小島正憲の凝視中国

読後雑感 : 2011年 第15回


読後雑感 : 2011年 第15回  
13.JUL.11
1.「中国ビジネス超入門」
2.「さまよえる孔子、よみがえる論語」
3.「解放軍の原爆を日本に落とさせるな」
4.「現代中国“解体”新書」
5.「中国 新たなる火種」 

1.「中国ビジネス超入門」  平沢健一著  産業能率大学出版部  6月26日
  副題 : 「成功への扉を開ける」
  帯の推薦の言葉 : コマツ専務執行役員 中国総代表 茅田泰三氏
 「違いを知り、違いを乗り越えて 中国とグローバルでの現場主義の実践に基づき、中国ビジネスを解き明かす!
日本人、中国人幹部候補のための待望の“超”入門書である。中国ビジネスに関心のある方、学生の皆さんにもお
すすめしたい」

 著者の平沢健一氏は、私が日頃、いろいろとお世話になっている方である。先日、その平沢氏から「誰にでもわ
かるように、簡単な中国ビジネスへの入門書を書いたので読んでみて欲しい」という連絡が入った。さっそく読んで
みたところ、世にありふれているハウツー本とは一線を画した格調の高い本であった。私は中国ビジネスの入門書
というより、私たちのような中国ビジネス経験者が、復習の意味でも読む価値がある本だと思う。

 平沢氏は自身の長年の米国・欧州・中国のビジネス体験を踏まえて、「“性善説”だけで御していけるのは、日本
だけだと理解しなくてはならない。国際的な“行動原則”は“性悪説”が主流だ。欧州でも筆者が長く過ごしたイタリア
は、マキャベリの“君主論”が政治の中心的な思想=覇道となって、その後の英国はじめ他国に広まり、その英国
が主導したアヘン戦争以降、各国が競い合って中国を植民地にしていったものと思う」と書き、「中国には“性悪説”
で鍛えられた海千山千の筋金入りのつわものが多くおり、それらの人に勝つことは容易ではないということだ」と主
張している。私もまったく同感である。

 第2章の「中国人研究」では、中国人の性格を形成してきた中国の歴史が要領よくまとめられている。ことに「文化
大革命は中国人の価値観に著しい変化を及ぼし、いまだに消えることのない悪影響を与えている」と、われわれの
ビジネス相手の中国人がその負の遺産を背負って生きており、それを強く認識し理解しなければならないということ
を主張している。これまた私も同意見である。

 第3章からはハウツーの部分に入るが、私はこの中の「中国人との交渉術―Cキーワードは功利的説得」が、同
種の他の本には見られない主張で、参考になった。そこには「最終決着は壮大な儀式とし、礼儀正しく、面子から始
まりあらゆる手段を動員する。できれば中国側から結論を切り出させるのが有効だ。ひな形契約書や最終結論目
論見書を必ず作っておく。交渉の王道である「功利的説得」がキーワードで、相手の得をした部分を細かくわかりや
すく説明し、相手が収穫した成果を多いに取り上げてそれを強調する。それをわからせ、満足させ、譲歩させる」と
書いてある。私もこの術を今後の実際の交渉現場で使ってみようと思う。

 第4章からはケーススタディが多く取り入れられており、読みやすい。法律面での解説も、ビジネスにおける主要な
注意点は網羅され、的確に解説されている。

最期の附属資料も、他の同類書にはないものであり、参考になる。この本は、「帯の言葉」と内容がぴったり合って
いる数少ない本であり、その意味でも“超”入門書といえる。

2.「さまよえる孔子、よみがえる論語」  竹内実著  朝日新聞出版  6月25日
  帯の言葉 : 「天安門広場に現れた孔子像。文革時は非難の的だった孔子が、今また中国で復活、注目を浴
びる。“論語”の真の意味とは? どんな背景で成立したか? “孔子と論語”再発見の旅へ」

 この本の裏表紙には、下記のように内容が紹介されている。

 東アジア世界で政治上の権力に対する精神の支柱であった儒教の始祖、孔子。死後2500年、その評価と受容
は紆余曲折をたどり、文化大革命では批林批孔運動の標的になった。だが近年、天安門広場には巨大な孔子像
が登場、復活のしるしとして注目を浴びた。貧しく生まれた孔子は、塾をひらき門人を教え、政治に携わる。政争に
巻き込まれてのち、50代半ばで弟子たちと長期にわたる苦難に満ちた旅をし、晩年は生まれ故郷に戻って73歳
で没するまで思索の日々を送った…。孔子は後世に何を残したか? 「論語」に現れる言葉の真実とは? 実際に
たどった「孔子と論語」再発見の旅。

 大先達の竹内実先生は、天安門広場に建てられ、すぐに撤去された孔子像を横目で見ながら、それを「さまよえ
る孔子」となぞらえ本書をしたためられた。その意味で、この本はネーミングもタイミングもまさにぴったりあってい
る。ただし竹内先生がこの本を書いている最中に、孔子像が建て始められたので、題名を「よみがえる孔子」と付け
ようと考えられていたのだが、脱稿後、その孔子像が撤去されたので、編集部が「さまよえる孔子」にしたと「あとが
き」に書かれ、その「編集部の眼力におどろいた」と述懐されている。私はこの記述から、先生の学問に対する謙虚
な姿勢を学ばせていただいた。きっと私なら、題名は自分で決めたと威張って書き、その眼力を誇示したと思うから
である。

 この本は、「じつはわたしも、孔子についてはよく知らない。そこで一念発起して孔子の生まれ故郷、山東省曲阜
をたずねた。数年前のことである」という竹内先生の言葉で始まっている。そして高齢の先生が孔子の生まれ故郷
などを実際に行脚し、身でもって感じられたことをその博識で裏打ちされた叙述や、さらに新説などが披露されてい
る。ことに篆文の「論語」の解説部分については、私もおおいに勉強させられた。

3.「解放軍の原爆を日本に落とさせるな」  長谷川慶太郎・石平共著  李白社  7月15日
  帯の言葉:「台頭する中国軍。厳戒態勢に入った米軍。相変わらず無防備な日本の政治家・マスコミ。これで日
本は大丈夫なのか?  これまでの“中国崩壊論”を一蹴!」

 かつて私は長谷川慶太郎先生を崇拝していた。長谷川氏は、日本がオイル・ショックに見舞われたとき、冷静に
かつ見事にそれを分析し、大方のエコノミストを脱帽させた。その後、精力的な執筆・講演活動を通じて、「最先端
の技術を踏まえた“現場”からみる独特の経済分析と先見力に定評のある国際エコノミスト」としての位置を不動の
ものとした。なお長谷川氏は、元左翼系人士でなおかつ軍事・金融問題にもきわめて詳しい。20年以上前、まだ私
が国内で縫製企業を営んでいたころ、私はこの長谷川氏が毎月行っていた朝食勉強会に、わざわざ岐阜から東京
まで通っていたほどである。しかしその長谷川氏の発言に疑問を持ち始めたのは、1997年の「香港返還」をめぐ
るころからであった。当時、長谷川氏は中嶋嶺雄氏らとともに、「香港返還にともなう中国内乱説」を声高に主張して
いた。私はその分析をまともに信じ、かつやがて中国に生起するであろう事態に恐れおののいて、中国からミャンマ
ーに一部の縫製拠点を移動させる決意をし、ただちに行動した。その後、中国は長谷川氏らの予見とはまったく反
対に、内乱などは起こらず、大発展を遂げた。私はミャンマーの工場経営に失敗し、大損をして中国に舞い戻っ
た。それ以来、私は長谷川氏ら他人の中国分析を鵜呑みにするのではなく、自分の目で見て、自分の頭で考え、
自らの行動を決定することにした。またその自分の見解を、できるだけ多くの人に発信するようにしている。それ
が、長谷川氏などの見解に振り回され、思い悩む経営者に少しでも役に立てばと思ったからである。

 この本で、長谷川氏は保守派の論客と自称する石平氏と対談している。中国情勢についての分析を目的としてい
るのだから、日本人の長谷川氏が元中国人の石平氏に中国の現状について鋭い質問を浴びせるという展開を期
待し、私はこの本を読み進めた。ところが本文中の大半は石平氏が質問し、長谷川氏がそれに詳細に答えるとい
う顛末になっている。老いたりといえども、長谷川慶太郎健在というところだろうか。ただし本文中の長谷川氏のバ
ングラデシュ情勢についての分析は明らかに間違っている。私は昨年からバングラで実際に工場を稼働させている
ので、長谷川氏の記述に大きな錯誤があることを明言できる。ミャンマーの情勢分析についても、半年ほど前に私
が現地調査し発信した結論とは大きく違う。この点については、私は最新情報を持っているわけではないので、長
谷川氏が間違っているとは断言できない。できるだけ早期に、ミャンマーを訪ね真偽を確かめたいと思っている。

 さらに長谷川氏は中国人民解放軍の実力や動向について、多くのことを語っている。この点については、私の現
状の能力ではコメントできない。近い将来、「現代中国情勢研究会」で、台湾の軍事専門家を招き、勉強したいと思
っている。また中国経済について、バブル崩壊が間近であり、地方財政が極度に疲弊していると指摘している。私も
同意見だが、本文中で長谷川氏はその根拠について詳しい分析を開陳していない。この点についても、中国の財
政問題を研究している人を招いて、詳細に検討してみるつもりである。長谷川氏はソ連共産党の崩壊過程を描き出
しながら、中国共産党の行く末を予測している。これもたいへん面白い課題なので、年末までに旧ソ連崩壊過程に
詳しい研究家を招いて勉強する予定である。また丹羽中国大使について語ったところで、「日本で中国大使を引き
受ける外交官がいないという現実問題が横たわっています」と書いているが、この説はにわかには信じがたい。外
務省関係の友人に問いただし、外務官僚の名誉のために反証したいと思っている。

 なおこの本で石平氏は完全に受け身に回り、長谷川氏から従来の石平氏の主張を論駁されても、まったく反論を
していない。

4.「現代中国“解体”新書」  梁過著  講談社現代新書  6月20日
  副題 : 「63のキーワードでよくわかる!」

 この本は昨年末に出版された「中国“新語・流行語”小辞典」(郭雅坤・内海達志著、明石書店)と、ほぼ同様の内
容であるが、深みはこちらの方があると思う。しかしながらいわば2番煎じのようなものであり、この本が飛ぶように
売れるとは思えない。やはり出版界でも先手必勝が原則で、この本が半年早く出版されていればと残念に思う。

 梁過氏は本文中で、「国学熱―自国の文化に対する関心の高まり」という項を起こし、「于丹現象」なる言葉を紹
介し、「2011年1月には北京の天安門広場の東側に位置する中国国家博物館前に高さ10mの巨大な孔子像が
設置された。ところが不可解なことに、その孔子像はわずか3か月後に突然、広場から姿を消してしまったのだ。天
安門広場という政治的に敏感な場所で平和や調和の象徴ともいえる孔子像が撤去されたことから、“中国は再び左
傾化していくのでは?”、“中国共産党の保守派と改革派に権力闘争があったのでは?”などと、さまざまな憶測が
飛び交ったと言われている。政治的なイデオロギーに翻弄されてきた孔子の受難は、今後もまだまだ続きそうだ」と
書いている。

 また梁過氏は、「海待族と土亀族―留学エリートも就職難」という見出しで、現在、中国では海外留学帰りの「海亀
族=海待族」よりも「土亀族」を採用する企業が多くなったと書き、「土亀族」という新語を紹介し、「土亀族」とは、つ
まり海外には行かず、国内の名門校でコツコツ勉学に励んできた若者たちのことである」と続け、「プライドが高く、
能力に見合わない高い給料やポストばかり要求してくる海亀族より、優秀な上にまじめで忍耐強い土亀族を企業が
採用したがるのは、ある意味、当然といえるかもしれない」と記している。

 さらに梁過氏は、「第3次移民潮―エリートたちはなぜ海外へ行くのか」という見出しで、「現在、中国では“第3次
移民ブーム”が巻き起こっている。今回の主役は、経済成長で大きな富を得た富裕層や高い学歴を持つエリート層
が中心だ」と書き、「中国国内には、環境汚染や食の安全問題、社会保障の未整備や投資・ビジネス環境の悪化な
ど、数多くの問題が山積している。また格差の拡大によって大衆の不満が金持ちに向けられ、各地で富裕層を狙っ
た犯罪も多発している。こうした国内の現状が、多くのエリートや富裕層を海外へと駆り立てていると推察されるの
だ。このような“資本”と“頭脳”の国外流出は、中国にとって非常に頭の痛い問題であろう」と記している。

 上記のほか、梁過氏は本書で、「老人月光族」、「小私族」、「急嫁族」、「全職太太」、「洋漂族」などの興味深い新
語をたくさん紹介している。

5.「中国 新たなる火種」  渡辺賢一著  アスキー新書  6月10日
  帯の言葉 : 「尖閣問題は“日中衝突時代”の幕開けに過ぎない。年12兆円を超える軍事費で空母・ステルス
機。“反日”か“親日”か?習近平の実像。 ウィキが暴いた指導部の本音」

 この本には、「…思われます」、「…はずです」、「…と言われています」、「…のようです」、「…かもしれません」、
「…つもりです」などというあいまいな語尾の文章が異常に多い。筆者の渡辺賢一氏は、本書の中味によほど自信
がないものと思われる。渡辺氏は「はじめに」で、「本書では、急速な経済成長がもたらした社会のひずみ、中国共
産党による一党独裁体制の弊害、中国国民の「反日」感情の実態などについて、具体的なエピソードを交えなが
ら、問題の表面だけでなく、その背景まで深く読み取れるように配慮したつもりです」と書いているが、本文中で問題
のとらえ方も中途半端で、その問題の本質に迫ることはほとんどできていない。それは本書に、渡辺氏が現場で直
接体験したことの記述がすくなく、いわば伝聞の類のものがほとんどであることを見ればよくわかる。

 また渡辺氏は、「中国の統計は信用できない」と書きながら、「中国では、貧しい農民らによる暴動が全国で年間
10万件も発生していると言われています」などと、中国当局の信用できない統計数字を持ち出して、自説を補強し
展開している。このような自己撞着とも思われる論述方法に、渡辺氏は疑問を感じていないようである。