小島正憲の凝視中国

高速鉄道事故は他力依存の必然的帰結 


高速鉄道事故は他力依存の必然的帰結 
27.JUL.11
1.技術面での砂上の楼閣の露呈。

 私は中国の不幸を待ち望んでいたわけではないが、中国版新幹線と呼ばれる中国の高速鉄道では、必ず大事故が起こると思っていた。なぜなら鳴り物入りで6月30日に開通した北京〜上海の中国版新幹線は、開通直後から故障が相次ぎ、中国のメディアも「5日間で6回の故障」とその安全性に疑問を投げかけていたからであり、これに対して中国鉄道省の王勇平報道官が「日本の新幹線でもよくあること」などと釈明しながら、「現在は慣らし運転中」であるから」と弁明していたからでもある。私はこの報道に接し、中国鉄道省がこれらの微少災害を軽視し続ければ、それが必ず大事故につながるという思いを強くしていたのである。

 それにしても中国が自慢していた高速鉄道で、こんなにも早く大事故が起きるとは、私も想定外であった。つい最近、中国鉄道省はこの高速鉄道について、「すべて中国が自主研究して生み出した技術であって、他国の知的財産権を侵害した事実はない」と主張し、先進各国で国際特許申請手続きを行う強気の姿勢を示していた。これに対して、中国に鉄道車輌などを輸出していた日本を含む各国メーカーは、その特許申請について警戒すると同時に、「中国の高速鉄道技術は各国からの寄せ集めであり、安全性に疑問が残る。高速鉄道は運行ソフトが重要であり、その面を軽視している中国の高速鉄道には大事故が起きる可能性がある」と指摘していた。はからずも今回、その見解が的中したわけである。そして今回の事件で、中国の技術面での「砂上の楼閣」の一端が露呈したのである。 

 以前から私は、「中国が世界一の高さ、速さ、大きさなどにこだわる」ことに疑問を感じ、ニュース短評などを通じて、その裏面を報じるようにしてきた。それに対して読者各位からは、あまりにも否定的に描き過ぎではないかという声もあった。しかし私は今回の事件を目の当たりにして、もっと早くもっと強く、中国の技術が「砂上の楼閣」であることを、喧伝すべきであったと後悔している。以下に、なぜ中国の技術が「砂上の楼閣」であるかを、簡単に記述する。詳細についての論究は、「現代中国情勢研究会」で行いたいと考えている。

2.ケ小平の改革開放は自力更生路線の放棄。

 ケ小平は、毛沢東の自力更生路線をかなぐり捨てて、改革開放政策によって中国経済を建て直そうとした。改革開放というと聞こえはよいが、つまり他力依存で中国経済を浮揚させようとしたのである。もっと平たく言えば、「中国の資産や人手を外国企業に売りつけ、外資の知恵や技術、資本を利用することによって、自分たちはさしたる苦労をせずに、中国経済を先進国に近づける」ことを目指したのである。それを実行するにあたっては、無尽蔵であった人的資源や国有で売却自由の土地(使用権)の存在が、絶好の条件を提供した。その結果、外資は怒濤のように中国に進出し、ケ小平の目論見は見事に成功した。その反面、中国には他力依存体質が、骨の髄まで染み付いてしまった。

 その後中国はGDP世界第2位の経済大国になったものの、意外に早く人的資源の枯渇つまり人手不足が生起し、売却できる土地も無尽蔵ではなくなり、加えて外需不振、公害問題など、経済は高度成長につきものの多くの問題点を抱えるに至った。中国政府は産業構造の高度化を志向せざるを得なくなり、現在、これを声高に叫んでいる。しかし中国はこれもまた他力依存で解決しようとしている。ことに広東省では、省内から労働集約型産業を追い出し、その後に知識集約型やハイテク型の産業を根付かせようと企図し、豪華で広大な科学技術工業園区などを造成した。広東省は産業構造の高度化を自力更生で行おうとしたが、それは目算通り進まず、科学技術工業園区は閑古鳥が鳴く始末となった。反対に労働集約型産業は予定通り姿を消しつつある。慌てた広東省政府は、先進各国に積極的に工場進出を呼びかける行動に打って出ている。たとえば7/25には東京で、「日本の品質を広東省珠江デルタで実現」というキャッチフレーズで、「日本経済貿易合作交流会」を開催し、日本の最先端企業を必死で呼び込もうとした。同様の日本詣での試みは湖北・河北・江蘇・天津・上海など多くの他省でも展開されている。もちろん他国にも積極的に誘致活動を行っている。つまり中国は、産業構造の高度化を、再び、他力依存で成し遂げようという腹なのである。

 「産業構造の高度化は他力依存ではできない」、これが私の持論である。産業構造の高度化には自己革新が不可欠だからである。また先進各国もすべてこの道を通ってきた。ところが中国は生来の「商の民」であり、「工」を極めることは得手ではない。しかも現代の若者は一人っ子で、現場で汗を流し苦労して技術を習得したり、開発に専念することを極端に嫌う。少しでも楽な方へ逃げようとする。たとえば若者たちの間では、工場内で自らの技術を磨き、それで自分の生活を向上させて行こうと考えるよりも、ストライキをして賃金を上げることやジョブホッピングをして待遇をよくしようとする傾向が主流である。日本で行われてきた改善運動なんて、さらさらやる気がない。他方、企業経営者は他社の開発した技術を盗用したり、借用したりすることに目を光らせており、自社で苦労して自主開発しようとする姿勢が少ない。また工場経営者の大半は人手不足や労働争議の頻発に嫌気がさしており、工場経営などの実業よりも、手っ取り早くカネの儲かる株や不動産取引といった虚業に精を出している。つまり中国は、上から下まで、産業構造の高度化を他力依存で成し遂げようとしているわけで、自力更生の精神を捨て去ってしまっている。これでは中国には、自前の技術は根付かない。これが、私が中国の技術が「砂上の楼閣」であるという論拠である。

3.権力基盤強化のため虚勢を張り、他力依存を隠蔽。

 中国共産党の主導する政府は、先進各国のような民主主義的な選挙を経ておらず、国民の負託を受けているわけではなく、その意味で正当性を持っていない。したがって国民の支持を引きつけ続けるためには、経済の高度成長とその配当が不可欠である。また世界に政権の力を誇示し、国民に精神的自己満足を与え、求心力を保持することも必要である。それが北京五輪や上海万博の開催となり、宇宙開発やのっぽビル、高速鉄道の建設などとなっているのである。またありとあらゆる数字を動員し、GDP世界第2位や外貨準備高世界第1位という幻想を振りまいているのである。中国政府は、「中国は世界一、高く、早く、強く、大きい」ということを喧伝し、中国人民を催眠術にかけているわけである。

 この宣伝効果は抜群で、中国人民に「中国は他力依存の国」であるということを、まったく忘れさせることに成功している。中国の大地はすみずみまで外資に買われており、頭脳は借り物であり、産業構造の高度化まで他力依存で達成しようとしている国なのに、中国人民は自分たちが世界に君臨しているかのように錯覚してしまっている。その結果、中国人民からは謙虚さが消え、傲慢さがにじみ出すようになり、それが借り物技術の寄せ集めを自主開発であると虚勢を張らせることになり、大事故につながらせてしまったのである。

4.中国の虚勢が世界を走らす。

 問題は、中国政府の宣伝が、世界のすみずみまであまねく行き届き、世界中の右も左も、中国の虚勢にだまされてしまっていることである。現在、中国の「GDPは世界第2位。外貨準備高は世界第1位。中国内需が世界経済を牽引する」なとどの宣伝文句に、真っ向から反論しているチャイナ・ウォッチャーや学者は少ない。さらに「中国は産業構造の高度化に失敗する。バブル経済は崩壊する(8/02発行のエコノミスト誌は、「崩壊へ秒読み中国バブル」という特集を組んでいるので、次回、これを検討する予定)。国家財政や地方財政は疲弊している。年金システムなどは早くも崩壊の危機に瀕している」などの論究も少ない。 

 私は、中国が現在の成長を維持している大きな要因の一つは、「世界の市場を目がけての外資の流入」であると考えている。驚くなかれ、外資の流入は、中国が「世界の工場」であったときよりも、現在の方が多いのである。この資金が中国経済の活性化とバブル経済の維持に、そして中国政府の存続にかなり役立っているのである。なにしろ中国政府にとっては、外資の流入は「無償の援助」であるからである。中国政府は、「中国は世界の市場」を演出し、「中国市場は儲かる」という幻想を振りまき、世界中の商人と資金を寄せ集めているのである。しかもそれらの「取り込み」には門戸を開放しておき、「逃げ出し」には厳しい制限を課している。実に上手な作戦である。

5.高速鉄道への疑問。

 「4兆元のヤケクソ財政出動」の結果のインフラ整備政策で、飛躍的に拡大され始めた高速鉄道建設は、もともとその採算性が問題視されていた。従来から高速鉄道計画に批判的な北京大学の趙堅教授は、「近距離は高速鉄道が役に立つが、遠距離は飛行機の方がよい。高速鉄道の膨大な建設費はやがて国家財政の重荷になる」と指摘している。先月から運転を始めた北京〜上海の高速鉄道も、チケットが高い(片道で410〜1750元)ため7月後半に入っても乗車率が低く、早くも赤字経営を懸念する声が上がっており、実際にコスト削減のため臨時運休が4本出ている。航空各社は北京〜上海路線のチケットを値下げ(最安値は400元)して対抗したため、減少率は小幅にとどまっているという。このような時に、今回の事件が発生したわけであり、おそらくかなりの顧客が高速鉄道を避け、飛行機を選ぶことになり、ますます高速鉄道の赤字幅は拡大することになるだろう。私の周辺の人たちからも、「やはり飛行機にする」という声が多く聞かれる。中国ではすでに、北京―天津、武漢―広州、鄭州―西安、上海―南京、上海―杭州の間で高速鉄道が運行しているが、この5本の路線はどれも「乗車率の確保」という課題を抱えており、深刻な赤字経営に陥っているという。

 鉄道省汚職で解任された劉志軍元鉄道相は、「時速350キロの高速鉄道網を全国に敷設する」と公言していた。しかし彼の解任後、ただちに高速鉄道の最高速度は300キロ以下に変更された。これについて鉄道省の元幹部は、「時速350キロは、劉志軍元鉄道相が世界第1位に固執し、安全性を損なっても速度を優先した無理な設定だった」と暴露した。これも世界第1位を追いかけなければならない中国政府の宿痾の結果である。

 中国政府は高速鉄道を輸出の柱に据えようとしていたが、先ごろブラジルの高速鉄道入札から撤退したと伝えられていた。中国政府は撤退の理由を入札条件と投資額設定が厳しいからだと説明しているが、専門家は撤退の理由を、中国の海外進出経験と準備不足にあると分析している。今回の大事故の発生とその事後処理の経過から考えて、中国政府が高速鉄道を輸出の柱にしようとする政策は、大きく頓挫したといえるであろう。

 ここまで書き終わって、読者各位に送信しようとしていたところ、大先輩から事故の詳細にわたる情報が寄せられた。

 やはり先頭車両は証拠隠滅のため、地中に埋められたというのである。現場で一部始終を見ていた記者によれば、証拠物件がぎっしり詰まっている運転席部分も壊され、穴の中に押しやられた。なお鉄道部が隠匿したかったのは、指定業者「河南輝煌科研」の信号システムのようであるという。この事件の背景には巨額な鉄道利権問題が絡んでおり、今後、政権内部の権力闘争に大きく波及していくことであろう。

 おりしも7/23、厦門密輸事件でカナダに逃亡していた頼昌星が強制送還され、北京空港で逮捕された。建国以来、最大の密輸・汚職事件の主犯とされ、12年間の逃亡の末の結果である。これも中国共産党内部に大きな衝撃を与えるものと予測されている。ネット上では、「杯をあげて祝う人、寝付けず寝返りを打つ人、恐れおののく人、いずれにせよ誰一人寝られないだろう」と揶揄する文言も踊っている。私は頼氏が拘束されていたバンクーバーのマンションを見物しに行ったこともあるが、まさか強制送還という事態になるとは思っていなかった。ここしばらくは、中国政権内部から、目が離せない状況が続きそうである。