小島正憲の凝視中国

万博中国館と上海環球金融中心の共通項 


万博中国館と上海環球金融中心の共通項 
21.DEC.10
1.万博中国国家館。

 10月末、上海万博は中国政府幹部の目論見通り、入場者数が7千万人を突破し、大成功という賛美の声とともに無事に閉幕した。その後上海万博事務局は、万博期間中に入館できなかった来場者のために、中国国家館を12月1日から来年5月31日まで、半年間、再公開することに決定した。12月1日に再開したところ、予想外に大勢の人がつめかけ、5日の日曜日には3万人を超える参観者があり、入場券を購入するまでに4時間待ちという万博期間中さながらの盛況となった。そこで朝9時から夕方5時までということにしていた参観時間を、午前の部と午後の部に分け、さらに入場券も翌日の分のみを前売りすることにし、混雑緩和措置を取ったという。

 私は上海万博が、まったく内容のない箱物展示会であったと見ている。つまり「入場者全員が中国政府の壮大な詐欺に引っ掛かった」と思っており、それはとても大成功などとは言えないものだと考えている。それでも今まで、上海万博の目玉として評判の高かった中国国家館を見たわけではないので、上海万博全体を酷評するのは避けてきた。私は今回、この再公開という情報を目にし、20元の前売り券を購入しさっそく行ってみた。

  

 中国国家館の入り口は、地下鉄の駅から歩いて5分ほどのところにあった。入り口の近辺には、万博開催中の入場整理用の柵がまだ撤去されず延々と設けてあった。私は炎天下、そこに多くの入館希望者が椅子・日傘・水筒の3種の神器を携えて、数時間根気よく並んでいる姿を想像しながら、その真ん中に空けられた1本の通路を、寒風に後押しされ、すいすいと通って行った。それでも入館者は結構多く、人の列が途切れることはなかった。

 上海万博公式ガイドブックは、中国国家館の建物について、「パビリオンは“東方の冠、栄える中華、天下の穀倉、豊かな人々”という設計理念のもとに造られ、中国文化の精神や気質を表現しています」という案内を載せている。たしかに赤く太い梁を、逆ピラミッド形に組み上げた中国国家館は、さすがに遠くから見ても、よく目立つ立派な建築物である。また近寄って見てみると、それはのけぞって見なければならないほど巨大で、見る者を圧倒する勢いのある建物である。この建物は、今後数十年間、上海に君臨し、中国人の誇りとしての上海万博を、世界に喧伝し続けることであろう。

 ガイドブックは中国国家館の中身について、「館内展示は“探索”を主軸とし、“東方の足跡”“探索の旅”“低炭素の未来”という3つのゾーンに分けられており、“探索”の中で都市の発展における中華の知恵を発見しようとするものです。館内では中国の30年あまりの都市化の過程をさかのぼり、都市化の規模とその成果を振り返りながら、中国の都市開発の理念と伝統を捜し求めることができます。それにつづいて、1本の“知恵の道”が来場者を未来へと導き、中国の価値観と発展感のうえに立った未来都市への発展について考えます」と書いている。

 入館して私は、このガイドブックに沿って、まずエレベーターで14階まで上り、“東方の足跡”というゾーンに入った。そこは三方が大画面になった部屋であり、入るとすぐに大音響とともに映写が始まった。画面がめまぐるしく変わるので、私は頭をくるくる回転させながら、映し出される情景を追っていった。最後には鶴がたくさん写し出され、それが天井まで飛んで行ったので、しばらく仰向きでそれを見続けることになった。結局、15分ほどの時間だったが、「30年ほどの都市化の歴史」が勉強できたというよりも、なにか忙しく首を動かしていたという印象の方が強く残った。その部屋を出て、廊下沿いに歩いて行くと、壁一面に大きくて長い「清明上河図」が描き出されており、その中の人物などが生き生きと動いていた。たしかに北宋の時代の街の状況を知るには、おもしろい企画だと思った。さらに進んで行くと、動く歩道があり、それに乗っていくと、「秦の始皇帝の馬車」の展示の前を通過するようになっていた。

 次に私は“探索の旅”という名の第2ゾーンに入った。しばらく並んで、遊園地のカートのような物に乗った。それは軌道上をゴトゴトと走り出し、古い時代の橋や新しい時代の高速道路などを模した地形の中を通過した。ものの10分ほどで終点になったとき、私の頭の中に、印象強く残ったものはなにもなかった。

 さらに私は“低炭素の未来”という名の第3ゾーンに入ってみた。そこには丸い円筒が数本並び、いろいろな掲示がしてあったが、それらを丹念に見ている人は少なかった。そこを出ると、すぐに出口の表示があり、長い下りのエスカレーターで外に出るような仕組みになっており、階下には貧弱な土産物売り場があるのみだった。

 以上が中国国家館のすべてであり、この館の中身はお粗末そのものであり、見るべきものはほとんどなかった。ここに入っても、「中国の価値観と発展感のうえに立った未来都市への発展について考え」ることは、絶対に不可能であると断言できる。上海万博を象徴する中国国家館でさえ、中身がこのように貧弱なのだから、「上海万博とは中身の乏しい箱物展示会であった」と言っても過言ではない。

2.上海環球金融中心(通称:上海森ビル)。

 上海環球金融中心(通称:森ビル)は、2008年に6月に竣工した。それは中国一の高さを誇り、現在、上海の顔となっている。しかしながらこのビルは、当初から地盤の弱さが指摘されていたり、また上海市政府のいやがらせなどもあり、加えて「家賃が高過ぎる」などの問題を抱えており、その将来を危惧されていた。私は2008年10月に、竣工したばかりのこのビルに取材に行ってみた。まず、下記にそのときの報告記事の一部を再録し、その後に、現況を記す。

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早くも森ビルに罰金240万円  25.OCT.08

1.早くも森ビルに罰金240万円。

 時事速報:10/20によれば、上海で開業したばかりの高さ492mの超高層ビル「上海環球金融中心」の展望台で飲食提供を伴うイベントを開催したのは消防法に違反するとして、上海市当局が9月下旬、森ビルに16万元(約240万円)の罰金を命じていたことがわかった。森ビルは「当局の指導に従う」として既に罰金を納付済み。問題となったのは、フランスの有名ブランド「エルメス」が9/8・9の両日、世界で最も高い100階(高さ474m)の展望台などを会場に使い行なった秋冬物のファッションショー。上海の消防当局は、飲食場所としての防火審査を経ていない展望台で飲食を提供したのは違法な用途変更に当たると判断した。

 関係者は展望台で火を使った調理などは行なっていなかったが、新たな観光名所として注目を集める施設だけに、当局は厳罰で臨んだものとみられると話しているが、通常は警告ぐらいで済むところなので、いやがらせではないかとの憶測も出ているという。

 この記事を読んで私はさっそく「上海環球金融中心」(通称:森ビル)に行き、100階に上りその場をカメラに収めた。そこは定員が240名ほどの狭い場所で、ファッションショーを行なうスペースなどを考えると、観客は100名ぐらいしか入れないようであった。多分、森ビルの宣伝効果を考えたプライベート・ショーが行なわれたのではないだろうか。

このビルの最上階つまり100階まで上るには、1人=150元という高い入館料が必要だった。関係者の話では、すでに上海の観光名所の中に組み込まれており、天気がよければ4000人ほどの観光客が上るという。私が行った日はあいにくの曇天だったので2000人ぐらいということだった。ざっと計算してこれだけでも月間2億円ほどの収入があり、森ビルの商売も勝算ありというところかと思った。当然、すぐ側にある東方明珠台(テレビ塔)の観光客を奪っているわけであり、やっかみの結果が罰金だったのかもしれないと思った。

 しかし森ビルの入居率はまだ45%前後と言われており、そこに突如として米国発金融恐慌が襲ってきた。このあおりで欧米系投資銀行はリストラの真っ最中で、「環球中心の出資者でもある米モルガンスタンレーと入居交渉しているのは事実だが、契約はまとまっていない」(日本経済新聞:10/19)とのことであり、1年後に入居率90%を目指すという算段は少々危うくなってきたようだ。家賃も上海市内のオフィスビルと比べると、3〜6倍とかなり高い。すでに日系企業11社が入居しているそうだが、投資額1250億円を回収するのは、当初の予定の約12年では無理なのではないだろうか。ニューヨークのあのエンパイアー・ステート・ビルでさえ、完成が1931年で、経済大恐慌の真っ最中と重なりテナントを集めるのにたいへん苦労したという。それでも森ビルには観光客の月間2億円の臨時収入があり、これが強い味方になると思われた。

2.森ビルにライバル出現。

 10/09、中国のネット上に「中国で一番高いビル(高さ580m)が12月から着工」のニュースが映像つきで流れた。それによると、中国で一番高いビル=上海センタービルには米ゲンスラー建築設計事務所の「竜型」案が採用され、森ビルの隣地に建てられるという。すでにその模型が上海都市計画館に展示されており、2014年には工事が完成する予定。その暁には、金茂ビル・上海環球金融中心ビルと鼎立し、上海観光名所になると報じられていた。

 この上海センタービルは森ビルよりも90mほど高く、内部には9つの「空中ガーデン」が作られ、ビル全体にはオフィス・ホテル・店舗・娯楽施設などが計画されている。また1200人が観賞できる多目的ホールや2000台が収容可能な駐車場も併設している。森ビルは金融関係のオフィスを顧客として建てられており、娯楽施設はない。森ビルが東方明珠台から観光客を奪った最大の理由はその高さである。その森ビルが高さという取り柄を失う以上、娯楽施設を兼ね備えている隣の上海センターに観光客を根こそぎ奪われ、臨時収入が激減することが予測される。さすがに中国の事業家たちはしたたかである。


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 2010年12月現在、上海環球金融中心(以下、上海森ビルと記す)は「ピサの斜塔」のようにはなっておらず、外見上は威容を保ち続けている。しかしながら、依然として入居率は50%前後で推移していると噂されており、当初の目論見の「1年後の入居率90%」には、まったく届いていない。それどころか最近、テナントの撤退が目立つようになってきたという。それに追い打ちをかけるように、12月13日、中国中央テレビ(CCTV2:財経番組)が夜8時のゴールデンアワーに、上海森ビルの苦境の暴露報道を行った。

 その番組では、まず地階にある小売店舗の撤退が相次いでいる最近の状況を描き、経営者たちに口を開かせその理由を明らかにした。ある経営者は、「このビルの地階は人通りが少ない、その割に家賃が高いので、ほとんどの店舗が赤字経営を余儀なくされ、撤退していく店舗が多い。その上、ネズミが多く、駆除仕切れない。私は空きビルだから仕方がないと思って諦め、違約金を払って撤退することにした」と話した。

 次にこの番組では、記者にこの上海森ビルの賃貸責任者に取材をさせ、彼から「入居率は70%」との答えを引き出した。それを受けてこの業界に詳しいコメンテーターを登場させ、「この界隈の入居率は80〜90%が普通で、70%という数字は悪い方である」と発言させた。続けて「しかもこの数字は信頼できない。私の聞き取り調査では入居率が店舗部門で20%、オフィス部門で40%である」と言い切らせた。最後に彼は、「森ビル入居者の契約期間は3年が多く、ほとんどの入居会社が来年の6月ごろに満期終了を迎える。したがってこの時期に移転する会社が相次ぎ、入居率はさらに低くなるだろう」と、予測発言をした。

 私は知人からこの報道番組のことを聞き、わが耳を疑った。その入居率の低さとネズミ騒動を信じることができなかったからである。さっそくわが社のスタッフに上海森ビルに赴かせ、実地検証をさせた。やはり店舗部分の人通りはきわめて少なく、空き店舗も多く、開店中の経営者たちの話は一様に暗く、店舗の撤退を考えている業者もあった。ただしネズミ騒動については、確認できなかった。オフィス部門については、実際に空室が目立ったので、入居者に聞き取り調査を行ったところ、やはり空き部屋が多いという。さらにそれを確認するため、仲介業者数社に電話で聞いたところ、入居率は50%前後だという回答を得た。

 なおそれらの仲介業者によれば、上海森ビルの入居率が悪いのは、他のビルに比べ、家賃が高いからであるという。ちなみに上海森ビルのオフィス部門の家賃は1u=15元/日で管理費は1u=35元/月、近辺のビルの相場は家賃が1u=6〜10元/日で管理費は1u=28〜30元/月であるという。さすがに最近、上海森ビルも家賃の値下げを検討し始め、すでに裏では1u=12元という声も聞かれるようになったようだという。しかもフロアーごとの売却の可否についても勘案されているようである。

 上海森ビルは当初の家賃で、しかも入居率90%として、資金回収は12年との計画であった。しかし家賃が40%ダウンで、しかも入居率が低いという状況では、資金回収どころか追加融資が必要となるのではないか。なおかつもし隣の上海センタービルが完成した場合、ざっと入居者が移転するかもしれない。その外見の威容に反して、上海森ビルの財務内容(中身)は厳しく、将来はきわめて暗いと言わざるを得ない。中国経済絶好調の現在でさえこの有様であるから、中国のバブル経済が崩壊した場合、この上海森ビルはまさに「無用の長物」となる。


3.中国経済は「砂上の楼閣」である。

 現在、マスコミを始めとしてほとんどの報道が、「中国経済絶好調」を讃え、挙げ句の果てにその中国に「世界経済の牽引役」を期待しているほどである。たしかに中国全土が建設ラッシュで沸き立ち、外見上は経済絶好調である。しかもマスコミの「中国はGDP世界第2位」、「外貨準備高世界第1位」などの報道を、識者までもが鵜呑みにしてしまい、付和雷同しそれを増幅している始末である。しかし中国経済は、まさに上海万博や上海森ビルと同様に、外見の威容とはうらはらに、中身はきわめて乏しく、それには「砂上の楼閣」という表現がぴったり当てはまる。日本の経営者はそのことをよく理解した上で、中国での金儲けに邁進するべきである。