上海発中国万華鏡・林一氏からの便りB

沸騰都市・上海を考える


沸騰都市・上海を考える   
上海発 2009年10月26日
 

 NHKの特集番組で紹介された「沸騰都市」の一つである上海で生活するようになって二ヶ月近くになる。 

 ところで「沸騰」とは何かと考えてみると、理科の現象としてのそれは分かりやすい概念だろう。
 つまり水が熱して100℃に達し泡がぶくぶくと沸き起こってきて、水蒸気がもうもうと立ち昇ってくることだ。
 何もわざわざ温度計で測る必要はない。極めて単純な自然現象と言えるだろう。


 では水ならぬ都市が、わけても私が関心を持つ中国・上海が沸騰しているというのはどのようなことだろうか。

 同番組で紹介された他の「沸騰都市」であるダッカ、ドバイ、東京と単純に比較して考えてみる。

 ダッカは人間があふれているが高層ビルが少ない、ドバイは目をむくような高層ビルが建設されているが人間が少ない。

 東京の沸騰は局部的で温度計で測ってみないとよく分からない。

 しかしこれらの都市と違って上海は、とくにその繁華街は(一つや二つではない!)人間が次から次と沸き出してくるようだし、市街地には高層ビルが林立している。しかも、さらにニョキニョキ立ち上がってくるようなのだ。
(市街地は東西南北、360度の方向にじわりと広がりつつある)

 つまりその沸騰ぶりが非常に分かりやすいのだ。


 高層ビルについては次のような経験を紹介したい。

 上海に来た翌日、黄浦江に架かる盧浦大橋に行った。日本の新聞で廬浦大橋の橋のてっぺんから、黄浦江の両岸に跨る現在工事中の上海万博会場が間近に見られるという記事を読んだからである。

 橋のたもとで38元(1元=14円として約600円)の入場料を払い、エレベーターで十何階か上がり、そこからアーチ状の鉄橋のてっぺんまで歩く。

 きちんとした階段があり歩きやすくなっているが、何しろ上り階段なので何度か休憩した。

 9月初めのことなので暑さを心配したが、川の上の相当高い所なので吹く風が涼しく爽快だった。
 橋のてっぺんにはちょっとしたプラットホームが造られ、万博会場をゆっくり見渡せるようになっている。でも観光客がその時は5人位と少ないのは意外だった。

 写真で見知っていた中国館の赤くて太い鉄骨のビルを眺めて、やって来た甲斐は少しあったかなと思った位であまり印象深いものではなかった。

 ところが戻ろうとして振り返った時、目の前に展開している市街地の高層ビルの圧倒的な光景には心底驚いた。
 東方明珠塔や環球国際金融中心(上海ヒルズ)のような超高層ビルからも上海市街地を見渡し見下ろすことはできるが、リアリティーに欠けるような気がする。 

 ところが廬浦大橋からは目線の高さがほぼ同じ位で、かつ橋の上なので広角レンズのように左右の見通しが良く、階段を下りるごとに高層ビルがジリジリと迫ってくるような感じがした。


 人間の多さについては今更の感もするが、今回改めてなるほどと思った。 それは徐家匯から上海体育館のエリアに行った時のことである。 どちらも地下鉄1号線の駅があり隣同士で歩いても行ける距離だ。

 徐家匯の駅から地上に出た時、押し寄せるような人の波にまず度肝を抜かれた。

 
      徐家匯の人波、雑踏

 しばらく流れに乗って歩いたが、歩道橋があったのでそこから人の流れを見てみることにした。そうすると、人の流れは一本ではなく三本も四本もあるのだ。

 南京東路の人の流れはあまりにも有名だが、あくまでも一本だ(東行きと西行きを考えると二本か)。

 私は南京東路に匹敵するあるいはそれを上回るかもしれない場所が他にもあるという事実に改めて感心した。
 しかも南京東路から人民広場のエリアには中国各地からの観光客、外国人観光客が大勢いるが、この辺りを歩く人々はほぼ地元上海人である。

 地元の上海人の説明では、上海体育館駅は地下鉄1号線の他に4号線が通るようになったことまた徒歩圏内に3号線の駅が出来て交通の便が格段に良くなったから人が集まるようになったとのことである。


 私が考える分かりやすさとは、こういうことだ。
 例えば徐家匯や上海体育館エリアや地下鉄2号線の中山公園駅前に立って周囲をぐるっと見渡すだけで、そこに林立するビルやマンションのほとんどがこの20年、10年、5年の間に建設されたことは一目で分かるだろう。

 
   上海体育館付近のマンションビル群

 80、90年前に建設された外灘の西洋式建物と違って、建設年を知るために何も資料を調べる必要はない。
 つまり上海に今起きている変化とは、ついこの間からのことで誰にも体感できるという意味で分かりやすいものなのだ。


 外観的変化のスケールの大きさ、多種多様の(上海人、全国各地からの出稼ぎの人達、外国人)圧倒的な人間の多さ、そして直近の変化ゆえに分かりやすさという点で、2009年時点の上海の沸騰は字義通りで、他のどのような都市よりもその沸騰ぶりが際立っていると思われてならない。