小島正憲の凝視中国

中国全土にスト波及か?


中国全土にスト波及か?
11.JUN.10
@“黒い5月”。

 5月、中国全土で大型ストライキが頻発した。
 ネット上では、それを“黒い5月”と呼んでいる。
 規模が大きくしかも表面化しているものだけでも、山東省の山東棗荘第一綿紡、南京の新蘇熱電公司、深センの横岡荷拗百達五金塑コウ(月に交の字)場、広東省仏山のホンダ傘下の工場、山西省大同の国営星火制約場、江蘇省昆山の錦港集団、重慶のキ(其の下に糸の字)江歯輪転動公司、上海市のシャープ傘下の工場、北京の現代自動車傘下の工場、同市凱莱大酒店、雲南省紅河州のバス公司、甘粛省蘭州の蘭州維ナイロン工場、広東省深センの美律電子、同省恵州の亜成電子、湖北省随州の綿紡績、河南省平頂山の平棉紡織集団、陝西省西安のブラザー工業の傘下工場、などがある。

 広州ホンダ傘下の部品工場の20日間に及ぶストは、約33%の賃上げでようやく終結した模様である(ただし他の複数の部品工場にも波及し、そこで新たにストが始まっているという情報もある)。また深センの富士康科技集団では労働者の自殺が相次ぎ社会問題化したため、会社側は条件付きながら67%の賃上げや労働条件の改善を余儀なくさせられた。これらの情報は、ただちにメディアやネット、携帯電話のメールなどで、全国の労働者の知るところとなった。そして労働者はこれらの成功体験の情報から、ストを行えば簡単に賃上げが可能であることを学んだものと思われ、現在、中国各地に次々とストが飛び火しつつある。

 6月6、7、8日の3日間、江蘇省昆山市花橋鎮曹安路8号の台湾系機械部品工場の≪KOK書元機械(昆山)有限公司≫で、1800人以上の従業員が待遇の改善を求めてストライキを行った。会社側が何も対応しなかったため、6月7日朝、従業員たちは政府に陳情デモに向かうため、横断幕を掲げ工場の正門前に集合した。ところがこの公司の場所は上海市と隣接しているので、万博開催中の上海のイメージダウンを怖れた地元の警察が、50人ほどでこのデモを解散させようとした。その結果、従業員と衝突し混乱が広がった。政府は昆山市内からさらに150人の警察を動員して、強制的にこのデモを収束させた。この衝突で従業員側に50人の負傷者(うち5人が重傷)が出たという。

   
          KOK書元機械(昆山)有限公司                          6/07朝の様子 

 以上は6月10日に現地で検証済み。
 労働者たちは会社側に13の要求を提出しているが、11日現在ではまだ正式回答はないという。しかしながらここで注目しておかねばならないのは、労働者たちが「団結は力なり。抗議には望みがある。我々には、“ホンダ”・“富士康”の手本がある」を、合言葉にして会社側と交渉を続けていることである。労働者たちは、まさにホンダのストの成功体験を学んで、それに続こうとしているのである。

 今後、ホンダのストの成功体験が中国各地に波及し、≪昆山KOK≫のようなストライキが頻発し、おそらく2010年後半は中国全土でストの嵐が吹き荒れるものと思われる。


A中国政府と富士康の対応。

 これらの事態に対して、中国政府は今のところ、企業側に労働者の待遇改善を促す姿勢を示しており、ストを鎮圧する側には回っていない(昆山だけは、万博への影響力を考慮して、警察の介入があった模様)。

 広州市では総工会がホンダや富士康の問題を重視して、労働者向けの「法律相談窓口」を設けることにした。
 また全国総工会は、9日に声明を発表し、その中で「労働者の権利保護は安定維持の前提かつ基礎であるとし、従業員代表大会の影響力を高め、労働者の知る権利や表現する権利を守り、労働者の合法的権益を保護する」ことを求めている。

 広東省の汪洋共産党書記も、地元政府と富士康に対して、企業管理の見直しや従業員の権利保護を徹底し、類似の事件の再発を全力で防止するように指示したという。

 これらは従来の労働組合が労使紛争に有効な役割を果たすことができず、今回のホンダの例のように経営者側に立って労働者を収めようとすることが多かったことへの反省があり、それらを転換させる意図の表れであるといわれている。

 深セン市政府は、これらの労務紛争を事前に回避するために、最低賃金10〜22%のアップを前倒しで決定、発表した。また中国政府は、今年末に発表する予定であった「工資条令(賃金条令)」を、これまた6月末にも前倒しで実施する準備をしているといわれている。この「工資条令」には、賃金の労使交渉決定や同一労働同一賃金などが盛り込まれているという。また、政府のブレーンである社会科学者たちは、所得の「第1次分配」での労働報酬の比率の向上を訴えている。

 富士康の親会社の台湾・鴻海精密工業の郭台銘会長は、これらの事態に遭遇して、8日の株主総会で中国本土にある工場の一部を台湾やインド・ベトナムなどに移転させる方針を明らかにした。富士康だけでなく、台湾企業の多くが、にわかに東南アジアなどへの生産移転を検討、実施し始めた。ストライキの結果の賃上げもさることながら、中国でも韓国並みの泥沼の労使紛争に巻き込まれる可能性が出てきたからである。


B労使対決型を選んだ中国政府。

 2007年末、中国政府は労働契約法を改正・実施した。その結果、労働者は権利意識に目覚めてしまった。私は2007年末に、この改正労働契約法が中国を「世界の工場」の舞台から引きずり降ろすことになり、中国から外資が大量に撤退する結果を招き、やがて中国経済を疲弊させることになると、再三再四、警告した。

 当時、有識者の間でも、この改正労働契約法が労働者の権利を擁護する面を多く含み、経営者側にかなりの負担を強いるものであることから、その施行を危惧する声が多かった。しかしながら胡錦濤政権は、2008年の北京五輪を控えて、民主的な国家としての体裁を取り繕う必要があったため、その第一歩として、旧態依然とした労働契約法の改正・実施に踏み切ったのである。

 胡錦濤主席にこの決断をさせたのは、2007年の山西省の闇レンガ工場での誘拐された労働者や未成年が虐待されていたという前近代的な労働実態が、先進資本主義諸国に知れ渡っていたため、その悪印象を一気に挽回しようとしたからであったともいわれている。

 しかし私は労働者の待遇を改善するために、あの時期に、あえて労働契約法の改正に踏み切る必要はなかったと確信している。基本的に労働者の待遇は、労働者擁護の法律の有無に関係なく、労働力の需給バランスで決まる。どんなに労働者に有利な法律があっても、景気が悪く、企業が労働者を採用しなければ、労働者の待遇は良くなるはずがない。逆に、景気が絶好調で、企業が労働者をどんどん採用すれば、人手不足となり、企業は人手を確保するためにどんどん労働者の待遇をよくせざるを得ない。すでに中国は2003年から人手不足となっており、その結果。毎年賃金が上昇し、その他の労働条件もどんどんよくなっていた。しかもその傾向は、当分、続くと見られていた。したがって2007年末には、労働契約法の改正は不必要であった。胡錦濤政権は、中国に不必要な改正労働契約法を施行し、中国を労使対決型の世界に突入させてしまったのである。

 改正労働契約法の施行は、まさに胡錦濤政権の失政であったと断言できる。当然のことながら、その結果、外資の第1次総撤退ブームが沸き起こり、中国経済は破綻の淵に立たされた。2007年末から2008年前半にかけてのことである。

 胡錦濤政権は北京五輪を目前にして、大きく戦略転換をして積極的な財政出動を行い、経済の立て直しに躍起となった。そうこうしているうちに2008年9月、米国発金融危機が世界を襲った。その結果、外資の第2次総撤退ブームが起きた。中国政府は躊躇なく、外需に期待せず、内需の活性化のために4兆元に及ぶ財政出動を即断した。その後の中国経済の急上昇については、周知の事実であり、私が解説するまでもないであろう。


C第3次外資総撤退ブーム → 中国は貿易赤字となる。

 次に今後の中国経済の動向について簡単に俯瞰しておく。

 現在、経済絶好調の中国は超人手不足であり、労働者は売り手市場で、なおかつ改正労働契約法を楯にとって、経営者側に賃金の大幅アップを含め労働条件の改善を迫っている。労働者はたとえそのストライキに失敗し、その職場を追い出されたとしても、もっと良い次の職場がたくさん待っている。その意味で、労働者は絶対に負けない戦いをしているのである。まさに現在、中国は労働者天国になりつつあるのである。逆に言えば、経営者側はどのようにしても負ける戦いを強いられているわけであり、これからは地獄の責め苦を味わわされることになるわけである。

 ストライキの結果の法外な賃金アップは、中国沿岸部からの労働集約型産業の総撤退に拍車をかけるであろう。さらに超人手不足、労働争議の頻発など、経営者の前には解決不可能な問題が山積みされる。それらを嫌って経営者が中国を後にするため、外資の第3次総撤退ブームが沸き起こる。その結果、中国から労働集約型産業は完全に姿を消し、「中国は世界の工場」が過去のものとなる。

 中国政府は産業構造の高度化で、この事態を乗り切る戦略であるらしい。しかし産業構造の高度化以前に労働集約型産業が総撤退してしまい、その戦略は間に合わない。また真面目に働くよりストを行った方がはるかに手っ取り早く儲かるため、だれも真剣に労働せずまた地道に研究する者もいなくなり、産業構造の高度化の担い手が中国で枯渇する。

 一方で、火がついた内需は消えないので、輸入一辺倒になる。中国の企業家は今や、外需よりも内需の方がはるかに儲かることをよく知っており、内需市場への参入に躍起となっている。したがって中国からは輸出をするものがなくなり、その結果、貿易赤字となる。

 内需の活性化のためには、引き続き財政出動を行わなければならないので、財政赤字が激増する。もちろん中国政府はそのためにあらゆる「打ち出の小槌」を駆使して、財源を確保しようとするであろうが、いずれにせよそれは借金である。遠くない将来、中国は双子の赤字を抱えた借金大国として苦しむことになる。