小島正憲の凝視中国

読後雑感 : 2010年 第18回&第17回


読後雑感 : 2010年 第18回 
01.OCT.10 
1.「中国の地下経済」
2.「新編 中国を知るために」
3.「中小企業の中国進出はこうありたい」
4.「チャイナクライシスへの警鐘」
5.「中国の経済専門家たちが語る ほんとうに危ない!中国経済」 


1.「中国の地下経済」  富坂聰著  文藝春秋刊  9月20日発行

帯の言葉 : 「200兆円のアングラマネーが世界経済の運命を決める」

私はこの本で富坂氏が、「中国の地下経済」を正面から取り上げたことに、敬意を表する。多くの点で異論はあるが、とにかくこの視点から中国を分析しているという点で、この著作は高く評価することができる。実際に、中国は「地下経済」に大きく依存しており、その中国が世界経済の救世主にならんとしている現在、富坂氏の論究は、時宜にかなっており、その究明方向は正しい。この本は、多くの日本人の目に触れて欲しい1冊である。

ただし惜しまれるのは、富坂氏が題名に「地下経済」という言葉を使ったため、多くの読者にまずこの本をマフィアが登場するような「うさんくさい本」ではないかという先入観を持たせてしまったことである。私ならば「インフォーマル経済」という言葉を使う。究明している実態は同じでも、この言葉の方が中国社会の中での「地下経済」の合法性と実在性を、より正しく表現しているし、三面記事のような題名から受ける読者の拒否反応をやわらげることが可能であると思うからである。富坂氏自身も本文中で、「“地下経済”と呼ぶのは正確ではない。むしろ中国“第2経済”というべきではないか」という言葉を使っている。しかし、このショッキングな題名の方が、販売数は伸びるかもしれない。

本文中で、富坂氏は幾多の事例をあげ、中国の「地下経済」の規模を、「表のGDPの半分近い数字」つまり「日本円換算で200兆円」と書いている。私はこの数字はあながち誇張ではないと思う。むしろもっと多いのではないかと考えている。この点では、今後の識者の研究成果を待つ。富坂氏がこの本を、この時期に思い切って出版したことに、最大限の敬意を払った上で、以下に私の異論などを付け加えておく。

富坂氏は「地下経済」の主役として、「地下金融」をあげ、多くの実例を示しているが、いずれも読者を納得させるまでの決定打とはなっていない。富坂氏がもう少し注意深く情報を集め、現地に足を運んで検証していれば、この本が中国の「地下経済」を白日のもとにさらす名著になっていたであろう。最近、中国各地で日本の「たのもし講」のようなものが破綻し騒動になっていたり、「ねずみ講」の摘発に反抗する住民の騒動などが起きている。それを丹念に追っていけば、中国全土がそれらに覆われていることを立証できると思うからである。

次に富坂氏にもう少し掘り下げてもらいたかったのは、「地下金融」と、もぐり企業との密着の問題である。現在、中国ではもぐり企業が正規登録企業とほぼ同数存在している。これは2007年の山西省の奴隷レンガ工場摘発の時に明確になったことであるが、その半数以上がもぐり企業であった。また今年に入って私が調査した広東省の花都区でも、そこでは鞄製造のもぐり企業が2万社あった。これらのことは調査を徹底すれば容易にわかることである。これらのもぐり企業が「地下金融」と結びついているのであり、ここに大量の労働者が吸収されており、現在の超人手不足現象が生起してきているのである。

富坂氏は「上海万博にさえ、地下経済のマネーは大量に流れ込んでいて、パビリオン建設を支えたのも地下マネーだった」と語っているが、もう一言、「アメリカ館のスポンサーがアムウェイ(安利)であることがそれを証明している。私はそれを見てきた」と付け加えていれば、読者を心底から納得させられたのではないかと思う。現在、アムウェイ(安利)は、中国最大の企業である。アムウェイが中国の表看板になっていること自体が、中国の経済体質がいかなるものかをもっともよく表現している。もし富坂氏が中国の「地下経済」を追い続けようとするのならば、次作では、この企業だけを専門に究明して行くだけで、より鮮明に「地下経済」を描き出すことができると思う。


2.「新編 中国を知るために」  篠原令著  日本僑報社刊  10月01日発行

帯の言葉 : 「“中国読み”の“中国知らず”に本書を推薦する」 石川好

篠原氏の該博な中国の歴史認識に裏打ちされた本書は、中国を歴史的視点から捉え直してみるという点で参考になる一冊である。篠原氏自身も本文中で、「中国のことを考える時にはやはり中国数千年の歴史と対比してみる必要がある」と書いている。

たとえば「避暑山荘 皇帝と人民」(P.153)では、「康煕帝が万里の長城を修復する必要がない」と語ったという逸話は、文人作家余秋雨の「山居筆記」という随筆集に書いてあると紹介している。私はつい先日、承徳市の避暑山荘に行ってきたばかりであり、この康煕帝の言を聞き及び、それを引用してきたが、その出典までは究明していなかった。篠原氏の博識には頭が下がる。篠原氏のこの項と私の先日のレポートを読み合わせていただくと、認識がより深まると思う。

ただし、あまりにも歴史にこだわりすぎの嫌いがある。たとえば「日本では大量殺戮といえば織田信長の比叡山焼き討ちと石山本願寺合戦ぐらいだろうか」などと書き、日本史の知識が乏しいことを露呈してしまっている。また、「現在、琿春は日本海に面していない。海岸線はロシアと北朝鮮に阻まれている。従って中国の交易はロシアのポシェット港か北朝鮮の羅津の港を経由して行われている」と書いているが、これは「ロシアのザルビノ港」の間違いである。その他、ここでは取り上げないが、細かい点でかなりの現状中国の誤認識がある。

篠原氏は「おわりに」で、「中国では漢民族の同化力によってマルクス・レーニン主義的なものとはかけ離れた、また弱肉強食の市場原理主義的な資本主義ともかけ離れた、本来の東洋人的なひとつの政治思想が生まれて中国を改革すると同時に、東洋に新しい文化をもたらすと信じている」と書いている。また「日本には世界に誇ることのできる平和憲法があるのだから、改めて戦争放棄、無防備を世界に宣言すればよい。日本は高度な精神生活をしていくのだ。他とは絶対に闘わない。人間同士で争わない、いがみあわない国家を造るのだと世界に宣言すればよい」と主張している。この篠原氏の言には、私も基本的に賛同する。


3.「中小企業の中国進出はこうありたい」 安部春之・魚谷禮保著 日刊工業新聞社刊 7月26日発行

この本は、巷にあふれている「中国進出成功物語」の類である。しかし私はこの本を読んで驚いたことが二つある。一つはこの会社が2001年に、初めて中国の上海に進出したことであり、もう一つはそのとき、社長の魚谷氏は65歳という高齢でありながら、現地で陣頭指揮を取ったことである。工場として中国に進出するには、2001年という時期はすでに遅きに失しているし、65歳で陣頭指揮を取るということはいろいろな意味で常識的ではないからである。一般的に人間は60歳を過ぎた場合、どんな健康な人であっても、突然死を想定しておかねばならない。だとすれば会社には、現行の日本の法律上では、高くなりすぎて相続不可能な株の問題など、解決しておかねばならない問題が多々あり、陣頭指揮よりも、自分が長生きすることの方が重要な場合が多いからである。

それでもこの会社は中国で「躍進を続けている」という。魚谷社長も70歳中盤にさしかかっても、この成功談をひっさげて講演に駆け回っておられるようである。私はこのこと自体はすばらしいことであると思うが、この社長の話を聞いて、他企業がこれから中国へ工場進出しようとすることには反対である。この魚谷社長の会社は、日本でも特有の技術を持った会社であり、その強みが中国で生かされたわけである。あまり取り柄のない企業が、浮かされたように中国進出したとしても成功はしないだろう。またこの会社の成功の裏には、偶然の要素もある。魚谷氏自身も、「通訳のユとの出会いは奇遇であった」と語っている。多くの中国進出企業は、通訳に翻弄される場合が多い。その点で、魚谷氏は幸運だったといえるであろう。

魚谷氏は私よりかなり年配であり、戦前に日本が中国で犯してきた誤りについて、それを体験している世代である。残念ながらこの本の中には、そのことについては一言も反省の弁が語られていない。私は戦後生まれである。しかし先輩諸氏の所業について、私の代でなんとかそれを清算しておきたいと考え、日夜、中国の地で行動している。

この本には大きな間違いが1か所ある。「合弁の場合は、中国で儲けた金を持って帰れない」(P.100)と断定していることである。私は合弁企業から、なんどもお金を持って帰った(日本へ合法的に送金させた)。もちろん合弁企業は免税期間中であったから、現地でも税金を支払っていないし、日本でも「みなし外国税額控除」の適用を受けてきた。この点では魚谷氏の主張しているように、必ずしも独資が有利で、合弁が不利とは言い難い。この本を監修しているコンサルタントの安部氏には、この点で見識を新たにしていただきたいものである。


4.「チャイナクライシスへの警鐘」  柯隆著  日本実業出版社刊  9月20日発行

副題 「2012年 中国経済は減速する」

柯隆氏はこの本の最後で、結論として、「2012年から2013年の政権交代期にかけて、中国経済は減速し、一定の混乱期に陥る可能性がある。しかし、それは中国が成熟経済に転換していくうえで必要不可欠な通過儀礼のようなものだと考えられる」と書いている。つまり「2年後の中国の経済は減速する」と主張しているだけであって、決して中国経済が危機に瀕するとか破綻するとか言っているわけではない。したがってこの本の主題の「チャイナクライシスへの警鐘」は、中身とかなり相違しており、副題と入れ替えるべきである。それが今後の中国経済を真摯に捉えようとする人間の良心というものではなかろうか? でもこの副題ではインパクトが少なく、売れ行きはかんばしくないだろう。

本文中の柯隆氏の主張は、過去に多くの中国経済崩壊論者たちが言い尽くしてきたことがほとんどで、目新しい指摘はない。柯隆氏は2012年ごろから経済が減速し、それとともに異変が起きる可能性があり、次期共産党大会を巡る政権交代期に問題が生じると書いているが、私は、中国経済は減速しないと考えている。なぜなら中国政府は、あらゆる財源を総動員して経済を浮揚させ続けるし、中国市場を狙った外資も流入し続ける。さらにインフォーマル金融も肥大を重ね、中国人民に一攫千金つまりチャイニーズ・ドリームへの幻想を与え続けることが可能だと考えるからである。もちろんその結果、中国も先進資本主義国同様の巨額な財政赤字や貿易赤字を抱えた借金大国になる。

柯隆氏は、「いまの中国に取って政治改革は、現状を打破するための唯一のオプションなのだ」と主張しているが、私は、政治改革よりも思想革命が必要だと考えている。これは日本よりも深刻な高齢化社会の到来が間近に迫っている中国が真剣に取り組まねばならない課題である。もちろん日本を含む高齢化社会に突入しようとしている国にとっても、それが人類にとって経験したことがない社会であるが故に、モラル面からの大改革が必要である。おそらく日本の「姥捨て思想」などが復活するのではないだろうか。しかしながら中国は儒教の本家であり、孝行のモラルが徹底しており、人民の間に新たな思想を生み出すことは容易ではないだろう。

また本文中に、数か所、大きな誤認識がある。下記に列挙しておく。ちなみに柯隆氏は富士通総研経済研究所主席研究員であり、政府関係の調査会などを歴任してきたという肩書きを持っている。

・「実際の失業率は9.6%に及ぶ」と論じているが、これは明らかな間違いである。失業率が10%近くなっているならば、巷に労働者がごろごろしているはずだが、現実には中国は人手不足状態であり、ほとんどの工場はワーカー不足で嘆いている。柯隆氏は失業率9.6%の論拠を、「この分野における専門家50人くらいにアンケート調査を行った結果」であると言っている。このようなずさんな調査で失業率10%という結論を出してくる姿勢は、エコノミストとしては恥ずべきである。

・「中国では今も戸籍制度が続いている」と書き、これが大きな問題だと言っているが、現在、沿岸部諸都市では人材確保のために、戸籍制度の改革を競って行っている。また農民も土地を持っていることの有利性に気づき、なおかつ働き口が農村部にも増えたことによって、以前のように都市戸籍を欲しがらなくなっている。戸籍問題は中国にとって、過去の問題になりつつある。

・「不動産市況についても注意が必要だ」と書いているが、他の中国ウォッチャー同様、マンションの高騰現象を論拠としているだけで、土地の値段については一切言及していない。私が何度も言ってきたように、不動産という言葉は、土地とその上屋の総称であり、不動産市況高騰という場合はその両方が高騰していることを示す。したがって柯隆氏が中国の土地がバブル化していないということを知らないのであれば、エコノミストとしては失格であり、知っていながらそれを隠して不動産が高騰しているという表現を使ったのならば、エコノミストとしての良心が問われるところである。

・「あまり日本では報じられないが、中国では年間8万件もの暴動が起こっている」と臆面もなく書いているが、「報じられない」のではなくて、すでにこの情報は過去のものとなり、その信憑性に疑いを持つ人が多くなった結果、「報じられなくなった」のである。このような時代遅れのことをいまだに書くのは柯隆氏ぐらいであろう。


5.「中国の経済専門家たちが語る ほんとうに危ない!中国経済」 石平著 海竜社刊  9月29日発行

帯の言葉 : 「崩壊の危機が迫っている!!」

この本は、石平氏の「ただ乗り中国経済論」である。石平氏は、「今の中国は昔の毛沢東時代とは違って、少なくとも経済問題に関しては、自由闊達な議論がほぼ完全にできるようになっている。政府の経済政策に対するあからさまな批判までも許されているから」、中国内の経済専門家の議論を紹介することによって、中国経済を論じるというのである。いわば他人の論考への「ただ乗り」である。それでもその論考が正しければまだ救いがあるが、残念ながら石平氏は誤った見解を主張する経済学者たちの尻馬に乗ってしまっている。

私は中国内で経済専門家が、自由闊達に議論ができているとは思わない。やはり真正面から政府の施策の誤りを指摘することは不可能である。石平氏は、北京五輪直前の経済失速に直面した中国政府首脳の行動について、「2008年の夏における中国最高指導部の異例の動向」(P.18)と書き、そのときの中小企業衰退の原因を、オピニオン誌のレポートを引用し、「人件費やエネルギー資源・最良費の高騰とアメリカの衰退などに起因する輸出の伸び悩み」と分析している。これは明らかな間違いである。このときの経済失速は、2007年末から私が再三再四警告していたように、胡錦濤政権の「改正労働契約法」の施行の結果である。つまり政府の明らかな失政である。いかに自由闊達に議論できるといっても、現中国ではこの失政を真正面から批判することはできない。したがって経済学者たちはあいまいな言葉で、お茶を濁してしまっている。それをまた石平氏が引用し、間違った結論に行き着いているというわけである。

石平氏は不動産バブルについても、くどいぐらいにその破裂の危険性について書いている。しかし不動産バブルと書きながら、マンションのバブルについての記事や数字はなんども紹介しているが、土地のバブルについてはただの一言も書いていない。またご丁寧にも、「北京中心部の不動産(住宅)価格は、…」(P.67)と書きながら、不動産という言葉は土地と住宅という二つを指すということに、まったく気がついていないようである。もっとも中国内の経済専門家の頭の中でも、それらは分化されていないのだろう。したがってそれらを引用して論を進めている石平氏が、間違っても仕方がないのかもしれないとは思う。

中国で起きている暴動について、石平氏は相変わらず、「群衆事件は年間9万件発生」と書き、数件の実例を挙げ、中国崩壊の危機を叫んでいる。この主張がまったくの誤りであることは、この2年間の私の暴動検証で明らかである。石平氏は少なくとも100件以上の暴動検証を行った上で、持論を展開すべきである。


読後雑感 : 2010年 第17回 
24.SEP.10
1.「蟻族」
2.「外交官が見た“中国人の対日観”」
3.「なぜ、横浜中華街に人が集まるのか」
4.「上海バブルは崩壊する」


1.「蟻族」  廉思編  関根謙監訳  勉誠出版刊  9月30日発行

副題 「高学歴ワーキングプアの群れ」

この本は、今、話題の「蟻族」と呼ばれる中国人若者の生態を、赤裸々に描いたものである。ここに登場する「蟻
族」が、今後の中国を背負っていくわけだから、中国の将来を見極めるためには、一読しておく必要がある。本文
は、序盤が理論的な分析編であり、中盤以降が体験告白編である。まず中盤以降を読んでから、序盤へ進むと「蟻
族」がよく理解できるのではないかと思う。

廉思氏は、「この集団の典型的な特徴は、“大学を出ている”、“所得が低い”、“1か所に集まって暮らしている”の
3点である」と指摘し、この集団を「大卒低所得群居集団」と命名し、それを短縮かつ擬態化して「蟻族」と呼んでい
る。なお、この「蟻族」の大部分は1980年代に生まれた、もっとも典型的な「80后」の集団でもある。さらに廉思氏
は、「“蟻族”の大多数は農村もしくは県級市出身で、家庭の収入は低く、両親は社会の中下層である。“蟻族”たち
は、しっかり勉強して大学に入り人生を変えるのだということを、小さい頃から教えこまれてきた。蛍雪10年、大学
に合格した後も、良い仕事を見つけるために勉強に励んだ。しかし卒業するころになって、確かなコネがないため
に、また“村”に戻るしかないことに気づくのだ。夢破れたその瞬間、思うにまかせない人生を社会のせいにし、自分
と社会とを対立させるのである。これを放置すれば、重大な社会問題を引き起こすことは想像に難くない」と書いて
いる。

なお、この廉思氏らの調査研究は、もともとは個人的興味から出発したものであるが、北京市人民政府委員会から
注目され、専門調査を委託されるに至り、その調査結果は温家宝首相からも重要視されることになったという。

“蟻族”の発生原因について廉思氏は、「ここ数年、社会の大学生に対する求人の増加スピードは、大卒者数の増
加スピードに追いついていない。一方、下級労働者になりうる者や高校あるいは職業専門学校卒業生に対する需
要は増えている。これは、大学教育の大衆化に伴い、大学を出ただけで何の特長もない大量の大学生が、就職に
おいて中途半端な状況に立たされていることを物語っている」、「学校の専門配置と市場のニーズとのミスマッチに
つながり、大量の大学生の就職難を招いている。このため、大学の教育システムと社会の需要とのギャップが、
“蟻族”形成の潜在的な原因となっている」と分析している。

さらに“蟻族”の心理状態について、「“蟻族”の仕事は非常に不安定で、多くの者が絶えず転職してより良い職を求
めている。頻繁な転職により長期的高覚醒状態にあり、各種の学習情報や募集情報に対する高い欲求により情報
に対して非常に敏感になっている」と書き、その行動特性を「“蟻族”は“80后”として、インターネットにもっとも熟練
した集団であり、利益にかかわる意思表明は自然とインターネットを利用し、インターネット上から情報を得て個人
の意見を加え、再度ネット上に返すのである」、「“蟻族”の多くはインターネットの急速な発展と共に成長してきた“8
0后”世代であり、インターネットを通じたコミュニケーション習慣や匿名性、さらに苦しい現状から家族に本当のこと
を話したくないなどの状況により、インターネットとは“蟻族”が外界と交流し憂さを晴らす主要な手段となっている」と
分析している。

その他、廉思氏は“蟻族”について、下記のような指摘をしている。“蟻族”の1か月の平均所得は、1956元で、都
市部の労働者の平均収入を大幅に下回っている。“蟻族”の職業は、男性の大半は、ウェブサイト管理・プログラマ
ーなどの専門技術に従事し、女性の大半は、顧客サービス・セールス・文書作成などの販売あるいはサービス職・
事務職に従事している。“蟻族”は一般的に行動よってその利益を表明することに賛成だが、集団行動に参加する
傾向は強くない。その理由は、「@.まだ集団行動が爆発する臨界点には達していない、A.この集団は高等教育
を受け、民主的傾向を持つと同時に非常に理性的である。このため利益申し立ての選択をする際に、多くが合法
的な利益申し立て方法と合法的なルートによる意志表明を選択する。B.インターネットが、この集団の社会的憎
悪や不満のはけ口となるだけでなく、利益表明の重要な手段ともなりうる。それによって、社会的憎悪の規模と強さ
をある程度減少させ、集団行動を誘発する可能性も下げている」。

この本の体験告白編には、上記以外に“蟻族”の生態として、中国の若者の間に、マルチ商法がかなり広まってい
ること、仲間うちに、こそ泥などが蔓延していることなどの、嘆かわしい事態が進行していることが書かれている。ま
た“蟻族”居住地を縄張りとして、“蟻族”からショバ代を取り立てる“蟻食”のような輩が出現していることなどが記述
されており、驚かされる。

最後に廉思氏は、「“蟻族”は“出稼ぎ農民”や“農民”と同じく弱者の階層に置かれてはいるものの、本質的には全
く違うということを強調しておきたいと思います。“出稼ぎ農民”や“農民”は小学校か中学校のレベルの教育しか受
けてなく、中国社会において将来上昇していく可能性はきわめて限られています。これに対して“蟻族”はみな大卒
者であり、何年かのちには中国社会発展の中堅となるはずの階層です」といい、したがってこの“蟻族”に関心を持
ち、それへの対策を打つことが、「中国社会の持続的発展の可能性」にとってきわめて重要なことであると主張して
いる。


2.「外交官が見た“中国人の対日観”」  道上尚史著  文芸春秋刊  8月20日発行

この本のタイトルは、「外交官が見た」ということを強調しているが、「外交官が聞いた」と訂正した方がよいと思う。
実際、本文中で、著者の道上氏が中国の現場に立ち、直接取材をして書いているのは、1個所のみである。あと
は、ネット上での意見の紹介、中国人知識人との対話、中国青少年との交流の記録などである。これで、「中国を
見た」というのは、ちょっとおこがましいのではないかと思う。  

道上氏は、外務省の所属で、韓国大使館や中国大使館での勤務経験を持っておられ、韓国・中国・日本を比較し
ての論調は鋭い。たしかに道上氏が言うように、中国人は日本人への態度よりも、韓国人への態度の方が横柄で
あることが多い。私も日本で20年間、韓国で2年間、中国で20年間の縫製工場経営の経験を持っているし、ことに
中国では、工場現場で韓国人といしょに働いたことがある。そのときの経験からも、中国人は韓国人を蔑視するよ
うなことがあるといえる。それは歴史上、韓国が中国の植民地のような状況にあったことからきているのではないか
と考える。

以下に、本文中の参考になる個所を少し抜書きしておく。

・北京のエリート高校生の日本修学旅行の体験談

「日本の会社では心を込めて仕事をし、社長になろうとは思わない。一生苦労してそれで満足するそうだ。中国では
ほとんどの人が社長、リーダーになりたがり、部下になるのをいやがる。本当に地道に仕事をする人は、それほど
多くない。国土が狭く資源の乏しい日本が、世界第2の経済大国になり、アメリカに次ぐ発達した国になったのは、
奇跡といえる。彼らの民族性はやや狭隘なのかもしれない。だが、細かいことを大事にし、どんなことでも努力す
る。民族の恨みによって我われが彼らから何も学ばないとしたら、彼らよりももっと狭隘なのではないか?」

・日中青年交流の事務方の中国人若手教師の作文

 この学生は、ボランティアで中国に来ていた優秀な日本人教師の熱心さと温かさに感動し、自分も教師になろうと
決意。「その後いろいろな日本人と出会い、もっと理解するようになった。やさしさ、思いやり、勤勉…。私はすでに
日本語教師になった。これからは私が、後輩にいろいろと教える番だ!」

・中国人の知識人の意見

 「日本人に関して一番心配なのは、社会人も高校生も、“明日は昨日と同じ、10年後もきっと同じようなものだろ
う”とか、“世界のことなど関係ない。考えも及ばない”という内向きな、ダラッとした覇気のなさです。海外について
は、中国の若いビジネスマンのほうが関心が強い。世界の動きが、自分の商売にも自国の評判にも直結することを
誰でもわかっています。広い世界を知りたい、できるものなら、アメリカにも日本にもヨーロッパにも行ってみたいと思
っています。それに、中国では自分の努力と能力次第で、10年後と言わず、1年後が天国にも地獄にもなる。青少
年にとってもこれが当たり前です。だから目の色を変えて頑張る」  


3.「なぜ、横浜中華街に人が集まるのか」  林兼正著  祥伝社新書刊  9月10日発行

この本には、中国情勢に関連する記述はないが、日本での華僑の生き方を知り、横浜中華街の歴史などの知識を

ぶことができおもしろい。

まず林氏は、「一見、繁栄を続けているように見える横浜中華街でも、この4年間に92店舗が閉店に追い込まれて
いった」と書き、したがって「必要なのは、町を復興させることではなく、“町の経営力”によって、町の衰退をいかに
して止めるか、ということなのだ」と主張し、「企業でも同じことがいえる。企業も創業と同時に倒産に向かってエネル
ギーが働いている。何もしなければ、会社は潰れる。したがって、歴代の経営者たちは、企業を倒産から守るため
に必死で働くのだ」と付け加えている。

また林氏は、「町おこし」のためには、「都市計画法」が大きな壁となって立ちはだかると書いている。これには私も
同感である。私が日本で工場を経営していたとき、この理不尽な「都市計画法」にずいぶん泣かされた。反面、これ
にいじめられたお陰で、すっきり日本を後にする決心ができたということもできる。

横浜中華街の歴史については、ペリー来航のとき、開港と同時に外国人居留地の働き手として、多くの中国人が進
出してきた結果、誕生したという。また関東大震災で完全に中華街が倒壊し、大空襲でも全滅するという事態に遭
遇した。それでも戦後の横浜中華街は、日本人のための中華街としてよみがえった。中華街が中国人を対象としな
いで、その地の国の人々を顧客にして成功するのは、世界的にも珍しいという。横浜中華街の住人は、日本人の好
みに合わせた中華料理を開発し、中華街の振興に努力し続けた。

その後、横浜中華街の華僑は資金を出し合って、立派な関帝廟を作った。さらに2006年に媽祖廟を完成させた。
次いで孔子廟なども計画中だという。すべて住人の自己資金であり、横浜中華街を守り抜こうとするその団結力に
は頭が下がる思いである。また危機管理意識も高く、鳥インフルエンザへの対応策など完璧に作成されている。毒
入りギョーザ事件のときも、守りに入るのではなく、徹底的に勉強会を行い、横浜中華街にその悪影響が及ぶのを
防いだという。


4.「上海バブルは崩壊する」  宮崎正弘著  清流出版刊  9月23日発行

  副題 「ゆがんだ中国資本主義の正体」

宮崎節に久しぶりにお目にかかった。しかし今回の著作からは、なぜか今までの毒々しい切れ味を感じることがで
きなかった。再読してみて、その原因が今までの宮崎氏のスタイルであった現地調査レポートがきわめて少なくなっ
たことにあることがわかった。本の大半はニュース解説であり、それらは現地まで足を運んで確認したものではな
い。

宮崎氏が今回の著作で、現地調査を行い書き込んでいる部分は、第6章「旧満州はこれから発展する」であるが、
これも今までの宮崎氏のものと比較すると、上滑りで中身が希薄である。わが社の工場がある琿春市の工業開発
区についても言及されているが、記述は正確さに欠け、実情とはかなり乖離している。読み進めていて、なによりも
驚いたのは、「方正県マフィア」という記述の個所(P.87、P.153)である。宮崎氏は、池袋北口が新興チャイナタ
ウンと化し、それを仕切っているのが「方正県マフィア」と呼ばれる黒竜江省からの方正県帰国者グループであると
書いている。さらに、この方正県というのは、ハルピンから東へ3時間ほどの場所で、中国で唯一例外の日本人墓
地があり、そこに今年5月に墓参してきたと付け加えている。この方正県紹介の記述自体は間違いではないが、
「方正県マフィア云々」という文言は、宮崎氏の誹謗中傷の類ではないかと思う。なぜなら現在、東京で「方正友好
交流の会」が組織され、日本人墓地を維持していくために地道な活動が続けられているからである。私もその仲間
の一人に加えていただいているので、会の広報誌などを読んでいるが、当然のことながら、そこからは「方正県マフ
ィア」の匂いなどはまったく嗅ぎ取れない。まだ私は方正県の現地の日本人公墓には訪れたことがないので、近い
将来、機会を捉えてそこに行き、その後に、この宮崎氏の「方正県マフィア」についての記述について、その真偽を
検証したいと思っている。

この本のタイトルは「上海バブルは崩壊する」だが、上海についての記述は第1章と2章のみであり、中身を適切に
表したタイトルではない。また中身も、バブル経済の分析が浅く、ことに土地の非バブル化については言及されてお
らず、あまり参考にはならない。またバブル崩壊の具体的な日時は書き込まれておらず、この予測が外れた場合を
想定して用意周到に責任を回避しているものと思われる。また宮崎氏は、現下の中国の人手不足について、中国
の深刻な事態として取り上げ記述している。しかし宮崎氏はつい2〜3年前まで、中国の主要な問題は「失業」であ
ると書いていたではないか。いつから宗旨替えしたのか。ついでに宮崎氏は中国が現在、ルイス転換点に近付いた
と書いているが、研究者の間では2003年説も出始めている。宮崎氏は次の本では、さらりとそれに乗り換えてくる
ことだろう。ちなみに私は、中国の人手不足は2003年から発生していると主張し続けてきた。

今回の宮崎氏の著作は、細かいところでもミスが多い。たとえばウズベキスタンにはスターリン時代に朝鮮族が強
制移住させられ、戦後、その同胞を頼って韓国企業がワンサカ進出、とくに起亜、現代はバス、乗用車も生産して
いると書いているが、私が現地で調査してきた結果は、それはワンサカというほどではなく、進出企業も大宇であ
る。

最後に、宮崎氏は「日本はいかに中国と向き合うか」という項を起こし、「円安を自ら作り出し、中国工場をカムバッ
クさせよう」と書いている。そこまで書くなら、いっそのこと「日本は鎖国すべき」と主張した方が、宮崎氏らしいと思う
のだが、いかがなものだろうか。