小島正憲の凝視中国

日本人(経営者)はビジネスモラルを守れ


日本人(経営者)はビジネスモラルを守れ
06.JUN.09
最近の中国では、ビジネスモラルに欠ける日本人(経営者)が目立つようになってきた。


1.日本人が中国人を騙す?


@取り込み詐欺か?


5月13日付けの上海新民晩報で、日本人経営者の夜逃げ未遂事件が報じられた。従業員の給与総額200万元
を未払いのまま日本へ夜逃げしようとした日本人経営者が、昨年10月浦東空港で阻止された。しかしこれに懲り
ずに11月に長春空港から出国しようとして再びつかまり、観念したその経営者は残余財産を処分して支払いを完
了したという。


私たちのような善良な日本人経営者にとっては、中国の新聞にこのような記事が掲載されることは、日本人経営者
の信用が一挙になくなってしまうのでたいへん困ることである。これは興味本位のデッチ上げ記事かもしれないが、
新聞記者に格好の題材を提供しないように、日本人経営者は襟を正しビジネスモラルを守って、経営に携わるべき
である。


私はこの記事を読んで、なにか釈然としないものを感じたので、もう少し詳しくこの事件を調べてみた。すると事態は
この記事とはかなり違うということがわかった。またこの日本人経営者と中国側との間にはかなりのトラブルがあっ
た模様で、双方の主張にはかなりの隔たりがあった。その会社はA(上海)有限公司といい、上海の外高橋に登録
住所があり、営業事務所は徐匯区にあった。また日本の本社名は株式会社B、所在地は東京都内であるということ
が判明した。


ネット上に飛び交っていた≪中国側の言い分≫を読んでみると、このA公司が中国で取り込み詐欺を働いていたよ
うな印象を受けた。さっそく営業事務所のあったビルに行って、周辺で聞き込み調査を行ったところ、このA公司は
2008年2月にこの場所から転居しており、どうも現在、仕入先との間で裁判中のようであるという。そこでその仕入
先の一軒に電話をかけてみた。するとそこの営業課長つまり実際の取引関係者が事件について詳しく話してくれ、
この件については5月末に判決が出る予定だが、ひとまず債権者リストをFAXで送るという。そのFAXには24社の
名前が列挙してあったので、私はこれは本当に取り込み詐欺ではないかと思った。


その営業課長の話によれば、A公司は1998年に中国に進出した。当初のビジネスはまともであったという。ところ
が数年後から、商品を仕入れしても代金の一部を支払うだけで残金を滞らせるようになり、請求してもなにかと文句
をつけ支払わなくなった。


そしてA公司はどんどん仕入先を変え、次々と代金を踏み倒していったので、上記のような多くの債権者が出る始
末となった。踏み倒した総額は800万元(約1億1千万円)に上るという。


私は元従業員にも話を聞いたみた。A公司の従業員数は30人ほどで、200人という新聞報道は誤りであった。
しかし未払い給与や退職金、長年の出張手当などを含め労働債務200万元(約2800万円)は一部未解決であ
り、従業員の中にはあきらめて故郷に帰ったものもいるという。元従業員や債権者は、このような日本人経営者の
仕打ちにたいへん怒っており、私は彼らから「ぜひとも日本国内でマスコミなどに訴えてもらい、この問題が早く解決
できるように協力して欲しい」と頼まれた。


日本の東京都内の本社Bを訪ねてみたところ、B社の社名を示す看板が入り口にも郵便受けにもなく、どことなく不
自然な感じを受けた。大家さんが事務所内ではいつも5〜6人の社員が働いていると話してくれた。なおその事務
所内には関係者しか立ち入れなかったので、電話をかけてみたところ、社員は落ち着いた雰囲気で、とても取り込
み詐欺を働くような会社には感じられなかった。ちょうど社長が在社されており、電話口に出てしっかり応対してくれ
た。


≪日本側の言い分≫として、社長は「2年前に上海法人の責任者であった日本人社員が横領などの事件を起こし
たので解雇した。ところが彼が中国人女性と組んで、A公司の名前を無断で使い、中国法人を設立し引き続き悪事
を働いた。それが今回騒がれている一件ではないか。またその後、買い付けを担当させていた中国人社員が賄賂
を取ったり、商品の横流しをしたりしたので解雇をしたところ、彼がネット上で誹謗中傷をし始めたのである。


私はこの数年で中国ビジネスについてはこのような理不尽なことがたくさん起こるということがよくわかったので、ネ
ット上での悪口にもしばらくの間、静観することにする」と冷静に話してくれた。なお、社長は浦東空港でも長春空港
でも足止めされたことはないと強調した。


私は両社の言い分を聞いて、できうれば日本人社長に軍配を上げたいと思った。事態が少し落ち着いてから、社
長自らの口で、新民晩報に異議を申し立ててもらいたいものである。なぜならそれが日本人の信用回復につながる
からである。


A代金踏み倒し。


先日、私の知人の日本人コンサルタントのところに、瀋陽の中国民営企業(B公司)から、日本に商品を輸出したが
代金が送金されてこないので、日本で債権を回収して欲しいとの依頼があった。彼はすぐに日本で該当企業(C社)
を訪ねたが、そのときにはその企業がすでに自己破産したあとで、手の打ちようがなかったという。


彼から聞いたC社の手口は次のようであった。取引当初、C社の日本人経営者は、中国のB公司に製品の委託加
工を依頼した。そのとき資材は日本からの輸入で無償提供であった。半年ほどは順調に仕事が回った。そのうち中
国資材に変わったが、前回までと同様に無償提供であった。あるときから資材の購入依頼があり、取引形態が製
品商売になった。しかし支払いはそれまで通り、製品輸出後の現金決済であった。それでも最初の2〜3回分の支
払いは順調であった。ところがだんだん支払いが滞るようになり、とうとう総額100万元ほどになった。仕事も極端
に薄くなってきたので、心配になったB公司の総経理がC社に支払いを強く請求すると途端に仕事が切れ、現地に
派遣されていた日本人技術者も姿を消した。結局、製品の代金は未払いのままとなった。


2.日本人が日本人を騙す。


@寸借詐欺。


最近では、日本で倒産した企業が中国に逃げてくる例も出てきた。

日中両国で経営を行っていた企業が日本側で倒産した場合、日本の債権者が中国にある企業にまで債権回収を
迫ることはかなり難しい。したがって経営に行き詰った企業の中には、日本にある企業を計画的に倒産させ、中国
にある企業のみを存続させ、その後一族郎党こぞって中国側に移住してくるような例がでてきているのである。


また上海などの都会では、経営者だけでなく営業マンや技術者が酒や女で身を持ち崩し、日本の会社や妻子から
見放され、日本に帰国できなくなっている日本人も少なくない。


日経新聞の高樹のぶ子氏の連載小説「甘辛上海」は少々オーバーだが、「紅子さん」はともかくとして、「松本氏」な
らば容易にそのモデルの名前を、私はすぐにたくさん思い浮かべることができる。これらの日本人は今、日本に生
活拠点を失い、まさに戦前の大陸浪人ならぬ、大陸浮浪者となっている。そして彼らが中国で正常に生活している
日本人の間で、寸借詐欺を働いている話をときどき耳にする。いずれ彼らが、いろいろな悪事に手を染めていくの
は時間の問題であろう。  


今や、ビジネスモラルを守らねばならぬのは、経営者だけでなく、技術者や営業マンなど中国へ来ている日本人全
員である。したがって私は今回のテーマに日本人(経営者)と、わざわざかっこをつけることにしたのである。


A知的財産権の侵害。


日本の大手コンビニチェーン(L社)の中国の合弁公司が、こともあろうに日本企業(N社)の商標登録済みの「招き
猫」のコピーを中国で作り、それを大量に景品として使った例もある。


N社の社長が中国にあるL社の合弁公司の日本人副総経理に抗議を行ったところ、彼は「それは中国のオリジナ
ルのものなので、知的財産権の侵害ではない」と強弁した。その商品は「招き猫」であり、どう考えても中国人のオリ
ジナル作品であるとは言い難いものであったので、納得できなかったN社の社長は、次いで日本の本社に抗議を申
し入れたが、それは握りつぶされた。仕方がないので、N社の社長は中国で裁判に訴えた。裁判所はひとまず受け
付けたが、資料などが未整備であるという理由で再提出を求め、事実上審議には入らなかった。この間に、そのコ
ピー商品は中国で大量に出回り、日本にも逆流してきたので、N社の経営は大きく圧迫され倒産してしまった。


このように日本でならば絶対に行わないような破廉恥な行為を、海を隔てて、日本の大企業が堂々と行っている例
がある。


B銀行や商社を手玉に取る。


海を隔てると経営状況がつかみにくため、企業実態が誇大に伝わり、それに日本人が騙されることもある。


中国に、同業者でやり手の美人女性社長で有名な会社がある。彼女は先日もある出版社から、「輝く女性経営者3
2人」として紹介されたばかりである。その本には彼女は1995年に中国へ工場進出し、自力で幾多の困難を乗り
越え、大成功したと書かれていた。


それを読んで私は、彼女が最初に中国へ工場進出したとき、彼女の頼みで北京や広東省の湛江などに同行し工
場適地を探して回ったことを思い出した。結局、浙江省で合弁工場を作ることになり、ひとまずそこの幹部を数人、
私の上海の工場に受け入れ養成することになった。ところがこの幹部連中のレベルがきわめて低かったので、私
は彼女にこの工場との合弁を再考するように提言した。彼女はこの私の意見を無視し合弁工場を開始に踏み切っ
た。私も無料奉仕だったので、それ以上の深入りをしなかった。そして数年後その合弁工場は見事に失敗した。


5年ほどたって、彼女はふと私の上海の工場に現れた。わが社の工場経営ノウハウを勉強させてくれというのだ。
私は彼女の厚顔にいささか驚いたが、懇切に工場を案内した。彼女はわが社のCADシステムや物流システムに興
味を示し、ぜひ教えてくれという。CADの方は人材育成も含めて手伝ったが、その後上手に私の会社の人材を引き
抜かれた。


物流システムについてはそれが他の貿易会社との共同開発であったので、その会社を通してシステムを導入しても
らうように頼んだが、彼女は勝手にわが社のシステムを模倣して独自で押し進めてしまった。本の中で、彼女の工
場はITで武装し、最新鋭の設備を導入していると紹介されているが、内実は以上のようである。


なぜかこの美人社長は、銀行や商社などと付き合うのが上手であった。10年以上前に、彼女から誕生パーティー
に招待されびっくりした。丁重にお断りしたが、そのときこれが彼女の商売手法かと感心したものである。3年ほど
前、彼女は「チャイナビジネス」という本を出版した。中身はひじょうに立派なもので、弁護士かコンサルタントの手に
よるものだろうと思わせるほどであった。これがかなり売れ続編まで出た。


今や彼女は並み居る中国事業のコンサルタントを押さえ、中国事業の第一人者となった。彼女の信用は天にも昇
る勢いである。しかし彼女の中国の企業の現状については、だれも深くつかんでいない。銀行や商社は引き続き取
引を拡大している。


3.日本人(経営者)はビジネスモラルを守れ。


中国でのビジネスは、いまだに反日意識が残っているだけに難しい面がある。それでも多くの日本人の努力によっ
て、日本人は信用されてきた。ところが最近、その信用を逆手に取って詐欺を働く日本人が出てきた。日本に逃げ
帰るにせよ大陸浮浪者になるにせよ、それは本人の勝手だが、中国の大地で根を張ってビジネスを展開している
人たちにとっては、これらの行為はたいへん迷惑である。せっかく築いてきた日本人の信用がなくなってしまい、ビ
ジネスができなくなってしまうからである。だから日本人(経営者)は、絶対にビジネスモラルを守らなければならな
い。

 しかし現実はどんどん悪化しており、上述してきたような事態は増えることはあっても減ることはない。したがって
中国におけるビジネスでも、日本国内のビジネスと同様に、信用調査を十分にするべきである。たとえ相手が日本
人であっても油断してはならない。