小島正憲の凝視中国

「中国の外貨準備高3兆ドル突破」への疑問


「中国の外貨準備高3兆ドル突破」への疑問
31.MAY.11
1.「中国の外貨準備高3兆ドル突破」報道。
 4月14日、中国人民銀行は、3月末時点での外貨準備保有高が3兆447億ドル(約254兆円)を突破したことを明らかにした。この発表を根拠にして、多くのチャイナウォッチャーや識者、マスコミなどが、「中国超大国」論を煽り立てている。また多くの日本人企業家たちは、それらの報道をまともに信じて、「中国内需行きのバス」に乗り遅れまいと必死になっている。私は、中国人民銀行が発表した数字自体には間違いはないが、その背景には未発表の多くの事実が隠されており、数字を額面通りに信じることは危険だと考えている。以下に、「中国の外貨準備高3兆ドル」についての、私の疑問を提示しておく。ただし私は国際金融には詳しくないので、これらの疑問はまったく見当外れかもしれない。したがって9月ごろに、以下の私の疑問を叩き台にして、この道の専門家を招き勉強会を行い、真相を究明するつもりである。

2.外貨準備高とはなにか。
 日本経済新聞の5/10付けは、新興国の外貨準備がドルから円や金などにリスク回避する傾向であると報じ、そこに外貨準備の解説を載せている。うまくまとめられているので、それを下記に全文引用させていただく。

外貨準備  政府や中央銀行が保有する外貨建て資産。各国当局が通貨防衛のために自国通貨買い介入実施する際の原資となる。近年は新興国が輸出競争力の維持などを目的に自国通貨売り介入を繰り返しており、外貨準備が急増している。 外貨準備はいざという時に使えるように、流動性の高い資産で運用するのが原則。大部分を安全資産とされる米国債などで運用する国が多い。ただ、最近はドルや米国債の値下がり懸念が強く一部を主要通貨以外の資産や貴金属などに振り向ける動きがある。

3.中国の外貨準備は外資企業のものである。
 一般に中国の外貨準備の源泉は、@貿易黒字、A対中直接投資、B投機資金の流入、の3つだと言われている。この3つの部分を詳細に見てみると、これらのほとんどが、中国の国家資産である部分は少なく、外資企業の保有資産である部分が多い。したがって中国の外貨準備は、中国自身のものではなく外資企業のものであり、中国政府が外資企業のものを、自国のものだと言い張り、勝手に使っているのが実態であるということができる。

@貿易黒字の過半は外資企業が稼ぎ出したものである。
 中国国家外貨管理局の2011年度第1四半期の国際収支統計(5/24発表)によると、経常黒字は298億ドル(前年同期比18%の減少)、うちモノの貿易収支は208億ドルの黒字、サービスは102億ドルの赤字、所得収支は76億ドルの黒字。経常移転収支は116億ドルの黒字。このように2011年度は若干減ったものの、中国は毎年多額の貿易黒字を計上している。しかしながらその約6割は外資企業が稼ぎ出したものであり、貿易黒字分の中の中国企業の分は約4割ほどなのである。つまり中国政府が自由に使える分は4割しかないのである。なお、2011年度第1四半期(1〜3月)は貿易赤字であり、中国が貿易黒字自体を計上し続けることができるかを疑問視する声もある。

 外資企業は当然のことながら、利益は本国に配当として外貨送金を行う。さらに中国が資本取引の自由化を行った暁には、自社の資金を外貨で自由に中国外に持ち出す。つまり現時点の中国の外貨準備は、外資企業から中国政府が一時的に借りているだけのものであるから、多くの外資企業がいっせいに海外送金を行おうとした場合、それを返却しなければならない。したがってそのときのために、中国政府は外貨準備を手持ちで蓄えておく必要がある。

A対中直接投資は外資企業のものである。
 中国商務省は1〜4月の中国への直接投資が388億ドル(前期比31.2%)であると発表。このように依然として中国への外資企業による直接投資は増え続けている。ただし投資内容を見てみると、中国で生産し海外へ輸出するというタイプつまり「中国を世界の工場」として捉えた投資は明らかに減っており、内需拡大への幻想につられた対中直接投資が増えている。つまり「中国を世界の市場」として捉えた内需に向けて工場への投資や、内需流通産業やサービス産業への投資が増えている。もちろん投資は外貨で行われることが多く、しかも最近の傾向は独資が多いことから考えると、この投資資金はほとんど外資企業のものであるということができる。もちろんこれらの外資企業は撤退することもあり得る。外資企業は撤退時にはきちんと清算をし、残余財産を外貨として持ち帰る。したがって中国政府はこれらの外資企業が持ち込んだ外貨を自国のものとして、外貨準備高に組み込むべきではない。

B投機資金は全面的に外資企業のものである。
 中国国家外貨管理局の2011年度第1四半期の国際収支統計(5/24発表)によると、資本・金融収支の黒字は1114億ドルと、前年同期(550億ドル)から倍増した。米国の量的金融緩和などを背景にした世界的な流動性過剰と、中国の内需市場を中心とした高度成長への期待や、人民元高や利上げの結果、投機資金の流入が激増していることを示している。しかしこれらの資金は、当然のことながら外資企業のものであり、中国経済が変調の兆しを見せれば、ただちに中国から簡単に逃避する性格のものである。したがって中国政府はこれを自国のものとして、外貨準備高に組み込むべきではない。

4.中国の外貨管理の特異な構造。
 中国の外貨管理や金融面には、複雑で特殊な制度があり、それが外貨準備高を激増させているだけなのである。したがって、これらの規制を撤廃すれば、中国政府の外貨準備高は激減する。外貨準備高世界一という中国政府発表をまともに信じ、中国が超大国になったと認識するのは明らかな間違いである。なぜなら中国には民間保有の外貨は極端に少なく、日本には政府保有の外貨よりも、民間保有の外貨の方が多く、外貨保有高で国力を比較するならば、日本の方がはるかに多く、超大国であると言えるからである。

@外貨の民間保有制限 : 中国では数年前まで、民間企業が外貨を保有するには上限が20万ドルと設定されており、極めて少額であった。またそれ以上に外貨を獲得した場合は人民元に強制的に兌換され、結果として外貨はほとんど政府に吸い上げられていた。現在でも、民間企業の外貨保有について、銀行で外貨口座を開設することは可能であるが、保有の限度額が設定されている。当該企業に、前年度、外貨収入があった場合はその50%、外貨収入がなかった場合は20万ドルと決められている。ただしこれは国家外貨管理局の通知のため、簡単に変更される可能性がある。
A人民元と外貨の大量自由兌換不能 : 大量の人民元を外貨に兌換するためには、事前の申請や承認が必要であり、ましてや海外への資金逃避目的の送金である場合は認められない。したがって一般に外資企業が中国内で大儲けして大量の人民元を保有していても、それを外貨に兌換して自国に送金することは原則として不可能に近い。
B外国送金制限 : 民間企業にも個人にも、正規の営業活動を除いて送金制限がある。もちろん外資企業が決算、納税後、配当として自国に送金することは可能。ただし清算後の残余財産の自国送金については厳しい監査があり、かなりの時間と労力が必要とされる。
C海外への資本投下制限 : 民間企業の中国外への投資については、禁止されてはいないが、煩雑な申請書類や手続き、審査を経なければならず、海外への資本投下という形態をとっての外貨送金は原則として無理だと判断した方がよい。
D民間企業内部の貸し借り禁止 : 中国では企業間の資金の融通は原則として禁止されている。したがって外資が中国内に複数の企業を持っている場合でも、その企業間で余裕資金を貸し借りすることができず、手持ちの人民元を有効に活用することが制限される。

5.人民元高か、インフレか。
 外貨準備高の異様な膨張は、中国に人民元高を招き、輸出企業を圧迫している。その輸出企業を救うためにドル買い介入をすれば、市中に人民元があふれ、インフレを助長する。インフレ退治のために、政府が人民元高を容認すれば、輸出企業は倒産せざるを得ず、まさに政府は板挟みになっている。私は、外貨準備高を減らすには、資本の自由化を進めることがもっとも効果的であると考えている。しかしながらこの議論は、現在、中国ではほとんど行われておらず、学者たちも巧妙にこれを避けている。私には政府の巧妙な世論誘導の結果であるとしか思えない。以下にそれらの議論を紹介する。

@人民元高か、インフレか。
・中欧国際工商学院の許小年教授は、中国の外貨準備が3兆ドルを突破したことについて、「問題のカギは、為替相場の安定を図るためのかたくなな政策だ。こうした政策が巨額の外貨準備の蓄積を招き、介入のため大量の人民元紙幣を印刷せざるを得なくして、国内のインフレを煽っている」と指摘している。

・中国国家外貨管理局国際収支司の管濤司長は、「中国では人民元相場の上昇を抑えるために人民銀がドルを買って元を売っており、その結果、外貨準備が積み上がっている。売られた大量の人民元は国内で出回ることになるため、外貨準備高増加がインフレ圧力の一因になっている。外貨準備高の増加ペースを緩めることができなければ、物価と不動産価格の抑制をする取り組みは大きく損なわれることになる。また、たとえ不動産価格の抑制ができたとしても、流動性が他の市場に向かい、他の形で資産バブルを引き起こすことは阻止できない」と発言している。

・復旦大学経済学院の孫立堅副院長は、「現在、外貨準備は豊富、流動性は過剰で、当局は人民元の上昇で輸入性インフレ圧力を和らげたいと考えている。同時に経済がゆるやかに成長し、需要も悪くない中、多くの金融政策ツールのうち、政府は人民元の上昇で利上げ圧力を和らげたいとの考えを強めている。一方で、人民元相場が上昇すれば中国の原材料購入意欲がさらに高まるとの思惑で、投機資金が国際商品相場を一段と押し上げ輸入インフレ圧力はむしろ高まる恐れがある。ホットマネーの中国への流入が加速し、外貨準備の増加やベースマネーの膨張をもたらし、物価上昇圧力をさらに押し上げる可能性もある。また、元高で利益率が低下した輸出企業は、本業で儲けることをあきらめ、投資を不動産や株式などに振り向ける傾向を強めている。人民元相場上昇も含め、金融引き締めの効果は限られている。したがって企業減税などを通じて、産業構造改革を後押しする方が望ましい」との見方を示している。

A中国政府が行っている外貨準備高を減らす政策
 中国人民銀行政策委員の夏斌氏は、「外貨準備は1兆ドルで十分であり、余剰資金の運用方法を再考する必要がある」と指摘。中国政府は下記のような政策を打ち出しているが、いずれも「帯に短し襷に長し」という状況である。

・米国債 : 中国国家発展改革委員会経済研究所財政金融室の張岸元主任は、「2003年から2010年までの間に、ドル安のため、中国の外貨準備が総額2711億ドル(約22兆円)の損失を被った。1ドル=6元を上回る水準までドル安・元高が進めば、損失は5786億ドルに膨らむ」と発表し、中国の外貨準備の7割がドル建て資産と予測されているため、危機感を示した。なお、2月末時点での中国の米国債保有高は1兆1000億ドルと世界最大であり、目減りを警戒しユーロ債など運用先の多角化を図っている。

・海外投資 : 中国商務省は1〜4月の中国の対外直接投資(金融関連を除く)は134億ドル(前年同期比17.5%増)と発表。2010年度の対外直接投資額は中国が680億ドル(前年比20.3%増)、日本が567億ドル(同24.1%減)と日中逆転した。

 外貨準備を投資原資とする政府系ファンドの中国投資(CIC)は、2007年に設立され、当初の運用総額は2000億ドル。米投資銀行モルガン・スタンレーなどへの出資を皮切りに、海外投資を拡大。最近はインドネシアの石炭関連会社に出資するなど海外の資源権益取得が目立っていた。しかし金融危機の影響でモルガン・スタンレーなど一部の投資案件では巨額損失を被った。

 また最近ではリビアにおける騒動の結果、中国政府の油田への投資の巨額損失が浮上している。その他の地域への投資もリスクが多く、危険視されているものが少なくない。

 中国当局は2007年に政府系投資ファンド(SWF)や、中国投資(CIC)を設立し、対外投資を拡大してきたが、外貨準備の増加ペースが加速しているため、新たな投資手法を模索している。金額や設立時期、投資対象などは不明だが、資金の一部はエネルギーや貴金属への投資に配分される可能性があるという。

・人民元建て貿易決済 : 中国人民銀行は、年初から4月末までの人民元建て貿易決済額が約5300億元に達し、早くも昨年の通年実績5063億円を上回ったと発表。元の先高感などから、中国本土と香港間を中心に元建て決済が急拡大しているため。人民銀は先ごろ、人民元建ての貿易決済の試験対象地域を年内に全国に拡大するとともに、人民元の資本取引の試験業務も積極的に展開していく方針を明らかにしている。

 英銀スタンダード・チャータードの人民元業務担当幹部は、元建て貿易決済額が2015年までに総額1兆ドル規模に達し、中国の貿易総額に占める比率は15〜20%に高まる見通しを示した。

・産業育成 : 外貨準備を投資原資とする政府系ファンドの中国投資(CIC)は、このほど中国半導体大手の中芯国際集成電路製造公司に2.5億ドルを投資することで合意。現在、中国政府はITなど先端分野で技術力を備えた有力企業の育成を急いでいる。中国のIT関連企業は、香港や米国など海外市場に上場している場合が多く、「外貨準備を産業育成に回す余地は大きい」とみられる。ただし「政府系ファンドが利害関係の複雑な国内の一企業に単独出資するのはリスクが大きい」という声もある。※この部分は、日本経済新聞4/21付けを引用。

その他 : 中国人民元建ての不動産投資信託「匯賢産業信託」が、4/29、香港証券取引所に上場した。世界初の元建ての新規株式公開が中国本土以外で行われた。元の国際化がさらに一歩進んだといわれている。

B外貨準備高を減らすには資本の自由化が最適
 外貨準備高を減らすには、私が4.で述べたような現在中国政府が行っている外貨への規制を撤廃することであり、資本の自由化を行えば、簡単に減らすことができる。

・中国国家外貨管理局の李超副局長は、マクロ経済政策と金融市場の需要との間で矛盾が生じ、投機資金(ホットマネー)の流入圧力が増し続けていると警告したうえで、「こうした矛盾が、人民元の資本取引の一段の開放を難しくしている」と指摘し、「現在は資本取引勘定のうち75%超が、さまざまな段階はあるものの、対外決済ができるようになったが、市場の需要に比べ、開放度合いは遅れている。どのような開放をすすめるべきか、コンセンサスはない」と説明。

6.国家外貨管理局発表統計数値への新たな疑問。
 最近、中国のある経済学者が雑誌に、国家外貨管理局発表の統計数値についての疑問を発表した。その見解を以下に紹介しておく。この主張はわが社の経験上からも、一考に値する。

・外貨管理局の発表では、2009年末までに外資の中国への直接投資が累計で1兆ドルを超えたが、同年の中国の対外資産は1.8兆ドルであり、債権国としての地位を確立したというものである。しかしこれまで外資企業が稼ぎ出してきた利潤については、外貨管理局の発表した統計上にはまったくどこにも反映されていない。この利潤については、ほとんど外資企業の内部に蓄積されており、それらは合法的なものであり、外資が外貨に兌換して海外に送金することを拒否できないものである。したがって当然のことながら、これらは中国の債務として扱うべき性格のもので、10%の投資収益率として計算し、さらにこれらを時価評価すれば、外資企業の中国内資産は2.8兆ドルとなる。つまり中国は現在、1兆ドルの対外債務を抱えていることになる。

7.結論 : 中国の外貨準備は外資企業のものである。
 今年1月、台湾で「2012中國經濟不能?的祕密:一個趨勢投資家的真實告白」(高寶國際出版集團)という著書が発刊された。著者は林洸興氏である。林氏の主張はまさに私の説を裏付けるものである。以下にその一節を紹介し、本稿の結論とする。さらにウィル・ハットン氏の中国経済の予測を付記しておく。

・外国為替資金残高から外国直接投資や貿易黒字を差し引くと、約7300億ドルが残っている。これらの資金は、経済学者にホットマネーと呼ばれている。もし、中国人が所有していない貿易黒字分の半分を加えると、中国から流出可能な資金は1.5兆ドルとなる。さらに、直接投資で現金化(たとえば、不動産や債券の売却)することが可能な金額を含めると2.5兆ドルの外貨準備高の2/3の所有権は外国人が握っていることになる。万が一、これらの資金が中国から撤退することになったら、どのような状況になるであろうか。中央銀行にある外貨準備高は、本来資産となるものではなく、本国貨幣の発行準備あり、中央銀行の負債である。2008年、金融危機のとき、ロシアの外貨準備高はわずか半年の間に、ロシアの外貨準備高の40%に当たる25,000億ドルが流出したそれでも。ロシアの外貨準備の多くは、ロシア人が握っていたので、大きな問題にはならなかった。それに対して、中国では、帳面上では多額の外貨準備高を計上しているが、現実にはその大半を外国人が持っており、極めて脆弱である。

・英オブザーバー紙の元編集長のウィル・ハットン氏は、中国の外貨準備が3兆ドルを超え、過去12か月で6000億ドル急増した事態について、「この異様さは深刻だ。爆発するに決まっている」と断言し、「中国の今の金融システムは、2008年に金融危機に陥ったアメリカやイギリスなどの西側諸国の当時の金融システムより数倍も脆い。財政収入の数倍となる負債を背負っており、しかもその負債の多くは利息も元金も返済されたことはない」と分析したうえで、このようなシステムを抱える中国は今後「大きな危機が訪れる」という見解を示した。