小島正憲の凝視中国

稲荷神社と関帝廟


稲荷神社と関帝廟
15.JUL.09
 日本人の商売繁盛の神様は稲荷神社(お狐様)である。

 中国人の商売繁盛の神様は関帝廟(関羽様)である。


                                               

伏見稲荷大社のお狐様                                                    荊州関帝廟の関羽様


 日本には「お客様は神様」という俗言がある。

 今、「お客様=消費者=神様」が日本人から中国人に代わりつつある。

 日本人は商売繁盛の神様を稲荷神社(お狐様)から関帝廟(関羽様)に変えるべきである。


1.稲荷神社


 京都市伏見区にある伏見稲荷大社は、全国4万社の稲荷神社の総本宮とされている。

 毎年初詣の時期には300万人ほどの人がこの神社に商売繁盛を祈願する。

 この神社は近畿地方の社寺では最多の参拝者を集めている。



     伏見稲荷大社

 

 もともとこの稲荷神社は稲という字が示しているように農業の神が配祀されており、一般民衆が五穀豊穣を祈った
神社であった。

 また元来日本では神聖視されてきた狐が奈良時代ごろから稲荷神のお使いとして、門前に鎮座するようになっ
た。

 ところが江戸時代に入って、いつのまにかこの稲荷神社が商売の神として公認され、そのころからお狐様が稲荷
神であるとの誤解も一般に広がった。


 私は伏見稲荷大社に出向いて若い宮司に、「なぜ五穀豊穣の神が商売繁盛の神になったのか」と聞いてみた
が、はっきりとした回答はなかった。仕方がないので「伏見稲荷大社 商売繁盛御」と書かれたお札とお狐様のスト
ラップを買って帰った。


 岐阜県の西濃地方にある千代保稲荷にも行ってみた。そこの門前ではお狐様にお供えする油揚げがたくさん売
られていたので、お店のご主人に「本当にお狐様は油揚げが好きなのですか」と聞いてみたが、怪訝な顔をされた
だけで返事はなかった。

 

 千代保稲荷は小さな神社だが、ここにも商売繁盛を願う参拝客がたくさん訪れる。

 

 しかし「なぜお狐様に祈ると商売が繁盛するのか」など、誰も深く詮索せずとにかくご利益を願って手を合わせてい
る。


 日本の会社では社内に神棚を祀り、その前で朝礼などを行っているところが多い。庭に稲荷神社を建て、社員総
出でお祈りしている会社もある。


 私の推測だが、商売を行っている多くの人が、無意識下で、商売では騙し合いが多いので、「商売で相手に化か
されないように」とお狐様にお願いしているのではないだろうか。


2.関帝廟


 関帝廟に祀られているのは、三国時代の蜀漢の劉備に仕えた関羽という武将である。

 三国志の中では、関羽の武将としての輝かしい戦歴が謳われている。その武勇を魏の曹操が義理堅いと評した
ことから、後世の人たちが関羽を神格化したのである。

 

 また関羽が信義に厚く、商売にいちばん必要な約束を守るという精神を貫いたことなどから、現在では商売の神
様として世界中の中華街で祀られている。



  横浜の中華街の関帝廟


 関羽が商売繁盛の神様として崇められているのは、彼が戦術に長けおり、駆け引きがうまく、そろばん上手であっ
たからだという説や、塩の密売に関わっており、蓄財にも長けていたからだという説もある。              


 文化大革命以前、中国では「文の孔子廟、武の関帝廟」として各所に祀られていたが、孔子廟の多くは文革中に
破壊された。現在では古くからの関帝廟が中国各地に数多く残っている。


 関羽のお墓は湖北省當陽市の「當陽関陵」に胴が祀ってあり、河南省洛陽市の「洛陽関林」に首が祀ってあると
いう。


 関帝廟の最大のものは、関羽の出身地である山西省運城市解州県にある。

 2番目に大きなものは湖北省荊州市荊州城内の関帝廟であるという。



湖北省荊州市荊州城内の関帝廟


 関羽の守った城とされる荊州城は、四周の城壁が完璧に残されていた。

 観光用電気車に乗って城壁を見て回ったが、それは四角ではなく東西に長細い特異な形をした城だったので、ガ
イドに聞いてみたら、河に沿って作ってあるからだという。


 説明を聞いて、もう一度見てみるとたしかに、濠を掘ったのではなく、まさに河の中に城を作ったという感じであっ
た。関帝廟はその荊州城の中にあった。

 

 そこの係員に「なぜ、武将の関羽様が商売繁盛の神様なのか」と聞いてみたら、「財産を守ってくれる強い神様だ
から財神です」と簡単明瞭に答えてくれた。重ねて「そろばんが上手だったという話は本当か」と聞いてみると、「そ
れは誤りです」ときっぱり否定された。


 湖北省當陽市の「當陽関陵」は、大規模な関羽の墓所だった。

 ここには財神を祀っているという雰囲気はなく、まさに武将関羽のお墓という感じの場所であった。

 下記の写真は入り口の正門と最終のお墓を撮ったものであり、その中間にまだ4つの建物がある。

 それぞれに立派な門と中庭があり、関羽像や関羽と息子の関平、重臣の周倉などが祀られていた。


   

    當陽関陵の正門              當陽関陵の関羽の墓 


 関羽は孫権との戦いで荊州を失い、麦州の戦いで敗れ、臨沮(遠安県回馬坡)で息子の関平ともども切り殺され
たという。麦州には街道沿いに小さな神社が作られており、ここで自害したという周倉が祀られていた。


 私は臨沮にも行ってみたかったので、関陵の係員に場所を聞いたところ、まだ車で3時間ほどかかり、そこにはな
にもないといわれたので、あきらめた。


 華僑の間では関羽は商売の守り神として、広く信心されており、ほとんどの会社に関帝廟がしつらえてある。

 けばけばしい赤のミニミニ関帝廟を、香港やシンガポールのみやげ物屋やレストランで見かけた人も多いのでは
ないだろうか。


 私の香港事務所の隣のビルの玄関にも、近くのパン屋さんや電気店の店頭にも関帝廟は祀られている。

 それは毒々しい赤色なので、日本人にはちょっとなじめないが、中国の商売人は毎日欠かさずこの関帝廟に礼拝
する。


       

 隣のビルのミニミニ関帝廟          電気屋のミニミニ関帝廟          パン屋のミニミニ関帝廟


 私の推測だが、彼らは心中で、商売という戦いで負けないように、必死に関羽様の武力にすがっているのではな
いだろうか。


 福本勝清氏は「中国革命を駆け抜けたアウトローたち」の中で、関羽が財神である理由をうまく説明している。

 

 つまり国家が腐敗堕落して、手工業者や商人たちが自分の生活を自分で守らなければならなくなったとき、義侠
心が強く、あれこれと世話をやく勇気があり肝っ玉の太い人間が現れる。


 なけなしの金をはたいて隣人を助けたり、顔役から言いがかりを付けられた友達に加勢したり、いわば遊侠無頼
の徒が活躍し始める。


 そんな象徴として関羽が祀られてきたのではないか。


 現代中国では、土匪まがいの行為、土匪らしきものも復活している。


 人民中国の皮を1枚めくれば、民国が顔を覗かせる、そんな雰囲気である。

 民国期の共産主義者、とくにもっとも困難な時期に党に加わった農民の多くがこの種の人々であった。


 彼はこれらの人間の共通特性を“打抱不平”(弱きを助ける、不当に不公平に扱われる人を助ける)だと指摘し、
関羽信仰の根拠としている。


3.先頭走者は中国


 今や、世界経済復興レースは、「先頭走者は中国」が共通認識になってきた。


 ジョージソロス氏は、6月7日、上海市の復旦大学の講演で「中国が金融危機からもっとも早く回復する国となるこ
とを確信している」と発言した。


 またガイトナー米国財務長官は、6月1日、北京大学の講演で「米国の消費者はもはや世界経済成長の圧倒的な
けん引役とはなりえない」と発言し、「中国側には輸出と設備投資に偏重した成長形態を消費主導に改めるように
要望する」と強調した。


 それらの期待に応えるかのように、中国経済は確実に復興してきた。

 6月24日、経済開発協力機構(OECD)は、現下の中国経済の見通しについて、確実に景気が回復していると判
断して、GDP伸び率は09年に7.7%、10年に9.3%になるとの予測を発表した。


 また6月23日、日経新聞では、「先頭走者 中国の悩み」と題して、世界の先頭を切って金融危機後の経済恐慌
から抜け出しつつあると書き、さらに7月8日には電子部品受注が急回復、中国需要が牽引との記事を載せてい
る。


 これらは中国の経済復興が、世界経済を引っ張るという構図で、今後の世界が動いていくということが共通認識
になりつつあることを示している。


4.中国人は神様である


 日本には「お客様は神様」という俗言がある。これをこのまま現在の日本を取り巻く経済環境にあてはめれば、中
国が消費大国となるということは、「中国人がお客様」つまり「中国人が神様」になるということである。


 したがって私たち日本人には大きな意識改革が必要になる。


 つい数年前まで、日本経済は米国輸出に全面的に頼っていた。だから「米国人は神様」と思っていればそれでよ
かった。

 また米国輸出でうるおった日本人の旺盛な内需のおかげで、「日本人自身を神様」にした商売も結構儲かった。


 ところが昨年来の金融危機で米国の消費者が疲弊し、輸出が激減してしまい、日本国内の景気も極端に落ち込
んでしまった。突然、「米日の神様」がいなくなってしまったのである。


 代わりの神様は西方からやってきた。


 閑古鳥が鳴いていた日本の観光地には、中国人セレブの観光客が押し寄せはじめた。

 また日本製品が中国内需に向けてたくさん輸出されるようになってきた。

 

 日本人は生きていくために西方に顔を向けなければならなくなった。

 

 つまり日本人は明治時代以降続けてきた脱亜入欧思想を修正しなければならなくなったのである。

 だからなによりも反中・嫌中意識をなくし、親中・媚中意識を持たなければならないのである。

 これからは揉み手をして中国人に接しなければならないということである。


 「中国人が神様」になる時代だから、商売人は信仰の対象を稲荷神社つまりお狐様から、関帝廟つまり関羽様に
変えなければならない。金儲けをするにはそれぐらいの発想の転換が必要なのである。


 これからは中国から大量の観光客が日本を訪れる。だからそれらの中国人観光客を相手にするような商売、たと
えば旅行会社やホテル、みやげ物屋などはただちに店頭のよく見える位置に、関羽像を飾ることである。

 そうすれば、その店は他の店に先んじて儲けることができるだろう。


 まだ横浜や神戸の中華街を除いて、観光地で関羽様を見受けることは少ないので、けばけばしい赤の大きな関
羽様を祀れば、話題にもなる。また日本国内で関羽様を専門に販売している店は少ないから、この販売を手がけた
ら儲かるのではないだろうか。


 政治においても対米一辺倒の政治路線の手直しが必要になっているのではないか。


 次回の総選挙では政権交代が予測されており、日本人民の気持ちよりも政治構造のほうが早く変わる可能性が
高い。


 これは日本にとっては好都合かもしれない。6月5日、韓国を訪問した民主党の鳩山由紀夫代表も李明博大統領
に、「新しいアジア重視の外交を作り上げていくためにも政権交代が必要だ」と強調した。


5.志を曲げたくない日本人へのアドバイス


 私がこのように書くと、日本人の沽券に関わるといって、我を張り通し、隣の商店が店頭に関羽様を祀って、その
おかげで繁盛するのを横目で見る人もいるだろう。


 それでも結構だが、商売人はお金をたくさん儲けた方が勝ちである。霞を食って生きていくわけにはいかないのだ
から、意地を張らない方がよい。


 どうしても節を曲げたくない人は、店頭の目のつきやすいところに関羽様を置き、奥の間の滅多に人の入らない
場所に稲荷神社の神棚を置けばよい。


 江戸時代、敬虔なクリスチャンでさえ、迫害を避けるために仏像の中にマリヤ像を隠しそれを拝み続け、思想をま
っとうしたではないか。

 彼らは隠れキリシタンと呼ばれ生き続けたではないか。


 日本の商売人にもそれぐらいの腹芸が必要である。

 中国人が大手を振って歩くのもそんなに長くは続かない。

 稲荷神社が店頭に出てくる時代もまた来る。