上海発中国万華鏡・林一氏からの便りI

上海ディズニーランド−重い使命を担ってスタート


上海ディズニーランド−重い使命を担ってスタート
上海発 2010年11月17日
 上海万博が終わって間もない11月6日、上海の各新聞のトップ紙面に「上海ディズニーランド正式調印、全面始動へ」という内容の記事が出た。そしてテレビでも同様のニュースが流れた。私はこのニュースに接し、少し狐につままれたような気がした。と言うのは、上海ディズニーランドが建設されることは確か1年程前に決定されていると思っていたからである。それで担当の作文のクラスでは、「ディズニーランドと私」というテーマで宿題を出したりもしていた。だから今頃何故という気持ちだったのだ。

  

 新聞記事を丹念に読んでみると、私の早とちり、誤解であったことに気が付いたが、多くの中国人の認識とそれ程の差はないようでもあるのだ。昨年10月の「上海ディズニーランド建設へ」のニュースは、上海市政府のディズニーランド建設計画が中央政府関連部門の審査・許可を得たことに発するものであった。このニュースを正式スタートと勘違いしたのは私だけではなく、建設予定地の農民、不動産屋、開発業者もこの「勘違い」に基づいて一斉に動き出したのだ。

 地下鉄2号線川沙駅(川沙駅のある2号線延長線の開通は、万博開幕前の今年3月)近辺のマンション価格が暴騰し(当時は政府のマンション価格抑制、調整策はまだ出ておらず、上海のマンション価格は高騰を続けていた)、立ち退き予定地の農民の一部が急造のバラック小屋、テント小屋を自分の農地に建て始めた。新聞に載ったバラック小屋、テント小屋の写真を見て、その意味がすぐに理解できないようではこの中国では生きていけない。上海市政府も慌てて、立ち退き補償金の算定は厳格に行い、急造の建物は一切資産と認めないと発表した。それにしてもこのような子供じみた行為がまかり通るのが、中国の近年の大建設、大発展の裏面でもあるのだ。なにしろ農地、住居の立ち退き補償金の金額は、上海、北京、広州、深センなどの一線都市では、そこに住む「老百姓」(一般庶民)の年収の二ケタ違い、二ケタ違ってさらに2、3倍する位の額なのだ。土地、住居の立ち退きを巡って、「老百姓」と政府の虚々実々の駆け引きが全国的に繰り広げられているのも、現代の中国の一側面なのだ(時には暴動になるのもあるし、少数ではあるが「老百姓」の中には焼身、飛び降り、服毒などの決死の手段で抗議する者も出ている)。それにしても急造の建物はないだろうと思われるかも知れない。しかし算定する側の政府の一部の役人と農民が結託したとしたら、このような子供じみた行為がとんでもないお金を生み出すこともあるのだ。このようなことを書き出すとキリがないので、話をディズニーランドに戻したい。

 
高速道路・リニア高速鉄道の向こうが建設予定地

 2010年11月5日、上海ディズニーランド有限会社とウォルト・ディズニー社が「上海ディズニーランド」建設で合意し、正式調印がなされた。両社が設立した合弁会社「上海ディズニーランド社」(登録資本金3億元=39億円、1元=13円で計算、以下同じ、上海側の出資比率57%、ウォルト・ディズニー社側43%)が事業推進母体となる。話は込み入るが、上海側には上海ディズニーランド有限会社の他に上海国際旅行・休暇地区管理委員会なるものが存在する(ディズニーランドを核とした周辺地域の開発の責任、権限を有する共産党委員会)。両者の関係は、首相と共産党総書記の関係と同様のものだ。

 中国ではすべての政府機関、国有企業、大学などに、この二つの組織がある。 上海にも上海市長と上海共産党委員会書記がいて、書記の序列の方が高く権限も大きい。いずれにせよ、ディズニーランドの中国側には二つの組織があるということだ。そして上海ディズニーランド有限会社への出資者は錦江グループ(25%、ホテル業)、上海テレビ放送グループ(30%)、陸家嘴(45%、マンション、商業ビル開発業)ということなので、同社は完璧な国有会社(実質は上海政府の)である。そしてこれからの段取りだが、合弁会社の「上海ディズニーランド社」が建設許可願いを中央政府に提出し、審査・許可を得る運びとなる。とすれば、11月5日の正式調印も万が一の場合は、やれやれ糠喜びの可能性もあるのか。

 そもそも上海市がディズニーランド誘致を進めたのは10年以上も前のことらしく正式調印の時、上海市長は「長い長い恋愛期間を経て、ようやく結婚許可書を手にした」と喜んだ。ところで正式調印が万博終了の5日後であったことは意味深長である。私企業であるウォルト・ディズニー社が重視、懸念するのは採算性、端的に言えば入園客数である。ウォルト・ディズニー社が万博の最終的な入場客数を見てから決断したのも当然の経営判断だろう。

 結局、上海万博の入場者数は目標の7000万人を越え7300万人に達したのだが、今から思えば目標数の7000万人は、何が何でも突破しなければならない数字だったと言えよう。実は万博の序盤は入場客の入りが少なく目標数の達成も危ぶまれた。そのような中、ある日突然上海市600万世帯に無料の入場券(160元=2000円)と交通カード(200元=2600円)を配ることが発表された(総額260臆円の大盤振る舞い)。その当時、日本人が集まると外国人にも配布されるのかが話題になったものだ。私は60歳以上の者には入場券が100元=1300円になることを知り安いと思った(中国の観光地の各種入場券の納得のいかない料金に較べて)ので、3枚購入した。 そして何とか3枚消化した9月中旬に、勤務する大学から普通入場券を1枚頂戴した。 私はもう十分と思っていたので、その入場券は記念に取っておくことにした。 9月、10月頃、街角で「万博入場券買います」の小さな広告を立てたおっちゃん、おばちゃんが小さな椅子に座っていた(これ以外にも各種カードの現金買取りをやっている)が、こういうものでも商売になるのだなと感心したのだった。私のささやかな体験からも、7300万人の数字には少なからぬ努力数字が含まれていると思われる。

 話は少し変わるが、10月の中旬頃から「十一五」、「十二五」という文字が新聞紙面に盛んに出るようになった。 テレビでも「十一五回顧、十二五展望」というタイトルの画面が繰り返し出るように

なった。これは、「十二次五ヵ年計画」(2011〜2015年、十一次の時から「計画」ではなく「規画」という言葉になった。「計画」経済のイメージを少しでも払拭したいものと思われるが、ここでは馴染みのある「計画」で通したい)が、10月15日頃の中国共産党第十七会中央委員会第五次全体会議において正式に承認されたことによるものだ。 これからの段取りはこの共産党中央の立てた計画に基づいて、各地方政府、国有企業などが自身の計画を立てる運びとなる。

 「十二次五ヵ年計画」は、今後の中国の動きに極めて大きな影響を持つもので、これから折にふれ具体的な姿が明らかにされていくだろう。簡単に言えば「十二次五ヵ年計画」の精神は、経済発展方式の転換、輸出依存から内需依存へ、経済構造の転換・高度化、先富論の見直し共富論の模索である。

 上海でもこの「十二次五ヵ年計画」に基づいて、「上海十二五」を立てることになるが、なんと上海ディズニーランド(完成予定は奇しくも2015年)は「上海“十二五”重要支柱」(新聞の見出し)なのである。直接投資規模250億元(3250億円)、波及効果を含めた総投資規模1715億元(2兆2300億円)のビッグプロジェクトではあろうが、一遊園地にこんな国家プロジェクト並みの重要な使命を託して大丈夫なのだろうか。これではミッキーマウスもいつも笑顔を振りまく訳にはいかないだろう。

 一私企業であるウォルト・ディズニー社はこの事態をどのように見ているのか興味深い。

 今年は上海の浦東開発からちょうど20年。その間の大建設、大発展は確かに目覚しく、「中国模式(モデル)」の輝かしい成功例と言えるだろう。成功体験という言葉があるが、過去の素晴らしい成功の体験が時には新しい事態への適応の足かせになることと理解している。「十二五」の上海ディズニーランド計画と「中国模式」の成功体験が、私にはダブって見えてならない。

 

 ある日、ディズニーランド建設予定地と近くの川沙の町(浦東国際空港と上海市街地の中間にある)を見学に行った。上海市街地の南西部にある上海師範大学から、バスと地下鉄を利用して一時間半ほどで行ける。 川沙駅の南側にある建設予定地の端とおぼしき付近まで、駅から歩いて30分位だ。

 しかし建設の息吹はまだ感じられなかった(新聞記事によれば施設内の連絡道路の建設が始まり、クレーンも何本か立ち始めたということだ)。帰りに、駅の北側にある川沙の町に行ったが、町の中心はにぎわっていた。しかし田舎っぽい雰囲気が色濃く、勤務する大学のある嘉定区の中心とあまり変わりはない。

         
         地下鉄2号線川沙駅(地上)                    川沙の街の様子

中国は都市と農村の経済的、文化的格差が大きいことは良く知られているが、同じ上海市の中においても市街地と郊外(地下鉄で1時間ほどの距離)の違いが驚くほど大きい。一点豪華主義という言葉はこのような時にも使えるのか。このようなことを考えながら帰りは、川沙のバスターミナルから上海駅行きのバスに1時間45分揺られて帰ってきた(料金65円)。 私は東京ディズニーランドには一回行ったきりで、大阪のユニバーサルスタジオにはまだ行ったことのない人間だが、上海ディズニーランドには必ず行こうと思った。そして帰りにもう一度川沙の町を散策してみたい。