刊  2010年6月11日発行

帯の言葉 : 「通貨戦争、日本敗れたり」

 田村氏は「あとがき」で、「人間がせっせと働いて富を蓄え、その富を分配する経済発展のビジネス・モデルが消滅し、一瞬にして巨額の富を創造しては崩壊する、そのプロセスを繰り返す時代に入ったのだ」、「本来、貨幣というものは人間社会を豊かにし、平和と共存をもたらすはずなのだが、そうする術をわれわれは見失ったのだ」、「物理的な戦争、宗教対立、民族間紛争、格差拡大に伴う社会の分裂、そして環境破壊とこのまま突き進むことを怖れるが、貨幣がもたらす災厄についての解明は次回のテーマとしたい」と書いている。つまり田村氏は本著で、「人民元が基軸通貨になる日」を迎えて、世界はそれを統御する有効な手段を持っていないと言い、田村氏自身も処方箋を明瞭に指し示すことはできず、「その解明を次回」に先延ばししている。

 田村氏は中国の株と不動産について、「こうして株と不動産の相場は連鎖しながら上昇を続けていく。見方によっては株・不動産のバブルであり、バブルが崩壊すれば1990年代の日本のように『空白の10年』に陥る恐れも出る。ところが、中国は『バブル崩壊』とも言えるほどのスケールの株価の暴落があっても、反転が早い。バブル経済の常識を超えてしまう」と書き、その理由を「中国政府がそれらに人為的に介入するからでらある」と説明している。たしかにその回答はある程度当たっているが、私は真の原因は、中国人民の持ち金の大半がインフォーマル金融に流れており、株やマンションに流入していないからであると考える。また土地がバブルにはなっていないことにも、大きな要因があると考えている。蛇足ながら、田村氏も中国のマンションバブルを不動産バブルと錯覚している。

 その他、田村氏の中国の現状分析は随所で誤っており、その現状分析から導き出されている「人民元が基軸通貨になる日」という結論は、あまり参考にならない。