小島正憲の中国凝視

6月危機の打開策


「6月危機」の打開策 
                                                20.MAR.09
                                                                                    
                     1.上海市政府の就業および起業支援策

 今、中国ウオッチャーの間では「6月危機」が叫ばれている。その根拠は大学新卒の就職難である。
 今年は592万人が新たに大学を卒業する。その新卒と従来からの就職浪人組を合計するとそれは膨大な数とな
り、職にあぶれる新大卒が150万人を超えるのではないかと予測されている。

 彼らがいっせいに社会に輩出されてくるのが6月であり、奇しくも天安門事件の20周年と時期が重なるため、暴
徒化するのではないかと恐れられているのである。

 一方では「学生が選り好みしなければ、就職口は絶対にある。就職難などというのは学生が甘えているからだ」と
いう説もある。たしかにそれも一理あるが、実際に学生が3Kの仕事に着くことはないし、苦労して大学まで出した両
親がそれを許さない風潮もある。

 しかも日本との大きな違いは、学生たちの間に「現場の技術を学ばなければならない」という思想が決定的に不
足していて、最初から管理者などデスクワークを目指す学生がほとんどであり、現場で汗をながして技術を習得しよ
うとする学生が少ないので、就職口はことさらに狭き門になっているのである。

(このことは後日、別信で論及する)。
 したがって今のところ、実際の就職内定率は30%以下と推測され、政府内部では一大問題であると認識されて
いるのである。 

 今回の全人代でもその解決策がいろいろと真剣に検討され、常務委員のキョウ学平氏からは「大学を1年間延長
して、軍事教練を受けさせよ。その場合の学費は免除」という提案があった。

 それはかつて毛沢東が大学生をいっせいに下放させたことを想起させて、いささか時代遅れの感じがするし、私
はそれほどまでに学生の自主性を押さえつける必要はないと思う。

 どうも全人代の中でもこの提案が採用されたという報告はなく、ほっとしている次第である。

 中国各地ではすでに多くの新大卒支援策が独自に続々と打ち出されており、私はこれらが功を奏して「6月危機」
は突破できるのではないかと考える。

 たとえば上海市教衛党委、市教委では4月時点での就職内定率70%を目標とすることに決定し幾多の就職支援
策を打ち出し、学生の不安を払拭している。

 まず、上海市教委はそれまで半年に一度しか集約していなかった就職状況を、関係諸機関が毎週、求人職種と
求人数の変化、就職決定数、卒業生の心理状態などの項目ごとに詳細に報告させることにした。

 さらに市教委は就職先の開拓に努力をし、7万に及ぶ就職口を確保した。その上3万人の職業研修ができるよう
に、3千か所の研修基地を用意した。

 また学生たちが学内に留まることを想定して、学部生枠を3400人まで、大学院生枠を2.73万人まで増やし
た。

 さらに教員志望者を1800人募集し地方の教員に、公務員志望者1000人を募集し地方の行政管理職に斡旋す
ることにし、西部のボランティア要員枠も300名増やした。上海市教委はこれらの政策を打ち出すことによって、09
年度の新大卒15.8万人の全員に対して、「学生が就職先を極端に選り好みしない限り、全員が就職可能である」
と言い切っている。

 さらに上海市は切り札として新大卒の起業家を大量に創出することを狙って、積極的な支援政策を打ち出してい
る。

 その一部として上海市は数年前から学生起業家の資金面での支援のために、「上海市大学生科学技術起業基
金会」を組織している。

 このほどその基金会が08年度の成果を、「大学生による起業案件1231件を受付け、審査の結果331件に助
成金を支給し、そのうち256件が事業化できた。またこれらの企業で新規に1776人の大卒を雇用するという副次
効果も達成した」と発表した。

 この基金会は淞滬路234号の創智天地ビル1号棟の5階に、立派な事務所を構えている。ここにはエンジェル投
資家のための窓口として「上海天使投資倶楽部」なども併設されており、学生起業家のためにいろいろな事業を展
開している。

 それらの事業の中で、私が注目したのは「学生起業家のためのインターンシップ制度」であった。

 日本でも学生の就職の支援のために、一般企業でのインターンシップ制度が普及している。しかしながらそれら
はすべて「労働者」になるためのシステムで、「経営者」の養成のためではない。

 上海市の基金会では09年度、「300企業が1000名の学生起業家の経営実習を受け入れる。そのために1人
当たり毎月1000元(本人600元、企業400元)を支給する」と発表し、ただちに「起業家見習い生」の募集を開始
した。

 これはたいへん面白い制度であり、日本でも直ちに見習って、「経営者になるためのインターンシップ制度」を始
めるべきだと思う。

 こういう場合こそ、中小企業家同友会の出番だと思うので、積極的に取り組んでみたい。

 この基金会事務所の近くには、10年ほど前から「楊浦科学技術創業センター」(国定路335号)が設立されてお
り、上海のベンチャー企業の一大集積地となっている。巨大なビルの中に無数のベンチャー企業が入居しており、
その一角に「大学生創業園」がある。

 なぜならこの周辺には上海の有名な大学17校(復旦・同済・上海財経・第二軍医・上海理工・水産・上海外国語
など)が集まっているからである。

 私はこの「大学生創業園」にも行ってみた。そこでは若者たちがパソコンに向かって活き活きと仕事をしていた。
 そこの業務主管の呉さんによれば、今のところIT関連企業が多いが、ここに会社所在地を置いて市中心部で営
業している他業種の会社もあり、現在71社が操業中でそのうち40社がよい業績を上げているという。

 通りかかった青年に「あなたは社長ですか」と話しかけてみると、「そうです。グラフィックデザインの会社をやって
います。これから昼食に行きます」というので、後について食堂に行ってみた。

 そこは300名ほどが入れる学生食堂風の場所であった。
 そこで8元の定食を食べながら周囲を見回してみたが、いわゆる社長風の人間はほとんどいなかった。そこには
ハングリー精神がみなぎった顔つきの若者がたくさん集まっていた。

      

大学生創業園の入り口       大学生創業園の室内

 私はやがてこの中から未来の中国経済を背負って立つ企業家が誕生するのだろうと思い、「社長」と大声で叫ん
でみたかった。きっとかなりの人数が振り向くと思ったからである。けれどもその勇気はなかったので、隣のテーブ
ルで辛そうなラーメンをすすっていたかわいいお嬢さんに、「あなたも社長ですか」と声をかけてみた。すると彼女は
にっこり笑いながら「社長です。ソフト開発会社をやっています。なにか仕事をいただけますか」と返事をしてくれた。

 私はそれ以上の会話に踏み込まなかったが、そのまま食堂でしばらく、喧騒な中にも知的雰囲気がある珍妙な空
気を楽しんだ。

 このビルには「上海高科技企業楊浦孵化基地」という看板がかかっていたので、そこの事務所の業務経理に話を
聞いたところ、この創業支援センターには9大メリットがあると説明してくれた。

@多くの大学と近接しているので、学術研究環境に恵まれている。

A大学生が多く高度な知識人材が豊富である。

B知識集約型産業が多く地域環境がよい。

C市政府からの支援策が多い。

D支援センタービル内には国内一流の施設が揃っている。

E孵化サービスが徹底しており、同時に日々進歩している。

F投資や小口融資を含めて資金面での支援が充実している。

G国際的なネットワークがあり、視野を広げることが可能である。

H創業企業の切磋琢磨する環境が刺激になる。

 現在、上海市だけでなく中国全土で、多彩な学生の就職支援策や積極的な起業支援策が実施されている。
 私はこれらが学生の不安を吹き飛ばし、起業ブームを巻き起こすにちがいないし、その結果、「6月危機」は杞憂
に終わると確信している。


2.私案:全大学生起業実習

 私は上海市の「起業家インターンシップ制度」や「大学創業園」の学生食堂に大きな刺激を受けたので、さらにそ
れを拡充する案=全大学生起業実習案を考えてみた。常識はずれの馬鹿な案だと酷評されるであろうことは、承
知の上で、あえて提案してみる。

@新卒全大学生に起業させ、全員に社長=資本家=経営者を体験させる。

 同級生を部下として最低3名の会社を作り、社長1名、重役1名、社員1名ではそれぞれ1年交代とする。
 したがってこの企業は3年を一区切りとし、存続可能性があれば経営を継続させ、不可能であれば清算する。

A理由と効果

・資本主義社会は資本家と労働者で構成されている。したがって資本家がいなくなれば資本主義社会は滅亡し、労
働者だけの社会主義社会となる。現状の資本主義社会では、資本家になるか労働者になるか、その選択は自由で
ある。ところが最近、資本家を目指す人間が明らかに減ってきている。このことは資本主義社会の存続にとって大
きな問題となってきている。したがって大学には起業家を生み出すシステムが絶対に必要である。

・資本主義社会では、資本家が社会の主人公であり、社会主義社会では労働者が主人公である。中国は資本主
義を取り入れようとしているのだから、大学を卒業するときに資本家を選択する人間を大量に作り出す努力をしな
ければならないし、わざわざ最初から労働者を選択し、社会の主人公になる道を放棄させるべきではない。

・中国の一人っ子世代は、小皇帝時代を経て、両親や社会に甘え放題で育ってきている。彼らには安定志向が刷
り込まれており、リスクをとって生きることを嫌う。したがってまた彼らには挫折体験もない。そのような彼らに、あえ
てリスクを取らせて起業させ、成功や挫折の体験を味わわせるべきである。そうすれば生き残った起業家が、今後
の中国を順調に資本主義の道に進ませるだろう。 

・起業体験の中で全員が、資本家の苦しさと楽しさ、重役の難しさ、労働者の気楽さと苦しさを体験すべきである。

・結果として新卒大学生から無数のアイディアが産み出され、社会が活性化する。場合によっては大学生創業特区
を作って実践してみたらよいのではないか。

・昨年度の平均創業費は約50万元であったという。一般よりも新大卒の起業経費の方がかなり安くなると想定し、
それを10万元とすると、新大卒がすべて起業したとすると、600万人/3(上記のように3人で会社を作る)で、企
業が1年で約200万社増えることになる。それらの企業の起業経費をすべて政府が負担したとして、総額は2000
億元となる。この程度の金額ならば、4兆元の経済危機対策資金の中から捻出可能であろう。これで「6月危機」が
打開でき、中国の明るい未来が獲得できるのだから、安い投資であると考える。



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