小島正憲の凝視中国

中国(労働者・経営者・政府)の変質


中国(労働者・経営者・政府)の変質
12.SEP.11
1.中国人労働者の変質

@労働者の権利意識の高揚

 今年の6月、従業員2000人余を抱える深センの某日系企業で、全従業員を巻き込んだストライキがあった。昨今、中国では労働者のストライキが頻発しているので、私は、この騒動も取り立てて騒ぐほどのことでもないと思っていた。しかし現地に行きその内容を詳細に調べた結果、このストライキが今後の中国の労働者の動向を見る上で、きわめて重要であることに気が付いた。このストライキは、深?市の電力不足に対応した会社側が木・金を土・日の出勤に振り替えたところから始まった。会社側は市政府の節電要請を受けての対策なので、通常日出勤の給与額の支払いを予定していた。ところが労働者側は休日出勤(通常日のほぼ倍額)の給与額の支払いを要求してきた。会社側がそれを拒絶したので、労働者側はストライキに打って出た。間に入った市労働局が会社側に休日出勤の給与を支払うことを命じたので、会社側はやむなくこれに応じた。事態はこれで一件落着したかに見えたが、問題はそれからだった。

 ストライキに勝利したことに味をしめた一部の労働者が、とんでもない要求を会社側に突きつけてきたからである。この会社では、創業以来、朝の始業時間は8時となっており、従業員はその3分前に出社し、朝礼と簡単な掃除を行うことが慣例となっていた。労働者側はその3分間を早出勤務とみなし、過去に遡って会社側に給与を支払えと要求してきたのである。当然のことながら、会社側はそれを拒否した。すると一部の労働者が、再度ストライキに突入した。再び、間に入った市労働局は会社側に、在職中の労働者約2000人に、「3分間分の給与を過去7年間に遡って支払え」と命じた。会社側は完全に敗北した。 (※実際の事件はかなり複雑であるが、ここではわかりやすくするため単純化した)。

 中国では2007年の新労働契約法の施行以後、労働争議が頻発し、そのほとんどで経営者側が敗北している。これを巷では、「労働者の権利意識の高揚」と持ち上げ、煽り立てている。もちろん「労働者の権利意識の高揚」は悪いことではない。しかしそれが中国社会にとって全面的によいことであると、礼賛されるべきことでもないと私は考える。それが中国社会を混乱させ、停滞させ、ひいては全世界の経済混迷に拍車をかけることになるとするならば、なおさらである。中国政府は北京五輪の開催と引き替えに、先進資本主義各国から圧力をかけられ、国内の多くの企業の反対を押し切って、新労働契約法の施行に踏み切った。そのとき中国社会は「人手不足」状態に入っており、わざわざ法制面から労働者を保護しなくても、労働力の需給関係から、給与や労働環境を含めて労働者の地位は格段に上がってきていた。その意味で新労働契約法施行の必要性はまったくなかった。その結果、労働集約型外資はこの新労働契約法を嫌って、続々と中国を撤退した。またこの新労働契約法の施行は、労働者にストライキをすれば必ず勝てるという確信を植え付け、職場から労働モラルを奪う結果となった。中国政府は他の方法で労働者保護を考えるべきであったし、その時期を勘案するべきであった。さらに先進資本主義各国も、中国にそれを無理強いするべきではなかった。

 中国はまだ社会主義国家を標榜しており、労働者階級の前衛党である中国共産党が権力を握っている。その中国が、資本家階級の搾取から労働者階級を守るために作られた労働法を、先進資本主義諸国の圧力を受け、社会主義国家の法体系として採用した。社会主義の労働モラルを代表する「社会主義競争」などという言葉は、死語になって久しいが、かつて中国には社会主義の労働モラルがあった。新労働契約法は社会主義社会に生きてきた中国の労働者のモラルの思想的根拠を完全に喪失させた。

A労働意欲の減退とモラルの喪失

 「職場は人間教育の場でもある」と、私は思っている。職場には知識や技術や人間関係など、金銭では買えないものが汪溢している。それを円滑に吸収するために、先輩よりも早く出勤し掃除などを行い、作業環境を整えるのは、人間として当然のことである。またその職場で知識や技術や人間関係を学び取るには、先輩たちに負けないように必死で働かねばならないし、先輩たちの所作を真似することによって、自らを磨かねばならない。ときには先輩たちから怒鳴られることもあるだろう。しかしその過程を経て、知識や技術は伝承していくものである。また先輩たちの苦言を、歯を食いしばって耐え、逆に新生面を切り開くところに人生の面白さがある。受け身であり強制された行動からは、新しい考えやモノは生み出されない。職場で時間を忘れて知恵を振り絞り、汗と油にまみれて工夫を続けるようでなければ、独創的なモノは生まれない。たとえそれが金銭で報われなくとも、それを面白いと思う人間でなければ、職場を進化させ、社会を進歩させることはできない。

 20年前、私が中国に進出したころ、私は自ら中国の若者に縫製技術や経営手法などを、寝食を忘れて教えた。夜遅くなり宿舎に戻れず、工場の裁断台の上で寝たこともあった。また数週間、休日がなかったこともあった。余談だが、私は地方政府から「労働模範」として表彰されたこともある。連日、深夜に及ぶことがほとんどだったが、中国の若者たちは目を輝かせて、私の教えを学んだ。そのとき彼らは、だれも私に、残業手当や休日出勤手当を要求しなかった。今、彼らのほとんどが、大きく立派に成長し、経営者や工場管理者になっている。

 それから15年後の2003年ごろから、中国は人手不足となり、その結果、労働者の質が大きく変わってきた。労働者はより給料の高い職場へ簡単に転職するようになった。労働者は自らの能力や技術を磨くのではなく、転職を繰り返すことによって、その待遇を向上させていく道を選択するようになった。

 その当時、私は上海でCADを使って服装パターンを作製する事業を始めていた。大学で洋裁の基礎を勉強しただけの新入生を迎え入れ、日本から一流の先生を送り込み、彼らに技術をみっちり教え込もうと考えていた。そこで彼らにまず、「服装パターン作製の技術を完全にマスターし、1人前になるには、最低でも10年間が必要である。しっかり落ち着いて勉強するように」と、繰り返し話して聞かせた。それが日本人の常識だったからである。そのとき彼らはその言葉を神妙に聞き頷いていた。ところが1年ほど経つと、ほとんどの新入社員がやめてしまった。彼らは他の会社に、「私は一流の服装パターンナーである」と自分で売り込み、高給を得る道を選んだのである。私は、まだ卵の域を出ない彼らを採用するそれらの会社のレベルに驚くと同時に、自らの力量をわきまえず、それ以上努力精進しようとしない彼らの姿に唖然としたものだった。この傾向は現在でも依然として続いており、その勢いは増すばかりである。

 その上、2007年末以降、労働者はストライキをして、簡単に自らの労働条件を改善するという手段を覚えてしまった。労働者には、自らの力を鍛え上げることによって、自らを成長させ、その結果、自らの条件を良くしていくという意欲は完全になくなった。職場では、ちょっとした不満があると、すぐにストライキやサボタージュに訴える労働者が増え、それも面倒だと思う労働者は給料を受け取ると、さっさと会社をやめて行くようになった。さらに最近では、若年労働者は80・90后と呼ばれる一人っ子世代となり、労働現場では驚くべき現象が起き始めた。わがままで勝手気ままな彼らは、日給制で働くことを望み、給与が懐に入るとすぐに遊びに使ってしまう。彼らは働くよりも遊ぶことを優先するように成り果てた。中国全土の随所で、このような若者の日雇い市場などが出現するようになっているほどである。

 ある中国メディアによれば、最近、「新入社員の電撃退職」が流行っているそうである。大卒社員のうち、約30%が入社1年以内で退職しているという。「電撃退職」する新入社員たちは、(1)会社の雰囲気への不適応、(2)自己能力を期待したほど発揮できない、(3)会社の前途への不安、(4)収入や待遇への不満、(5)仕事が楽しくない、(6)厳しい要求からの逃避、(7)親の意向を尊重するなどの消極的な入社、などの理由を挙げている。これに対して社会の先輩たちは、「一時の困難に負けず、自分の会社に対して冷静な分析をした後の決定が大切だ」とアドバイスしているという。また最近の新卒大学生へのアンケートによれば、巷では就職難が声高に叫ばれているが、就職内定辞退者が16%と増加傾向にあることがわかった。またある調査では、上海の新卒大学生の希望する月給はおおむね4000元以上であり、これに対して企業側が提示している月給はほぼ3000元であるという結果が報じられている。しかも学生たちは就きたくない職務として顧客サービス、仕入れ、デザインなどを挙げているが、企業側は顧客サービス関連の人材をもっとも欲しており、ここには完全なミスマッチ現象があらわれている。これらは明らかに、現代中国の若者たちが、わがままで職業観が希薄であり、労働意欲が減退しているという傾向を示している。

 今、中国の労働者は現場労働を忌避するようになっている。拝金主義思想にどっぷり浸かってしまった彼らは、無償では絶対に動かず、しかも楽をして金を儲ける方向に走っている。労働現場を通じて、労働者自身が自らの能力や技術を高めていくという当然のことを志向しなくなっている。今、中国では労働モラルが音を立てて崩壊している。

2.中国人経営者の変質

@高級経営幹部の大量退社

 ある大手中国メディアの記者の調査では、7月の1か月間だけで、A株上場会社の高級管理者が合計88名辞職したという。(ここでの高級管理者とは、董事長、董事、監事、総経理、副総経理など、会社の重要幹部を指す)。これらの高級管理者には、自社株を保有している者が多く、そして2人以上で一斉に退社したという共通の現象がある。これらのことから、巷ではこの高級管理者たちの大量退社は、「自社株の売り抜け準備」ではないかと言われている。中国では、「自社株を持っている高級管理者は、上場後1年以内にはそれを譲渡することができない」という法律になっている。したがって高級管理者が早く自社株を譲渡し、大儲けしようするならば、会社を辞職すること、つまり自分の会社を放り出し、縁を切ることがもっとも手っ取り早いのである。記者は、この記事を「今後もこの傾向が続くことは疑いない」という文句で締めくくっている。たしかに、私がこれまで接触してきた多くの中国人経営者の中にも、たとえそれが自分で創業した企業であっても、「上場後の売り抜け」を考えていたし、事業環境の悪化から、それを最後の金儲けの手段と考えているものが結構いた。

A経営者の経営意欲の減退とモラルの崩壊

 資本主義社会は資本家と労働者の敵対する2大階級で構成されており、資本家は強者であり、労働者は弱者である。また資本家は労働者を搾取することによって巨利を貪るのが常であり、ときにそれは労働者の生存権を脅かすほどになる。資本の論理つまり金儲けの欲望は、資本家を狂気に導く。したがって資本家は常に自らを、性悪な搾取者であると意識し、経営者としてのモラルを守り、狂気の道に入り込まないように、すべての行動を戒めなければならない。私が尊敬する飯田経夫先生は、その著書「経済学の終わり」の中で、「若いときに勉強した“マル経”の教えを旨としつつ、仕事してはカネ儲けに励み、つねになにがしかの罪の意識に苛まれながら、みずからの行為を律した財界・経済界のリーダーが、過去にはかなりいたという事実は、まことに感動的だと思う」と書かれている。私は、ここに現代に生きる経営者に必要なモラルが凝縮されていると思うし、このような経営者がいたからこそ、戦後の日本の高度成長や産業構造の転換が可能だったと考えている。

 上述の「高級管理者の大量一斉退社」という現象ほど華々しくはないが、今、中国の企業の現場では高級管理者が、いっせいに財テクに走っている。それはあたかもかつての日本がバブル経済のときに、企業の幹部が財テクに血眼になっていたのとまったく同様に見える。しかし中国では事態はもっと深刻である。なぜならそれは企業が5重苦と呼ばれるような経営環境に置かれており、実業では業績を維持することがきわめて難しくなっているところから、苦肉の策として行われているからである。ちなみに5重苦とは、労働争議の頻発(人手不足)、人件費高、金融難、電力不足、原材料高である。

 中国メディアは連日、この5重苦によって「中小企業は虫の息」であると報じている。そしてとうとう8/25、中国民営の広東省仏山市のプラスティック工場が倒産し、1100人の従業員を置き去りにして、中国人経営者が失踪する事件が起きた。今までも、韓国企業の経営者の夜逃げはよく新聞記事になっていたが、このような大型企業の中国人経営者の夜逃げ報道はほとんどなかった。モグリの中小零細企業では、実際にはそのような事件もかなりあったのだろうが、今回の事件は隠しおおせなくなったのではないかとも思う。政府はこの手の夜逃げの連鎖反応が起きないかと危惧している。

 5重苦の中でも、とりわけ経営者から経営意欲を奪っているものは、労働争議の頻発である。現下の労働争議は、2007年末の労働者絶対有利の新労働契約法の施行に端を発しており、それが人手不足という状況下で起きているため、ひとたび労働争議が生ずれば経営者はほぼ完璧に負ける結果となる。そしてその後、経営者は労働者に足下を見透かされ、譲歩に次ぐ譲歩、妥協に次ぐ妥協を余儀なくされている。こうなると、企業内では労働者と経営者の地位が逆転し、労働者は経営者を見下すようになり、経営者の威光も意向も労働者にはまったく通じなくなる。一般に中国人は面子を大事にすると言われている。ことに中国人経営者は立派な部屋でふんぞり返っている人が多い。日本人のように「便所掃除を日課としているような経営者」、つまり「労働者に頭を下げることに抵抗がない経営者」などは、どこにもいない。それが昨今では、営々として築いてきた自分の会社で、自分が給料を払っている労働者に頭を下げなければならない事態となっているのである。これが中国人経営者にとってはもっとも屈辱であり、経営意欲をなくさせている元凶である。

 したがって現在、中国人経営者は「人を使う実業」を嫌い、「人を使わなくてもよい虚業」に精を出すようになっている。新聞の広告を見ても、一時大流行したMBAの広告は激減し、株やマンションなどの勉強会の広告が目立つ。つまりこれは真剣に経営を勉強しようとする経営者が減り、手っ取り早く投機で儲けようとする経営者が増えていることを示す。また手持ち資金をなんらかの形でインフォーマル金融に回し、巨利をつかもうとしている経営者が多くなっている。今や、中国人経営者は地道に実業で利益を出すことを諦め、企業の存続の道を虚業の世界に追い求めているのである。

 社会主義を標榜してきた中国には、本物の経営者は育っていない。なぜなら元来、社会主義社会には資本家や経営者がいなかったからである。皮肉なことに、かつての中国には「資本主義社会は資本家と労働者という2種類の人間で構成されており、それは敵対的階級として存在している」という共産主義思想はあっても実態は存在せず、したがって労働者の造反という事態もなく、現下のストライキに対処する経営者の思想的準備もなかった。また資本主義社会で「労働者の敵」として生き抜き、その中で培って来た経営者の知恵やモラルは、にわか仕立ての中国の経営者には根付かなかった。それが、今、中国のすべての経営者を虚業に向かわせてしまうという事態を生起させた元凶の一つでもある。

 今、中国では経営者が経営意欲をなくし、その結果、経営モラルが音を立てて崩壊している。

Bロボット多用の道

 人手不足に直面し労働者の造反に苦悩する経営者たちは、最近、ロボットに活路を見いだそうとしている。富士康の郭董事長は、7月末、「深セン工場に、3年以内に100万台のロボットを導入する」と発表した。このように中国での人件費高騰で、今までの人海戦術を棄て自動化を検討する企業が増えてきた。需要急増を受けて、日本のロボット・工作機械メーカーは、高性能機の中国での現地生産に踏み切った。しかしながら一般企業にとって、ロボットや自動機の導入は、巨額の初期投資が必要なため、財務の一時的悪化は避けられない。しかも生産ラインの大幅変更を伴い、それらを使いこなす技術者も新たに養成しなければならない。残念ながら、私には現在のモラルの低下した中国人労働者がそれらの環境の激変に応え、新たに勉強し直して、ロボットや自動機を使いこなすようになるとは思えない。むしろ今まで、単純作業に従事し安閑としていた労働者たちは、ラッダイト運動(機械打ち壊し運動)を起こすのではないかと思う。

 経営者も現場に入って、陣頭指揮でロボットや自動機を使いこなそうとはせず、結局、宝の持ち腐れになるのではないかと考える。経営者も労働者も高い教養やモラルを身に付けていなければ、ロボットを工場内で積極的に活用することはできない。かつて日本でも多くの企業がこぞってロボットや自動機を導入したことによって、ロボットや自動機のメーカーだけが大儲けし、導入した企業は巨額の投資に苦しみ、借金と設備投資を繰り返さざるを得ない借金地獄に落ち込んだ時代があったが、中国の経営者もその道に落ち込む危険性があり、モラルのない経営者の多くが夜逃げする事態となる可能性がある。

C経営者は疲労困憊→倒産企業続出

 ケ小平の南巡講話以来、中国人経営者たちは幾度もの政治経済の激変の中を生き抜いて来た。それまで市場経済という言葉すら知らなかった中国人が、外資進出の波に乗って、金儲けに狂奔することになったのである。ことに南巡講話時点で、20代後半の若者たちは、文革以後にある程度の教育を受けていたため、その波を柔軟に受け入れ、大きく変身して行った。残念ながらそのとき30代後半の中国人は文革世代で、教育を受ける機会を奪われていたため水準が低く、しかも頭が固く、要領よく立ち回ることができなかった。したがって1990年代の中国の経営者たちには、若くて溌剌とした若者が多かった。彼らは頭上に重石がなかったこともあって、中国の高度経済成長の中で、そのほとんどが大小の差はあれチャイニーズ・ドリームを実現した。

 あれから20年、当時の若者は、今では50代に差し掛かろうとしている。日本では50代の経営者は、まだ若僧と見られるが、最近の中国では、それらの経営者がよく引退を口にするようになった。彼らはこの20年間の政治経済の激変を全力で疾走し、それを乗り切ってきており、疲労困憊の極に達しているからである。ましてや今、経営者の眼前には、労働者の造反などに象徴されるような屈辱の毎日が立ちはだかっている。経営者にはその新たな壁を乗り切る気力は残っていない。彼らといっしょに働いてきた私には、彼らが実業をやめ、余裕資金を財テクに回し、虚業に走る気持がよく理解できる。現在、中国では多くの合弁会社がちょうど20年の契約満了の時期を迎えており、そこでは中国側経営陣から合弁解消の声も聞かれるようになってきた。また5重苦の企業環境を嫌い、相棒の労働集約型外資がさっさと中国から撤退してしまった企業では、残された中国人経営者が悪戦苦闘する羽目となっている。その中には倒産という運命をたどる企業も少なくない。なお中国メディアは5重苦の企業環境を以下のように報道している。

・9/05付けの香港経済日報 : 珠江デルタ地区で工場倒産が続出。国務院が関係部門の合同調査チームを現地に派遣。倒産続出の主因は、欧米からの受注減少、中国国内の金融引き締めや人民元高、賃金上昇が影響。2008年の世界金融危機の時よりも状況は悪いという声もある。
・浙江省で、上半期、中小企業1万4,500社が倒産。人件費高を始めとするコスト高が主因。融資難、融資コストの上昇、労働力不足などの圧力も大きい。このままの状態が続けば来年の春節開けには沿海部の中小企業の40%が、操業停止か操業日数の減少を迫られるという声が上がっている。
・温州の中小企業、2割が人手不足で半休業状態。今年の春節以降、温州を含む浙江省では人手不足が表面化。80%以上の企業が人手不足を訴えており、生産調整を余儀なくされている。
・珠江デルタ地区全体で、200万人以上の労働者不足。この地区の労働者の給与は約30%上昇し、平均3000元超。
・北京市人力資源社会保障局によると、第2四半期の同市の求人倍率は4.11倍となり、依然として雇用のミスマッチが続いていると判断。
・上海市、家政婦の月給の目安発表。最高は6100元(約7万5千円)、最低は2000元(約2万5千円)。
・8/21付けの瀋陽網 : 遼寧省瀋陽市にある中小企業の約80%が資金繰り難に陥っている。
・山東省中小企業弁公室によると、政府の金融引き締めや、電力・石炭などの値上がりに伴う生産コストの上昇を受け、山東省中小企業の資金圧力が高まっている。同省中小企業の資金不足は約4000億元(約5兆円)に達し、資金不足を理由に、一部の中小製造メーカーでは生産停止の可能性が高まっている。
・8/23付けの福建省地元紙 : 福建省の企業の64%、流動資金が逼迫。
・9/06、上海市政府は、中小企業向け融資の環境改善に向け、財政資金30億元を投じると発表。金融引き締めのため資金繰り難に直面する中小企業への資金供給を促進する目的。
・東莞市、10億元の外資系支援基金設立。今年に入り欧米市場が低迷し、また人件費や原材料価格の高騰などから、多くの外資系企業の経営状態が悪化していることに対応。
・広西チワン族自治区南寧市の飼料業者、電力不足で3割減産。多くの業者は電力不足で1日5時間程度しか稼働できず、このままの状態が続けば倒産すると悲鳴をあげている。
・広東省の電力不足、「5年ぶりの深刻さ」。渇水や石炭不足で、発電量が大幅に減っていることが原因。当局が工場などに、計画停電や休日の振り替え、夜間操業などを要請。
・8/31午後、華南地域の送電事業を担う中国南方電網は電力不足警報を出した。広西は40%、貴州は35%の不足。

3.中国政府の変質

@政府の譲歩

 大方の期待に反して、中国におけるジャスミン革命は不発で終わった。しかしそれは表面だけであり、ネットの威力は明らかに政府の対応を変化させてきている。昨今の大型抗議行動への政府の対応を見てみると、それはよく分かる。

・4/21、22の両日、上海で港湾トラックの運転手約2000人が、諸条件の改善を求めてストライキを行った。市政府は多数の警察を動員して抗議行動を鎮めると同時に、運転手たちの要求に対して1週間後の返答を約束した。ところが早くも3日後の4/25、市政府は運転手たちの要求を呑む形で、8項目の方針を発表した。
・5/10、内モンゴル自治区でモンゴル族遊牧民が、漢族トラック運転手に轢き殺されるという事件が起き、それはまたくまにネットで報じられた。モンゴル族の怒りは増幅され、上級都市に波及し、5/30、ネット上で区都の呼和浩特市での抗議活動が呼びかけられた。区政府はその集結場所とされた新華広場に武装警察を出動させ、厳重な警戒をしいたので、モンゴル族の抗議活動は完全に封じ込められた。一方で区政府は、今回の事件発生現場の当事者に、素早く補償金などを支給し、同時に当地の共産党書記を解任し、内モンゴル地域での中学・高校の「学費免除・教材費免除」の範囲を広めることにした。6/15,温家宝首相は国務院常務会議を開催し、「内モンゴル自治区の発展を加速させ、生活水準の改善や社会安定を図る方針」を決定した。
・8/14、大連の市政府庁舎前に、1万数千人の市民が集まり、郊外にある化学工場の移転を求めて抗議行動を行った。市政府側は、夕方になって大量の武装警察を出動させ、事態を鎮静化させると同時に、唐軍大連共産党書記が現場で、市民に工場の移転を約束した。

 上記の3つの事件の共通点は、政府が事態を鎮静化させた後、抗議者の要求を呑んで一方的に譲歩していることと、早期にそれを決定していることである。今後の大型抗議行動に関しても、おそらく同様の傾向が続くものと思われる。つまり政府は、「アメとムチの政策」のうち、今まで多用してきた「ムチ」を最小限に抑え、「アメ」を最大限に使うことによって、人民の抗議行動を押さえ込んで行く方向に転換したものと思われる。つまり政府は、「国民生活の向上」でもって「国民の怒りを鎮める」ことに注力し、大半の人民に「明日の正義より今日の暮らし」を選択させ、政権の延命を図ろうと考え始めたのである。

 しかしながら、「アメの政策」を多用していくには、その財源が必要である。残念ながら中国の国家財政にはその余裕はないと、私は見ている。もちろんまだ貿易面でも黒字基調が続いており、バブル経済が進行中の現状では多額の税金収入もあり、それは表面化していない。しかし今まで主要財源として政府の懐を潤してきた土地売却収入には陰りが現れてきており、中国政府は次なる「打ち出の小槌」を見いださなければならない事態に追い込まれていると言える。

A中国は世界の市場のカラクリ

 現在、日本の対中投資は第4次ブーム到来の兆しを見せている。ジェトロの北アジア課の真家陽一課長は、9/28、都内で開かれたアジアビジネスセミナーで、「これまで日本の対中投資は製造業が中心を担っていたが、最近の傾向としては省エネ・環境産業、卸売・小売産業、金融業などの非製造業が際立ってきた。進出地域も上海などの沿海部に集中していたのが、まだ人件費も安く、開発途上の内陸部が注目を集めている」と話した。多くの日本企業が、停滞する日本経済に見切りをつけ、中国市場を目がけて殺到しつつあるのである。

 かつて欧米各国は自国になだれ込んで来る中国製品に閉口して、中国政府にWTOに加盟し国際ルールを守るように、強く要求した。それを受けて中国政府は、米国にクォーター制度を撤廃させることなどを交換条件にしてWTOに加盟し、中国市場を開放することにした。この決定が、皮肉にも現在、中国政府を大きく助けることになったのである。中国が自国市場を開放したことによって、世界各国の商業資本が大金を持って、こぞって参入してきたからである。また中国市場の成長性を想定して、現地で生産し販売しようとする企業も、新たに続々と工場進出を始めた。つまり中国政府は、「中国は世界の市場」と声高に宣伝することによって、再び大量の外資を呼び込むことに成功したのである。中国政府にとって、これはいわば無償の資金援助であり、願ってもない新たな「打ち出の小槌」となったのである。「世界の工場」としての中国への投資が一段落していたときに、「瓢箪から駒」のような形で、外資がなだれ込んできたのである。その額は、「世界の工場」のときよりも、「世界の市場」を標榜する現在の方が、はるかに多い。

 しかしながら実際に中国市場で、外資が大儲けしているという話はあまり聞いたことがない。まだ多くの企業が先行投資の段階であり、単年度大幅黒字となり、投下資金を回収し、多額の配当を本国にもたらすのは、まだまだ先のことのようである。足下の中国市場をつぶさに見ても、地場の中国企業でも大儲けしているところは少なく、意外に倒産企業も多い。そもそも中国内需経済のめざましい発展とは、中国政府が演出したものであり、諸外国がその幻想に色めき立ち踊らされているというのが実際の姿ではないだろうか。

 2008年6月時点で、中国経済は大きく冷え込んだ。北京五輪を目前に控えていた中国政府は慌てふためき、景気浮揚のために、ただちに金融緩和に踏み切り、同時に家電下郷、汽車下郷政策などの内需活性化策を繰り出した。その後、リーマンショックに見舞われたため、中国政府は中途半端な経済政策を棄て、4兆元規模の財政出動の号令をかけた。それが内陸部へのインフラ投資などに集中的に使われたため、中国内需は一気に活性化し、各種の統計もそれを裏付けた。中国は日本を抜きGDP世界第2位に躍り出た。そしてこのチャンスを逃すまいとする外資が、幻想の中国市場を目がけて殺到した。この投資ブームがさらに中国の内需景気を押し上げる結果となったのである。またも中国は現下の苦境を、他力依存で乗り切る展開となったのである。しかしながら中国市場の景気は、4兆元のカンフル剤のおかげで浮揚しているだけだから、当然のことながら、その効き目がなくなれば減退する。また外資が、中国市場が幻想であり、意外に儲からないことに気が付いたとき、外資の総撤退が始まり、中国政府は新たな「打ち出の小槌」探しに奔走しなければならなくなる。

B産業構造の転換は不可能

 「世界の工場」としてその名を馳せた中国だったが、最低賃金の急激な引き上げや労働争議の頻発に嫌気がさした労働集約型外資は次々と中国から撤退し、ベトナム・バングラデシュ・インドネシアなどに生産基地をシフトさせている。米スポーツ用品大手ナイキのシューズ生産も、中国はトップの座をベトナムに譲り渡した。中国政府は今後5年間で賃金を2倍にすると言っているが、外資はその期間がもっと短くなると予測し、足早に拠点を中国から他国に移している。

 中国政府も労働集約型外資の総撤退は想定済みであり、現在、IT・自動車・環境など技術集約型産業や知識集約型産業への構造の転換を最重要政策として掲げている。これは先進各国も通過してきた道であり、当然のことではある。しかし必ずしも中国がそれに成功するとは限らない。

 かつて日本はオイルショックに遭遇し、経済は崩壊の危機に瀕した。そのとき日本政府は日本国民に、節電と省エネ・省力・省人を強くよびかけた。いわば国民に臥薪嘗胆を迫ったのである。日本国民は企業も家庭も、いっせいに政府のよびかけに応えてその努力を重ねた。その結果、日本は「重厚長大から軽薄短小」へと産業構造の転換を達成し、世界に冠たる「技術王国」となった。わが社のようなロウテク主体の中小企業でも、生産工程の省エネ・省力・省人のための自動化を徹底して研究した。私も1日中、工場に入り、汗にまみれて機械をいじったものである。

 当時、日本にはハングリーで勤労意欲の高い労働者と、自ら汗を流すことをいとわない真面目な経営者が揃っていた。工場内では日夜、QCサークルなどを通じて改善運動が展開された。労働者は報酬の有無に関係なく改善提案を出し続けたし、休日にもかかわらずQC大会などに無報酬で参加した。経営者もそれに応えて、銀行に個人の全財産を担保に差し出して、社員の生活を守るために必死で資金繰りを行った。そして社員と寝食を共にして、改善運動を行った。このようにして日本は産業構造の転換を自力更正で勝ち取ったのである。

 現在、中国は資源・エネルギー不足という事態に陥っている。しかし中国は人民に耐乏生活をよびかけてはいない。逆に中国政府は資金にモノを言わせて、全世界から資源・エネルギーをかき集めることで、この危機を乗り切ろうとしている。したがって中国人民は相変わらず資源・エネルギーを浪費し続けている。

 他方、中国政府は産業構造の転換を、従来通り他力依存で成し遂げようとしている。地方政府は立派なハイテク工業団地を造成し、他国からIT・自動車・環境など技術集約型産業や知識集約型産業を誘致することに全力をあげている。広東省は7月末、同省にハイテク産業を誘致するために、日本に大型代表団を派遣した。このミッションで東莞市だけでも、日本企業約60社と2億ドルを超える増資・生産拡大の合意に達したという。欧米各国や台湾や韓国にも同様のミッションが大量に派遣されている。

 中国政府は中国人民に、臥薪嘗胆を呼びかけず、他力依存で「3匹目のどじょう」を狙っている。しかし産業構造の転換は、ハングリーで勤労意欲の高い労働者と、自ら汗を流すことをいとわない真面目な経営者がいなければ不可能である。現在の中国の労働者は無報酬の改善運動などは絶対にやらないし、経営者は虚業にうつつを抜かし現場に入らない。現在の中国人のようなモラルの低い労働者と経営者では、産業構造の転換は不可能である。また他力依存では、猿真似はできても現場からの独創的技術は絶対に生まれない。

C二人っ子政策へ転換か?

 中国政府は1980年代以降、「一人っ子政策」を厳格に実施してきた。実施に当たっては、将来、「年齢構造の老化と労働力不足を引き起こすかどうか」などの問題点が、真剣に検討された。しかし「もし労働人口不足という事態になっても、そのとき二人っ子政策に切り替えればよい」という楽観的な予測をもとに、「一人っ子政策」が実施されることになった。それから30年余、中国社会は予想をはるかに超えたスピードで少子高齢化社会に突入してきた。上海市では「一人っ子」の親世代が60歳代にさしかかり、その世代が夫婦または一人で暮らす人の割合は40%近くに達し、今後の高齢化にともない、「独居老人」の増加が避けられないという深刻な問題を抱えるようになっている。この現象はやがて中国全土に波及するに違いない。

 最近、巷では「二人っ子政策」に転換するべきだという声が上がるようになってきた。9/10、広東省政府は中央政府に対し、「二人っ子政策」の試験的導入を正式に申請した。承認されれば、夫婦のどちらかが一人っ子の場合、子供を二人産めるようになるという。そしてそれは少子高齢化社会を食い止める切り札になると思われている。ところが政策の変更だけでは、事態が打開できないという声もある。上海での調査では、若年世代の夫婦の45%は経済的理由から第2子を望んでいないというからである。おそらく「二人っ子政策」に転換しても、期待している効果は現れないに違いない。このまま中国で少子高齢化が進めば、中国の人手不足はますます深刻となり、中国社会発展の桎梏となる。



続・中国(労働者・経営者・政府)の変質
29.SEP.11日
 先日、読者各位に、「中国(労働者・経営者・政府)の変質」と題した拙文を送信させていただいたところ、先輩諸氏からいろいろな面白い情報を返信していただいた。今回は、それらと「中国の変質」に関する最新のニュースなどを紹介させていただく。

1.労働者の変質

@「月光族」登場

 9/18付けの朝日新聞は、「農民工新たな世代」という見出しを掲げ、最近の中国の若年労働者の生態を書いている。その中で「月光族」という新語が紹介されている。「月光族」とは、「稼いだ賃金を、全部、その日に使ってしまう」という、いわば「宵越しの金は持たない」という江戸っ子のような暮らしをしている若者のことを言う。最近は、中国全土でこのような若者が増え、その要望に応える形で、若者相手の日雇い労務市場が各地で出現しているほどである。とにかく現代中国の若年労働者は、圧倒的な人手不足のもと、売り手市場であり、失業の心配はまったく感じていない。また一人っ子世代であり、最終的には親に甘えることができるため、自分で稼いだ賃金はすべて自分の遊興のために使ってしまう。その若年労働者の姿を朝日新聞は、「実家に仕送りするため、自分を犠牲にして寸暇を惜しんで働く―。中国の成長を底辺で支えてきた農民工の姿が急速に変わっている。移り気で目標も定まらず、都市と農村の間を漂流する“新世代農民工”が増えている」と書いている。

 上海の人材派遣会社の調査によれば、上海市で働く従業員の78%が5年以内の転職を検討しているという。また転職の理由として、若年労働者には「給与アップのため」との回答が多い。また「有給休暇の多さ」を上げる若者も増えているという。

 ちなみに、中国の人手不足は2003年度、広東省などの華南地域から始まり、浙江・江蘇省・上海などの華中に広まり、今では華北までもこれに巻き込まれている。華北では、30%の賃上げをしても、募集状況が芳しくない地域がある。

A早くも「団購」に陰り

 中国の若者の間では、昨年来、「団購」が大流行していた。「団購」は日本語では集団購入という意味で、インターネットの購入サイトで購入希望者が制限時間内に一定の人数が集まれば、商品やサービスを格安な価格で購入できる仕組みである。扱う対象は、洋服や化粧品など目に見える商品にとどまらず、食品やコンサートのチケット、美容院などに至るまで、幅広い。支払いはネット決裁会社を通じて行われ、手軽さから、学生やホワイトカラーの利用者が多く、20〜30代のネットユーザーを中心に浸透している。

 ところが最近、深センで、この「団購」を利用し月餅を買った若者たちが、まんまと騙されるという事件が起きた。ネット上では、街中で139元の月餅が69元で売られており、多くの若者が「団購」に参加した。この販売には前金という条件がついていたが、若者たちはこのサイトが一番人気で、多くの人が殺到していたので、だれもそれを疑わなかったという。しかし金を振り込んで1週間経っても、月餅は送られてこなかった。多くの若者がこの会社を告発したが、ネットへの登録住所は架空であり、代表者は姿をくらましてしまっていた。この事件では多くの若者が被害者となった。

 あるIT調査機関によると、今年7月以降、「団購」サイト全体の取引数や購入頻度が減少し、資金繰りが困難になった中小団購企業の倒産が加速しているという。すでに4割近くの団購サイトが閉鎖されたようである。

 このように若者を中心にした電子商取引は、その手軽さが受け、爆発的に伸びることがあり、同時にあっという間に廃っていく。これは購入面ばかりでなく、販売面でも同様のことが言える。大卒で起業する若者の多くは、IT関連や電子商取引業界に入っていく。それは投資コストが数万元と低く、素人同然でも事業の展開が可能だからである。しかしそこには手軽であるが故の落とし穴が待ち受けている。それでも若者たちは、実際の店舗を持ち苦労して稼ぐよりも、手っ取り早くバーチャル空間で稼ぐ道を選ぶようになってしまっている。

B技能工・技術者の軽視

 先日の「中国の変質」の拙論で、「現場での技術革新を軽視する中国には、産業構造の転換は不可能」という主張を展開したところ、大先輩から下記のような主旨の指摘を受けたので、紹介しておく。

 中国が技術面で創新=イノベーションを行うのは至難の業と見ている。中国伝統の儒教思想は肉体労働を軽視しており、中国人にはもの作りの現場での労働を忌避する思想がある。先端の研究開発を行う研究者はいても、現場でそれを応用していく技能工、技術者がいない。かつて日本では「下士官が弱い軍隊は実戦に弱い」と言われたが、中国の企業には、いわば将官クラスはいても下士官クラスがおらず、実戦には弱いということである。また下士官つまり技能工や技術者を育てようという気風がない。それが証拠に、技能五輪国際大会に、昨年まで中国はまったく参加していない。

 20年以上前、私は日本国内で縫製工場を経営していた。そのころ私は生産効率のアップや品質の向上を目指して、現場で汗だくになって奮闘していた。そして同時に、わが社で働く若者たちに、いつも技能の向上を呼びかけ、積極的に技能五輪大会へ挑戦させていた。わが社の若者たちは、岐阜県大会ではいつも優秀な成績をおさめることができたが、残念ながら全国大会では10数年間で第2位が最高であり、結局、技能五輪国際大会にわが社の若者を送り出すことはできなかった。私は中国がこれまで技能五輪国際大会にまったく参加してこなかったということを知り、中国が技能軽視の国であることを再認識した次第である。

C助けた人が訴えられる ― モラルはどこへ

 広東省の肇慶市に住む華君は、転んだ70代の老女を助けたばかりに、その老女に訴えられ、危うく損害賠償金をゆすりとられそうになった。7/15早朝、朝食を買おうとしていた華君の数十メートル先で、自転車に乗っていた老女が転倒した。華君は乗っていたバイクをその場に置き、いそいで駆け付け、苦しそうにしていた老女を抱き起こすと、老女は華君に「私にさわらないで」と言った。それを聞いた華君がそのまま現場を去ろうとすると、老女は華君を指差し、「お前が私の自転車にぶつかって転ばせた」と大声でわめきはじめた。そのうちその老女の親族が現場に駆け付け、いっしょになって華君を責め、損害賠償をせよと騒ぎ立てた。警察も来たが、老女の言い分をまともに受け、その場では華君の言い分をまったく聞いてくれなかった。数日後、警察の調べで老女のウソがばれ、華君の疑いは晴れた。

 江蘇省如皋市のバス運転手の殷さんは、三輪車に轢かれた老人を助けたばかりに、その息子から訴えられ、危うくその職を失うところだった。8/26午後1時ごろ、バスを運転中の殷さんは、前方で老人が三輪車の下敷きになるのを見て、ただちにバスを止め、降りていって助け起こした。殷さんはバスの運転中だったため、通りかかった人に老人を預け、バスに戻った。ところが勤務終了後、会社に戻った殷さんは警察から呼び出しを受け、老人を轢いたという嫌疑をかけられた。老人の息子がバスに轢かれたと警察に訴え出たのだ。バス会社は殷さんが事故を起こし、それを隠していたということで罰する段取りをしていた。その後、バスの乗客の証言や監視カメラの映像から、殷さんの無実は証明された。

 昨今、中国ではこのように善意の行為が、逆に悪用されることが多くなっている。したがって中国人は、それらの場面に遭遇したとき、無関心を装うことが多くなったという。実際、私も先日、そのような場面に出くわした。上海市内を歩いていたとき、数メートル先のバス停で歩行者に自転車がぶつかり、歩行者が転倒した。私がいそいで倒れた歩行者を助けに走ろうとしたとき、側にいた友人が私を止めた。助けても、逆にトラブルに巻き込まれることが多いからだという。たしかにそのとき、バス停には多くの人がいたが、誰一人としてその転んだ人を助けようとはしなかった。

2.経営者の変質

@温州で経営者の夜逃げ続出

 今年の4月から、温州市では経営者の夜逃げの情報が絶えない。8月だけでも20人以上が夜逃げしているという。特徴的なことは、これらの夜逃げした経営者たちが、なんらかの形でインフォーマル金融に手を出していたということである。中国中小企業協会副会長で、温州中小企業発展促進会会長の周徳文氏は、これらの夜逃げした経営者は、実業を放棄して、インフォーマル金融に手を染めていたが、銀行融資の緊縮に伴い、キャッシュフローに問題が生じ、夜逃げせざるを得ない状況に追い込まれたと話している。さらに現在、温州市では企業名や工場建物は残っているが、ほとんど経営されておらず、経営者がそれらを担保にして銀行から融資を引き出し、不動産や株、インフォーマル金融に投入している企業がきわめて多いと語っている。

 温州市中級人民法院の統計データによれば、今年の3〜5月の3か月間だけで、受理した民間融資紛争は2,628件、総額9.3135億元に上っている。つまり温州市では、毎日平均30件、1000万元の融資紛争が起きている勘定になる。また中国人民銀行温州市支行の調査によれば、温州市の約9割の家庭と約6割の企業が、インフォーマル金融に参加しており、その年利は24.4%であるという。

A9月の銀行預金、インフォーマル金融へ流出急加速

 9/22付けの中国証券報は、9月15日の4大国有銀行の預金残高は8月末比約4200億元減少したと発表。通常9月は預金が積み増しされる月であり、減少するのは極めて異例。銀行筋によると、浙江省や広東省など民間中小企業が集中する地域では、中国の金融引き締めのあおりを受け融資難が深刻化したため、月利20〜30%で融通するインフォーマル金融市場が活発化し、そこに資金が流入している模様。審査が通りやすい個人融資で資金を調達し、これを企業に高利で転貸する動きも広がっており、その規模は3兆元(約36兆円)に達したとの見方もある。また当局の規制をかいくぐり、外国からも大量の資金が流入している。

Bハイリスク高利貸しブーム到来

 中国の民間金融(インフォーマル金融)は凄まじい勢いで拡大している。ハイリスクだが高金利。この誘いに乗せられて、企業経営者も一般民衆も民間金融に手を出し、高金利は規制のないまま横行している。沿海地区では3兆元に上る銀行融資残高があり、それらは高利融資の民間金融に流れていると言われている。これらの民間金融の短期貸し出し月利は8%前後、高いものは24.5%にも上るという。国有大企業などでは、本業よりもはるかに高い利益を、この業務で稼ぎ出している。これらの民間金融の構造はマルチ型になっており、親元がいったん崩壊すると被害は甚大なものとなる。多くの識者は、中国発の金融危機を危惧している。

C中国経済の懸念材料

・6/27、財政部の謝旭人部長は、昨年度の中央財政の赤字額が8000億元(約9兆9200億円)に達したと発表。前年対比500億元増。
・中国国家審計署は、2010年末時点の地方政府の債務総額が、10兆7000億元(約133兆円)にのぼったことを明らかにした。これはGDPの30%に相当する額。また同署は、「返済原資の一定割合を地方政府が管理する土地使用権の売却収入に依存している」と指摘し、不動産市況の低迷が地方政府の返済に大きな影響を与えると示唆した。
・中国の大手金融資産管理会社が、「国内商業銀行の多くで2012年以降、不良債権が急増する」との見通しを示した。不良債権化が懸念される融資先では、地方政府が資金調達窓口として設立した投資会社、高速鉄道事故を起こした鉄道省、過剰な生産能力を抱え産業構造の転換が避けられない鉄鋼やエネルギー業界などが上げられている。

・中国工業情報化省は、2011年夏場の全国の電力不足が最大で3000万キロワット前後に達したことを明らかにした。また同省は、金融引き締め政策や原材料・労働コストの上昇、エネルギー供給の逼迫、人民元高などの要素が合わさり、消費の伸びが鈍化、工業生産の勢いは徐々に減速すると予測している。
・中国の家電市場の減速が鮮明になってきた。農村部への家電普及策「家電下郷」を利用した販売が8月にマイナスに転じ、政策効果も息切れ。通年でも市場の伸びは1桁前半との予想が大勢で、各メーカーが相次いで拡大する生産能力が過剰に陥る懸念も出ている。
・9/20、香港各紙は、広東、浙江省などで金融引き締めに起因する中小企業の倒産が相次いでおり、次第に中国北部にも拡大していると報じた。

D中国の「走出去」政策の内実

 8/17付けの日本経済新聞は、「中国、資源買収曲がり角」という見出しで、中国の大手国有企業の海外での資源権益買収が、それらの収益面での困難が相次いで露呈したことによって、見直される状況が生まれていると報じている。たしかにリビアのカダフィ政権への投資など、見事に失敗した例も含め、進出先国の相手企業とのトラブルなどが多い。資源買収に限らず、中国の国外での企業買収の成績は芳しいとは言い切れない。たとえば日本でも、中国に買収された企業が見事に立ち直り、大儲けをしているという話を耳にすることは少ない。中には、本当に中国企業はよく吟味してからこの日本企業を買収したのだろうかと、疑問に思うものもあるほどである。このことは、中国人の日本の不動産購入にも当てはまる。中国人が、日本人ならばまず買わない火葬場の隣地や、産廃地の近辺を買い漁っているからである。つまり中国人や中国企業は買収物件について、よく精査しないで購入する傾向があるということである。それはなぜか。

 昨今、中国の富豪=経営者たちは、海外不動産に巨額の投資をしていると言われている。一説によれば、ロンドンの高級住宅の28%、バンクーバーの新築住宅の29%が、中国人に買い占められているという。中国の富豪たちは、海外の不動産投資を財産確保の一手段として利用しているのである。また昨年、米国のグリーンカードを取得した中国人は、6.8万人であった。同様に、カナダやオーストラリアなどに移住希望の富豪が多い。中国招商銀行の調査によれば、1億元以上の資産を持つ中国の富裕層2万人のうち、27%はすでに海外に移住し、47%は移住を検討中で、この層からすでに相当額が海外に投資されているという。

 今、中国の富豪=経営者たちは、国家のエネルギー・資源戦略を担っているという看板を掲げ、各国との接点を持ち、大きな資金を動かし、その過程で人脈を形成し、それらを通じて海外移住の準備活動を行っていると考えられる。彼らの最終目的は海外移住であり、その事業の成算には関心が薄いのである。これが「走出去」の原動力になっていると考えれば、中国人の手当たり次第の買い漁り行動について、理解しやすいのではないだろうか。

3.政府の変質

@なぜ「SMAPの北京コンサート」は開催されたのか。

 9/16、北京の工人体育場で「SMAPの北京コンサート」が催された。このコンサートは昨年上海で予定されていたのだが、おりからの尖閣諸島問題などの影響で2回にわたって取りやめになっていたものである。それをわざわざ今回、北京で開催することになった理由を、マスコミ各社は「中国政府としては公演を通じて、悪化した日中間の国民感情を改善する契機にしたい意向」と説明している。しかし「なぜ今、中国政府が日中間の国民感情を改善する必要に迫られているのか」については、まったく言及していない。表面的には中国政府がこの時期に、あえて日本に膝を屈する必要はなにもないから、この説明はとても奇異に感じられる。

 9/23〜25、上海でも、上海外国語大学内で、上海総領事館主催の「上海ジャパンウィーク」が開かれ、「AKB48」の公演や着物着付け、茶道講座、大学生のカラオケ大会、コスプレコンテストなどが行われた。大学生など1000人ほどが集まった。共催の上海市人民対外友好協会の兪彭年副会長は、「来年の日中国交正常化40周年を前に、相互理解と交流を深めなければならない」と、この催しの目的を説明している。北京のSMAP公演同様に、この説明も、「なぜ今」という問いの答えにはなっていない。なお、この催しは大学側の警備がかなり厳重で、一般人は入ることが難しく、目的を果たし得たかどうかは疑問である。

 私は、中国政府のこれらの動きは、日本への新たなシグナルではないかと考えている。

A「創新(イノベーション)型国家」への脱皮は可能か。

 中国のR&D投資は2010年度、GDPの1.5%に増え、世界R&D投資の12.3%を占めた。これを特許、イノベーションの観点から見ると、2008年度、中国が獲得した世界特許は203,481件で、日本の502,054件、アメリカの400,769件に次いで多かったが、それは95%が中国国内の特許庁で獲得したものであった。一般に発明家は重要な技術であれば、日米欧の特許庁で特許を同時取得するものである。日米欧の3特許庁で同時に獲得した特許は3極特許と呼ばれ、各国はこの3極特許に注目している。OECDの調べによると、2008年度、アメリカは14,309件、ヨーロッパは14,525件、日本は13,446件の3極特許を獲得した。これに対して中国の3極特許は447件であった。しかも中国が国内で特許認定したものは、現存するテクノロジーに少し変更を加えただけのテクノロジーでとてもイノベーションとは言えないものであるという。つまりR&D投資額や特許数だけで見れば、技術開発面での中国の追い上げが激しいように思われるが、その質の面を見ると、中国はまだまだ途上国の域を抜け出ていないのである。なお、中国の研究者には学歴詐欺者が多く、中国科学技術協会のアンケート調査に回答した30,078人のうち、その半数がそのような人を少なくとも1人は知っていると答えた。また科学技術論文などの剽窃も日常茶飯事であるという。

 胡錦濤主席は昨年1月に開かれた全国科学技術大会で、「創新型国家の建設」を新たな目標に掲げた。この背景には「世界の工場」とまで言われた中国の産業の実態への深刻な危機感がある。労働集約型外資は、近年の中国の人手不足、人件費高、ストライキの頻発などを嫌って、足早に中国を去ってしまった。いまや、産業構造の転換=「創新型国家の建設」は待ったなしの状態なのである。しかしながら中国における創新=イノベーションは遅々として進んでいない。その結果、今、中国政府はなりふりかまわず、先進資本主義国家の最先端企業をまるごと誘致し、この危機を乗り越えようとしているのである。中国の諸都市の政府は、日本にも再三にわたってミッションを送り込み、誘致合戦を繰り広げている。

 9/14、都内のホテルで上海浦東新区人民政府が主催する同新区の最新情報交流会が開催され、同新区の幹部たちが重点産業政策や投資環境の優位性、物流・人材確保・コスト面のメリットを紹介し、日系企業関係者に一層の投資促進を呼びかけた。同新区では、新エネルギー、省エネ環境保護新材料、港湾設備・船舶を含めた先端製造業および販売拠点に加え、統括会社、研究開発センターなどの現代的サービス業の分野での投資に大きな期待を寄せている。

 私は、これが今回のSMAP北京公演の裏に隠された事情の一つではないかと考える。

B外部環境の試練とはなにか。 (下記は、S大学 T元教授の指摘)

 7/01、胡錦濤主席は「党創立90周年記念演説」で、党が「4つの試練」に直面していると指摘した。
 それは「@政権担当の試練、A改革開放の試練、B市場経済の試練、C外部環境の試練」の4つである。
 このうちの「外部環境の試練」とは、何を指すのか。清華大学国際問題研究所長の閻学通教授はそれについて下記のように述べ、胡錦濤主席が「外部環境の試練」を非常に深刻にとらえていることを、裏付けている。私は、この「外部環境の試練」という文言を、「外圧」と読み替えてもよいと思う。私はこれも中国政府を軟化させている要因の一つであると考えている。

・われわれの台頭にとり、国際環境はますます不利になってきている。世界は中国に、より大きな責任を果たすように求めているが、われわれにはまだそのような心構えができていない。
・いま直面している重大な問題は、中国の身分で、中国自身は発展途上国を自認しているが、他の国はすべて中国を途上国とは見ておらず、新興の超大国、あるいは勃興中の超大国、と見ている。ここから中国の国際的責任論が出てくる。たとえば地球温暖化問題で、コペンハーゲンで中国は途上国を含めた多くの国から袋叩きに遭った。これはわれわれがまったく予想していない出来事だった。またたとえば食品安全問題でも、国内販売食品の安全率よりも輸出食品の安全率のほうが高い、という当局の説明は逆効果を生んだ。自国人民に対する責任も果たせないような国を信じられるか?というわけである。
・同様に、和諧社会を提唱するなら、まず国内で和諧社会を構築しなければならず、それを外国に認めてもらうことが必須である。いつまでも外国人にとって投資と観光の場では、世界から尊敬され親しまれる国にはならない。