小島正憲の凝視中国

読後雑感 : 2010年 第19回  


読後雑感 : 2010年 第19回  
19.OCT.10
1.「中国人件費の行方」

2.「中国で尊敬される日本人たち」

3.「今、あなたが中国行きを命じられたら」

4.「知らないではすまない中国の大問題」 

5.「バブル崩壊で死ぬか、インフレで死ぬか」 


1.「中国人件費の行方」  上海時迅商務諮詢有限公司:企画編集  NNA刊  8月18日発行

副題 : 「労働争議とワーカー不足」

私はこの本を手にして思わず、「待ってました」と、大声で叫んでしまった。やっと中国におけるワーカー不足の実態調査報告が出てきたからである。この本はNNA上海が、中国における「ワーカー不足」と「労働争議」について、日系企業へのアンケート調査を行い、それを集約し発表したものである。結論としてこの本は、「マクロ統計指標からみても、企業側の今回の騒動への対応からみても、また中国政府の方針からみても今後人件費の上昇については避けることは非常に厳しい状況となっている」と、断じている。アンケートという調査方法に、限界があることはよくわかっているが、今回、NNAが思い切ってこのような調査を実施したことに、敬意を表する。ぜひ多くの人がこの冊子を購入し、多くの場所でこの調査結果を喧伝し、中国の実態を一般日本人にあまねく知らしめて欲しいと思う。

まず「ワーカー不足」調査については、中国全域の日系企業、1142社へアンケートを依頼し、143社(12.5%)から有効回答を得たという。中国進出の日系企業は公的に把握されているだけでも、2万4千社といわれている現在、143社からの回答では、それは的を正確に捉えているとは言い切れないが、それでも大局は判断できる。この調査結果は「76.9%の企業が、それぞれの地域でワーカー不足が発生していると感じている」というものである。

次に「労働争議」調査については、1762社にアンケート調査を実施し、100社(5.6%)から有効回答を得たという。これも回答数がきわめて少なく、調査という名に値するかどうか疑問である。しかし「労働争議について、どの程度の危機感を持っているか」という設問に対して、「痛切に感じているという企業が全体の20%。感じているが切迫感はないと答えた企業が約80%となっている」と書き、「労働争議への事前対策」についての問いには、「何らかの対策を取ったか、もしくは取る予定と答えた企業が70%」と、記述している。これらの回答から、企業側の労働争議への関心の深さが読み取れる。

私が2003年に中国の人手不足を指摘してから、すでに7年が過ぎようとしている。やっと現在、このような調査報告が発表されることになり、感無量である。それでもまだ「中国には失業者がうようよしている」とのたまうチャイナ・ウォッチャーが大勢いることには、閉口する。


2.「中国で尊敬される日本人たち」  朱建榮著  中経出版刊  9月23日発行

副題 : 「“井戸を掘った人”のことは忘れない」 帯の言葉 : 「知られざる現代日中関係史の実像」

私は朱建榮氏のこの本から、今まで知らなかったことをたくさん知ることができた。日中国交正常化のために奔走した田中角栄元首相の現地での奮闘ぶりや、また共に訪中しその裏方として活躍した大平正芳元首相のことなど、ここには今まで報じられてこなかったエピソードなどが数多く書かれており、参考になった。なかでも田中元首相が、毛沢東主席にひるまず媚びず、しかも一歩も引けを取らず、豪放大胆に振る舞う姿勢を活写している文章は、読んでいて胸がすっきりした。

戦後、中国に残って中国の革命戦争に参加した旧日本軍人たちについても、多くの記述がある。私の周囲にも、そのような経験を持った人たちが居るので、その人たちから話を直接聞いたこともあるし、自伝を読んだこともあるが、中国空軍の産みの親が旧日本軍人だったことは聞いたことがなかった。旧日本軍人が育てた多くのパイロットたちが、その後の中国空軍の幹部将校になったという。その他、多くの旧日本軍人が革命戦争に参加しており、彼らは中国の軍人と共に国民党軍と戦い、いわば戦友の関係となっており、日本へ帰国後は日中友好のために身を投じる人が多かったという。しかし残念ながら、今日では彼らも高齢となりそれらの人脈も途切れ、貴重な日中の架け橋が失われつつある。

この本の中では、残留孤児から身を起こし、中国で生き抜き、中国で有名となった人も紹介されている。それらの人々は、ほとんどが戦後の悲惨な状況の中で、中国人に助けられ生き延びている。そしてそのことに恩義を感じて、あえて日本に帰国せず、中国の地で活躍し続けているのだという。私はこのような話を聞くたびに、中国人の人情の深さに胸を打たれる。

この本の後半では、建国後の中国の経済建設に貢献した日本人が紹介されている。中でも、伊藤忠の藤野氏が中国に、商社として一番乗りした経過が詳しく書いてある。この活躍が、現在の中国大使の丹羽宇一郎氏に結実しているのである。

1991年から中国政府側は中国の経済建設に尽力した外国人に、「外国人専門家 友誼賞」を贈るようになった。その数は2009年までの約20年間で、1099人(年平均50人)に及んでおり、その受賞者の中では日本人が一番多いという。ちなみに私の大先輩の(株)サンテイの常川社長は1994年に、不肖私は1997年にこの賞を受けている。


3.「今、あなたが中国行きを命じられたら」  高田拓著  ビーケーシー刊  8月2日発行

副題 : 「失敗事例から学ぶ中国ビジネス」

帯の言葉 : 「中国人を使う、中国人に使われる、新たな時代の幕開け」

この本は、中国市場に出かけて行こうとしている営業畑のビジネスマンには、かなり役に立つと思う。これまで中国への工場進出に対する書物は多かったが、この本のような「販売はもちろん、物流、回収、債権管理、社員の採用・評価・躾、幹部育成・組織運営の現場を紹介したもの」は少なかった。なによりもこの本には失敗例が豊富に記されており、読んでいておもしろい。

私は題名を見て、どうせ俗っぽいハウツー本だろうと思いながら、読み進めていったが、その中身の濃いことに驚いた。わずか5年ほどの中国勤務で、これほどのノウハウを身につけた高田氏に、敬意を表する。

最近のホンダやトヨタの部品工場のストライキについても、その分析は正しい。この点で4.で紹介する書物とは大違いである。また「中国では残念ながら性悪説が対処の前提であることをしっかり肝に銘じておく必要がある」という指摘には、まったく同感である。

細かい点でも、「中国には日本ではあまり見られない購買特質、商慣習がある。たとえば面子による“見栄市場”がまだまだ存在する」とか、「新製品商談は書類を渡さない。新製品開発情報は会社の秘密事項であり、文書での配布は場合によっては命取りになる。商談では新製品情報はすべてペーパーレスにして、パワーポイントで説明せよ」と忠告し、「クレーマーがネットワーク化され、企業の不備を突いてくる現象が見られるようになった」と警戒を呼びかけている。

さらに高田氏は、「(通訳には)さらに宴会となると別の苦難が待っている。私が話し、彼が通訳し、相手が話し、彼が通訳する。要するに彼はほとんど食事をする時間がない。まして、飲酒を禁じられている。腹は減るし夜は遅いし肉体的にもたいへんなのだ。宴席が終わったあと、私はいつも通訳を誘って夕食をもう一度した。“ご苦労様”、このような気配りのできない日本人は通訳者を使いこなせないし、仕事も満足にできないのである」と書いている。私は通訳者に一度もこのような配慮をしたことがなく、このくだりを読んでいて、大いに反省させられた。


4.「知らないではすまない中国の大問題」  サーチナ総合研究所  アスキー新書刊  8月10日発行

帯の言葉 : 「現代中国の実情が2時間で解る!!」

この本は、中国での調査業務を専門とするサーチナ総合研究所が著したものであるが、本文中の中国情勢の分析には中途半端なものがほとんどである。この調査機関からの報告を真に受けて、中国へ進出しても成功するとはとても思えない。この本を読んで間違った中国認識を持つよりは、「知らないですませ」た方が得かもしれない。

まず第1章で、「なぜホンダ工場で過激なストライキが発生したのか?」との質問を投げかけ、ぐだぐだとその回答らしきものを書いているが、その中に、2007年末の「改正労働契約法」の強制実施については、一行も触れていない。このことだけを見ても、この本の杜撰さがよくわかる。現在の中国の労働争議の多発は、「改正労働契約法」の強制実施にその原因があることは、衆目の一致するところである。

また「中国の“不動産バブル”は本当に崩壊するのか?」と問いを発し、「現在の中国は高度成長の真っただ中。仮に中国当局の失策によって“不動産バブル”がはじけたとしても、急速な経済成長によって地価や株価が支えられるため、崩壊にまで至るとは考えにくい」と、ヌケヌケと答えている。本文中で、筆者たちは不動産価格という言葉を使いながら、マンション価格のバブル現象のみを取り上げ、地価についてはまったく言及していない。そして最後に論証抜きで突然、地価という言葉を使っている。おそらく筆者たちはこの矛盾にまったく気付いていないのであろう。

その他、「グーグルはなぜ中国から撤退したのか?」とか、「なぜ中国は餃子中毒事件の犯人逮捕を突然発表したのか?」など多くの設問を掲げ、それらしき回答をしているが、いずれも的外れなものが多い。それぞれの事件についての私の小論と読み比べてみていただければ、それは一目瞭然であると思う。

この本の最終に近い部分では、「中国人の“強国意識”は本当に高まっているのか?」と問いかけ、「経済の高度成長が続き、世界における中国の存在感が高まっているにもかかわらず、“自国は強国だ”と答える人が減っている」と書き、その理由を、「中国は世界でもっとも矛盾が際立つ国だ。中国経済が急速に成長し続けている一方で、深刻になりつつある国内の社会矛盾が国民の自信に悪影響を与え、国際社会での中国の地位に対する判断にも影響している」と分析している。この分析自体は間違いではないが、私は、「中国が経済大国になったという認識自体が幻想の産物であり、実際の中国経済は他力依存型の延長上にある砂上の楼閣である。人民の生活実態も経済大国のものとはほど遠い。その幻想と実態の落差が、人民に強国意識を持たせ得ない真因である」と、考えている。


5.「バブル崩壊で死ぬか、インフレで死ぬか」  石平・有本香著  WAC刊  9月29日発行

副題 : 「不動産国家・中国の行方」  

帯の言葉 : 「もはや中国のソフトランディングはありえない いまこそ日本企業は中国のクライシスに備えよ!」

この本に書かれているのは、無責任論者の放談の類であり、すでに言い尽くされてきたことの繰り返しである。読むのは時間の無駄である。

石平氏も有本氏も、知識人ぶっているが、学問的常識がかなり欠落している。たとえば有本氏は、「(中国人が新幹線に乗って感心するのは)速いとかきれいとか、そんなことじゃない。新幹線の車窓から見える田舎の景色を見て、田舎なのに道路にも家にも畑にもどこにも汚さが見えないとか、小さな家でもきれいに生垣が回してあるとか、そういうことに感動する」と書いているが、その新幹線も開業当初は京都駅の八条口あたりの整備のためにかなり紛糾した歴史を背負っているのである。そのようなことを知っていれば、こんな皮相な見方はできないはずである。このような常識欠如の記述は、本文中の随所に見られる。

また相変わらず、チベットやウイグルの擁護論を声高に論じているが、チベット族やウイグル族が漢族を殺害したり、漢族商店を破壊・略奪しているという客観的事実を、一切記述していない。実際に中国で起きている事態について、両氏とも色メガネをかけずに直視するべきである。

両氏はこの本の結論として、「まず日本企業はすでに中華鍋で焼かれているというか、これから煮られるかして食われてしまう」といっているが、大きなお世話である。なぜなら企業家は、「ビジネスはハイリスク・ハイリターンである」ということをよく知っており、そのような事態の到来こそが、「大儲けのチャンス」だと考え、それを手ぐすね引いて待っているからである。また「二つ目、中国経済の崩壊によって大量の難民が発生して、日本めがけて押し寄せてくる」と書いているが、これも北朝鮮崩壊時に起こりうる事態として、すでに言い古されてきたことであり、それが物理的に不可能なことであるということも多くの論者によって論証済みである。さらに「三番目に貧しい人たちの暴動が頻発するようになり、彼らの目を外に向けさせなければならない」と、中国の軍事的脅威を書き立てている。たしかにそのような事態の生起する可能性がまったくないとは言い切れないが、それをただちに紛争へと結びつけてしまうのは短絡的である。

有本氏はダラム・サラへ行き、ダライ・ラマに会ったということを看板にして売り出している。私はダラム・サラにはまだ行ったことがないので、彼女の見解についての是非を論じることはできない。できるだけ早い機会に、私もダラム・サラに行き、彼女の見解を実地検証してみたいと思っている。